遡ること一時間ほど前。
 始まりは私の部屋だった。


「今日の講義ですが、以前お話ししていた、武器庫の見学に行きましょう」
「……ん?」


 部屋に入ったところで立ったまま向き合い、さあやりましょうというところ。
 講師はロタエさん。
 武術の講義は屋外で行うということは聞いていたが、その日に武器庫の見学に行くことは聞いておらず、思わず聞き返してしまった。


「知りませんでしたか?」
「知りませんでした……」
「また忘れてましたね」


 はあ、と一つのため息。
 また、と言ったので、誰のことかはすぐにわかった。
 カミルさんのおっちょこちょいだろう。
 この日に武器庫の見学ができるとわかったのは二日以上前。
 カミルさんから私に連絡が行くはずが、まあ例の如くということか。


「突然のことになってしまってすみませんが、このまま行けますか?」


 いつもクールでキリっとしている人が、申し訳なさそうに眉をやや下げている。
 珍しい。


「私は大丈夫です。ぜひお願いします」
「よかった。では行きましょう」


 さながら、社会科見学と言ったところか。
 わくわくしている自分がいる。
 この世界では初めてなことも多かったが、武器と言うのは≪回想の香≫を使っても出てきたことはないので、とても楽しみ。
 今は朝と昼の間の時間。
 人の活動時間なので、いつも通りローブとフードを被って移動する。
 暖かくなってきたので薄手の冬物でも十分過ごせる。
 お城での生活も長くなってきたし、医術師としてのクザ先生と活動することもある。
 なので私を見る目線はだいぶ柔らかくなったものだ。
 顔を隠すためのフードは外せないが、この世界に来た時と比べると大分堂々としたものだと我ながら思う。
 武器庫は訓練場の近くにあるそうで、そこまでは知っている道のりだった。
 知らないのは、訓練場から先。


「この先は初めてです」
「もう突き当りが目的地ですよ」


 突き当り、と言っても、訓練場は一部屋ごとにそれぞれ大きいので、突き当たるまでに五分は歩いたと思う。
 やはり武器だからだろう、重厚な扉が目の前に立ちはだかる。
 そのさらに手前には門番が二名いる。


「魔術師団、副団長のロタエです。騎士団長の許可を得てこちらに伺いました」
「団長から伺っております。お二人とも、どうぞお入りください」


 インテリアのように頭から足の先まで甲冑を着た人たちにより、通路と扉が開かれる。
 重い音を立てながら左右の扉の間隔が広がり、その隙間から光が差し込んで中を照らす。
 ロタエさんが先に進み、置いて行かれないようにくっついて歩いた。
 そして、中に入ってロタエさんが一言。


「こっちは忘れていなくて幸いでした」
「ですね」


 門番さんにも言うのを忘れていたら、足止めされていただろうなあ。
 確認自体は魔法を使えばすぐだろうけど、あらかじめ伝えておいてもらったほうがスムーズなのは間違いない。
 気兼ねなく武器庫に入ることができてよかった。


「わ……広」


 武器庫の中は訓練場の広さの倍ぐらいだろうか。
 とにかく広かった。空気はひんやりしていて、大声を出したら声が反響してきそう。

 壁全域に武器がずらりと並べられている。
 壁以外にもスタンドに立てかけられていたりと一体いくつあるのか。
 わかるところでは、片手剣、両手剣、斧、槍、弓、棍棒とかか。
 それ以外はなんて言うのかわからない。


「全体的に見て回りましょう。手に持ってみたければ一声かけてください」


 ロタエさんとは別々に見て回る。
 道順みたいなものはないので、端っこから見ていくことにした。

 遠目からわかったもの以外にも、モーニングスターや鎖鎌などの投げて使えるものもあるようだ。
 武器の種類って結構あるんだな。
 一つ一つじっくり見ていたが、これだっと直感が働くものはなく、一周してロタエさんに聞かれた。


「気になるものはありませんでしたか」
「すみません……」
「いいんですよ。武器はここにあるものだけではないですし」
「そういえば、ロタエさんが使っている大鎌はここにはないんですね」
「あれは私の個人のものです。魔石器で作ったものですよ」


 じゃあ、私ももらった石を使って武器を作れば、ロタエさんのような武器にもできるってことなのか。
 ……あんまり癖がないのがいいなあ。


「もう少し見ていきますか? もしくは、外で講義の続きを行いますか?」
「うーん、武器庫は大丈夫そうです」
「では、行きましょう」


 門番さんに一礼をして、訓練場も通り過ぎて外に出て行く。
 そして行き着いたのが森だった。
 城の中に森って。


「あの。ここで何をするんですか?」
「追いかけっこしましょう」
「……え?」


 ロタエさんが服の下に隠れていたネックレスを取り出す。
 うっすら水色がかった石を握り、魔力を込めたのがわかると、瞬きしている間に見覚えのある大鎌になっていた。


「えーっと……?」
「訂正します。鬼ごっこですね」


 鬼って。


「開始の合図の後、私がヒスイさんを追いかけます。逃げ切ってください」


 鎌を持った鬼が追いかけてくるまで、あと三十秒。