仮の採点結果もそうだけど、なんとなく気になることが聞こえた。


「スグサさんとアオイさんも編入だったんですか?」
「そうだよ。伝記によると、スグサ殿は編入したってわけではないけど、試験は受けたみたいだね。僕は家の手伝いで初めは学校に通えなかったんだよ」


 アオイさんの名前を他の人が呼んで初めて聞いたが、フルネームは『アオイ・ベイト』と言うらしい。
 名前と家名の間に貴族の証はない、ただの一般市民。


「勉強はしたかったけど、家のことも助けたかったからね。魔法や国学なんかは独学で頑張ったんだよ。努力の甲斐あって今は団長までなっちゃって、忙しいのなんのってね」


 明るく話をするけれど、その努力は並大抵のものではないはず。
 学業に集中できる環境のことは違う。
 家の手伝いの少しの空いた時間で、学校に通っている子たちの何倍、何十倍もの密度の勉強をしていたのだと思う。
 それこそ、私なんかよりも。
 教えてくれる人がいたのかはわからないけど、いてもいなくても、個人の努力が相当なくては今の地位にいることはできないだろう。
 そんな大変そうなことを、この人は目の前で、あっけらかんと易々と語っている。


「楽しかったね。色々なことを知れるのは」


 突然、ぽっと頭の中に言葉が浮かんだ。
 誰のかはわからないが、「自分のしていることに楽しみを見出すことが出来なければ、滅多に成功することはない」という言葉。
 この人が語るそれは、まさにこの言葉があうと思う。


「好きこそものの上手なれ、ですね」
「そうだね。僕は魔法が大好きだ」


 少年の様な笑顔はそれはもう眩しいものだ。

 コンコン、コン。

 いつものノック音が室内に響く。
 待ち合わせをしていた人物たちだ。


「はいはーい、どうぞー」
「失礼する」
「こんにちは。殿下、ロタエさん、カミルさん」


 殿下はまた休み期間に入っているので、お城で過ごすスタイルでマントを羽織っている。
 ロタエさんとカミルさんもいつも通り。
 ローブと動きやすそうな服。
 殿下は誕生日席の一人掛けソファー。
 アオイさんの隣にカミルさん、私の隣にロタエさんが座る。
 もはや定着したともいえる席順。


「まずはヒスイ。試験お疲れさん。どうだった?」
「ありがとうございます。採点してもらったところ、合格ラインは固そうです」
「優秀で何より」


 ニッとはにかみながら「わかってたけどな」と。少し照れる。


「アオイの方はどうだ」
「目星は付けてきましたよ」


 そう言って、懐から四つに折られた一枚のメモを取り出した。
 それには人の名前と特徴らしき言葉が書かれている。


「周囲と話をしなかったり、魔力が強そうだったり、単純に怪しそうだったり。気になった点と名前、特徴をまとめました」
「この中の誰かが、アイツの言う同行者なら話が早いんだが……」
「断言できるほどの根拠はありませんしね」
「警戒できるだけまだマシだな」


 私が試験を受けている間、アオイさんは保護者や子どもの観察をしていた。
 ベローズさんが言っていた『同行者』、元い『見張り』を見つけるため。
 もちろん見つかるとは思っていないが、ベローズさんに情報が行きにくいように用心するためだ。
 編入してくるのか、もともとの学校関係者なのか、大人なのか子どもなのか、人なのか、別なのか。
 真面目に報告しているので、ご婦人たちにもみくちゃにされていたことは黙っておく。


「合格を前提に動くとしよう。ヒスイ」
「はい」
「この紙に書かれている奴らの特徴と名前、覚えておいてくれ。科、クラスが同じなら、そいつの周りでは特に注意して、危ういことはしないように」
「わかりました」


 渡されたメモ用紙を受け取り、さらっと眺めてみる。
 男性も女性もいるようだ。
 しかしここに書かれているのは学生候補。
 つまり子どもだ。
 年端も行かない子どもが、国の研究に関わって密偵をさせられているなんて、考えたくはない。
 せっかく学校に通っているのに。


「試験も終わったし、俺たちが教えることも一段落ってとこだな」


 熱の入った雰囲気が殿下の一言で冷やされた。
 この話の続きは、合否が発表されて、正式に入学するとなってからだ。
 というか、じゃないと動けない。


「そうですねー。なんか名残惜しいなー」
「団長は通常業務に戻っても問題なさそうですね。魔法についてはスグサ様がいらっしゃいますし」
「いや! 僕が引き続きやるよ!」
「……「お前には無理だ」って言ってます」
「…………仕事つまんなーい」


 駄々をこねるアオイさんは学校に通う学生よりも幼く見える。
 それを慣れた手つきで落ち着かせるカミルさんは保護者だなあ。
 となると、殿下とロタエさんは兄と姉だろうか。
 ……いいなあ。


「ロタエも仕事に戻るんでしょ?」
「いえ。私は入学まで続けたいと思います」
「え、なんで?」
「実技がありますから」


 そうだった。
 そう言えば、ロタエさんは私に教えてくれる内容として、魔法と武術も担当してくれていたんだった。
 今までは魔法について教わることが多く、武術については軽くしか触れていない。
 体力づくりや柔軟程度だったのだが。
 そもそも、私に武術ができるのだろうかというところからなのだが。


「入学までの五十日間は、武術を実戦で行いたいと思います」


 ……急展開じゃないかな?