大分振り回されていると思う。
 けど慣れてきたので、驚きはしても慌てることは少なく……なったかなあ。
 代わってくれたのは木の太めの枝の上。
 比較的安定した場所を選んでくれたようだ。


 ―― 目を閉じて、空気の震えを知覚しろ。

「空気、ですか」

 ―― 風の属性を持ってる奴なら幾分やりやすいはずだ。


 言われたとおりに目を閉じて、知覚……目は閉じろと言われたので、触覚と聴覚を意識してみる。
 肌を撫で、鼓膜を震わす空気が、見えていないはずの遠くの景色を瞼の裏に映す。
 どれくらい離れているのか、私の方に一直線に向かってくるロタエさんが見えた。


「っ」

 ―― 見えたか。

「はい」

 ―― どんな顔してた?

「……言えません」

 ―― そうか。鬼の形相か。


 鬼だもんな、と。面白くないですよ。


 ―― じゃあ、行くか。まずは風の魔力を足裏に。


 また、言われたとおりに。足裏に風の魔力を集める。
 魔力は薄く均一にするのがコツらしい。
 厚すぎると威力が付きすぎてしまうのだとか。


 ―― 移動したい方向に向いて、あとは枝を蹴るだけ。


 目の前は木。枝がたくさん(ひし)めいていて、気を付けないと枝に突撃しそうだ。
 気持ち弱めに、ひとつ前の枝を飛び越えて、その先の枝に飛び乗るイメージで。
 蹴る。


「よっ……いしょおおおっ」

 ―― うっさ。


 跳ねれました。
 飛び越えてかつ飛び乗れたことには乗れたけど、乗った枝からずり落ちそうだった。
 なんとか幹に抱き着いて事なきを得たけど、これは怖い。


「あっぶなかった……」

 ―― ほら、そんなことやってるから。


 来てるぞ。
 と言われたときには目の端に光るものが見えていた。


「っあ」


 驚いて足を滑らせて、落ちた。


「いっ、……たくない?」


 立った状態で落ちて、立った状態で着地していた。
 頭の中から呆れたような声が聞こえるので、たぶんだけどスグサさんがやってくれたのかも。
 ありがとうございます。


「ヒスイさんに戻ったのですね」
「あ、はいっ」
「では、また十秒後に再開しましょう。もう少し逃げてください」


 木の上から見下げるロタエさんは息もあげておらず、余裕そう。
 普段から鍛えているんだろうなあ。
 私なんか緊張と運動で体力削って、肩で息してるのに。
 胸元から取り出した時計を見ながら継続を示されたけど、もう少しということなので何とか逃げ切ろうと思う。
 数えだしたのと同時に足裏に魔力を集め、地面を蹴る。
 いつもより、それこそ鬼ごっこが始まった時よりも早く移動できる。これすごい。
 枝を伝って逃げるよりも走りやすく、移動しやすい。
 このまま逃げ切れたらいいなとは思うけど。


 ―― いい感じだ。コントロールはだいぶ良くなったな。

「よか、た、ですけどっ」

 ―― 体力はこれからつけろ。これはそういう理由だろ。

「体力、づくり、が、目的?」

 ―― おそらくな。私様が焚きつけなきゃな

「スグサさんっ」

 ―― はっはっは!


 中の人にも恨みがましく思いながらでも、足の魔力を維持して逃げ続けているのだから、私は本当にコントロールが上手くなったと思う。
 森の奥へ奥へと、景色を楽しむ間もなく移動していく。
 差し込む光がオレンジ色になってきていてるから、もう夕刻だ。
 終わり時間を具体的に言われているわけではないけど、もう少し。


 ―― 来たぞ。


 振り返るが、視線の先には誰もいない。


 ―― ほぅら、きた。


 跳べ、と。
 咄嗟に斜め後方へ、魔法のおかげもあって人一人分は飛び上った。
 十秒があっという間だったのか、追いついたのがあっという間だったのか。
 目の前にいるのはまさしく『鬼』だ。いや違う違う。間違えた。
 私がいた場所の辺りには、一つにまとめた髪を(なび)かせて着地した、大鎌を持ったロタエさんがいる。
 スグサさんの一言がなければ、目の前に降りてきた人に驚いて尻もちをついていた。


「追いつきました」
「……追いつかれましたね」


 今の状態からロタエさんから逃げるのは無理だろうな、と諦めモード。
 逃げる気はありませんと両手を上げる。
 伝わったのかそもそもそのつもりか、ロタエさんも追う気はないようで、大鎌はぎゅんっと小さな石に戻った。


「お疲れさまでした」


 疲れました。本当に。
 大鎌があるのとないのとでこうも印象が変わるんだなぁと、いつものロタエさんに安心する。
 お互いに歩み寄って、一礼


「お疲れさまでした。スグサさんが突然参加してしまってすみません」
「いえ。想定内です。魔法の使い方を教わったようですね」


 保護者か、と突っ込まれたけど、予想通りだったようですよ。


「……あのー」
「なんでしょう」
「スグサさんが、伝えろって言っているんですが」
「はい、どうぞ」
「わかっていた割には挑発にも軽く乗ってたな、って」
「ああ」


 にっこり。


「乗っておかないと、ムキになってしまわれるかと思って」


 ……挑発は私を挟まないでもらおう。