試験日もその格好で挑むつもりなので、それまでに支度を整えなければならない。
 それは「任せといて」と意気揚々と宣言してくれたので、お言葉に甘えることにした。
 好みを聞かれたけど、無地、ということしか答えられなかった。
 色とかはわからない。


「期待して待っててね」
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
「じゃあまたね。あ、二人にも話、よろしくね」
「試験前ですけど……」
「話さなくても大丈夫ではあるけど、いいプレッシャーになるんじゃないかな。二人のためにも、ね」
「……この後してきます」


 試験を受けるのに必須なことではないことだが、学校に行くのに必要な話をしなければならない相手がいる。
 最近ようやく慣れてくれたあの子たちだ。
 私から話をしなければならないのだが、どういう反応をするだろうか。
 行きたくないと言われたらどうしよう。


 訓練室の片づけをして、鍵はアオイさんが持って行ってくれるということなので、また甘えてしまった。
 手ぶらで我が物顔で、自室までの道のりを行く。
 途中人とすれ違うも、ちらっと目線を向けるだけで向こうも慣れたもののようだ。
 それもこれも、負傷兵の人たちの訓練をしたり、ウロロスの対処をしたりと、お城の人たちとのかかわりが増えた賜物だと思う。
 そういう機会をくれた殿下たちには感謝してもしきれない。
 フードを被っているとはいえ、やはり人目を気にすることが少ないというのは比較的過ごしやすい。
 堂々と、といっては少し大袈裟だが、以前よりも軽い足取りで来た道は思いの外短く、あっという間に借りている自室に到着した。
 扉を問答無用で開けると。



「すー!」


 小柄な性別不明な二人が駆け寄ってきた。


「わわわっ」
「おかえり!」
「はやくはいって!」


 そっくりな顔と左右対称な髪形、おそろいの服装に身を包んだウーとロロは、私の両手をそれぞれで引っ張って、ソファーまで誘導する。
 腕をとられたまま座るように促された。
 というより座らされた。


「ぎゅーっ」
「あったかーい……」


 まるで美女を侍らす傲慢そうな人のような態勢にされてしまった。
 小脇に入るのが好きなようで、度々この状況にされている。
 美女ではないが、可愛らしい二人に引っ付かれるのは嫌じゃなくて、ついつい甘やかしてしまう。


「すー、もうでていかない?」
「今日はもう行かないよ」
「やったー!」


 二人は私のことも「すー」と呼ぶ。
 スグサさんのことも「すー」と呼ぶし、私は「ヒスイ」だから別の名前をと言ったのだが、「す」が入っていたので「すー」となった。
 まあ外見は一緒だしある意味同一人物なので、いいのだが。
 保管庫から部屋に移ってきて、もちろん初めのころは警戒された。
 スグサさんとの違いが大きく戸惑っているんだと、スグサさん自身が言っていて、実際その通りだったんだと思う。
 たまにスグサさんが二人の相手をしたり、外見が一緒のこともあって懐いてくれるまでそう時間はかからなかったが。
 今日はこの体勢のまま、はてさて何分ぐらい過ごすだろう。
 昨日は一時間は経ってたかな。
 さすがにお尻と腰と肩が痛くなったのでそれまでには変えたい。
 とか考えていても実行できるのは数十分後と思われるので、しばらくはこのままだ。
 そういえば、ウーとロロにも話すことがあったんだった。


「……ウー? ロロ?」
「なあに? すー」


 二人が声を合わせて、顔を覗き込んでくる。
 綺麗な藍色の目が、私をさらに六人に増やしている。


「もう少ししたら、私はこの部屋からいなくなるの」
「……え……?」
「なんで……?」


 大きな目がさらに見開かれ、爬虫類のように細かった瞳孔が丸くなる。
 眉が垂れて、さらには声も小さくなって、近くにいるのに聞き取るのがやっとなほど。
 罪悪感を感じつつも、話を続ける。


「違う所に行かなきゃならなくて、この部屋にはしばらく帰れないの」


 ウーとロロがスグサさんと離れるのは少なくとも二度目だ。
 再開した時の怒り様や、迎えてくれた時の喜び様から相当のショックを与えることは予想していた。
 だから、すっかり伏せてしまっている様子を見るのは覚悟していたのだが、罪悪感は半端ない。


「それで、ね。一緒に来てくれないかなって」
「………………え?」
「ん?」
「い、っしょ?」
「うん。一緒に」


 今日一大きくなった目は、水分を含んで輝やかしく、まるで宝石のように見えた。
 顔を近づけてきて、吐いた息が当たる。申し訳ないけど体を退け反らせた。


「一人だと心細いし、二人を置いていくのは心配だし……姿は変えてもらうことになるけど、一緒に来てくれたら嬉しいなって思ってるんっっぐ」


 首がっ……しまっ……って……。


「いくぅ……」
「いっしょぉぉお」


 首を捩じってなんとか息がしやすいポジションを見つけた。
 小脇から視界の横に位置を変えた小さな頭たちからは、冷たい温度と鼻を啜る音が聞こえてくる。
 スグサさんのことが好きなんだなあ。
 本人に代わって小さな頭を撫でていた。
 当の本人は何も言わないし、姿も表情も見えないけど、何も言わないということは何かしら思うところがあるんだろうなと。
 何十日……もう百日以上一緒にいる身は勝手に考えている。