紅茶に映った私と見つめあうこと数秒ほど。
廊下につながる扉がノックされる。
「ロタエです」
「今開ける」
この声は離席していた女性のものだ。
カミルさんが扉を開けると分厚い資料を持っているロタエさんがいる。
「彼女たちの資料が見つかりましたのでお持ちしました」
「ご苦労。さっそく見せてくれ」
ロタエさんは殿下に分厚い資料を渡し、私の目の前に座る。
ふと目が合って、
「紅茶はいかがですか?」
微笑まれた。
眼鏡の奥の黄色の瞳が優しく親しみを感じる。
きっちりした雰囲気は変わらないのに、まるで花が咲いたような。
「……あ、おいしい、です」
「それは良かった」
「この人が選んだんだよ」
アオイさんはカミルさんを見ながら言う。
紅茶はすでに飲み終わったらしいカミルさんは、ソファーに深く座って背もたれに寄りかかっている。
殿下の前だけど、ラフだな。
いいのかな。
「適当にそこら辺にあったやつを持ってきただけだ」
視線をそらしながらぶっきらぼうに言うが、粗雑な感じはしない。
騎士というだけあってガタイのいい体からは、紅茶を普段からたしなむようには見えないが。
短髪にひげだし、ビールのほうが似合う。
とか考えていたら騎士団長さんと目があった。
考えていた内容がちょっと失礼だったかと思ってやや緊張した。
実際、ビールのほうが好きなんだそうで。
奥さんが紅茶が好きで、少し知っている程度なんだとあとで教えてくれた。
既婚者。
「お前、名前は……、わからないのか?」
それは、思い出せないのかという意味だろうか。
「わかりません」
私個人については全く何もわからなかった。
名前も、年齢も、生まれた場所なんかも思い出せるようなことはなかった。
さすがに名前がないのは不便かな、と思った時。
「少しいいか」
殿下が書類から目を話し、誰ともなく声をかける。
「ロタエ。この書類の管理者は」
殿下の鋭くも決して恐怖を感じさせない目が、ロタエさんを見る。
ロタエさんは表情を変えず答える。
「研究員です。一度提出されたもののようですが、研究員のほうで管理しろと一声があったようです」
誰の、とは聞かない。提出する相手、管理を一任できる立場、殿下を通さずとも通ってしまう発言力となれば、一人だろう。
私にはわからないと言った人だと私でも察した。
「あの方は本当に……」
殿下は頭を抱え、大きなため息をついた。
見えなくなっていた目線が、私に向けられる。
表情は辛いものを耐えているような、苦しそうにも見える顔だ。
「今から俺は、君の存在について辛いことを言うと思う。聞けるか?」
「私の、存在について、ですか」
「そうだ」
思わず目線を下げ、ティーカップに入った紅茶を見て、自分と思われる顔を見つめる。
難しいことを言われて、返答に戸惑う。
戸惑う必要はないのかもしれないが、ベローズさんに人間ではないと言われたばかりだ。
この人たちが私をどういう風に思って、どういう風に見てくれているとしても、それらと事実は違うものだ。
聞くのは、勇気がいる。
けど。
「……聞きます」
殿下を見て、小さく告げた。
「聞いといてなんだが、いいんだな」
「聞かないままでは、私は私について何もわからないままだと思ったので。人間でないならないで結論を出したいですし、人間ならばそういう態度をとれます」
人間じゃなかったらどうしようか考えてないけど。
殿下がまっすぐ私のことを見つめる。
団長たちも声を出さず、私のことを見つめている。
「わかった。……では結論から言おう」
「はい」
「体はかつて存在した偉大な魔術師のものだ。偉大な功績を残した者や、特に珍しい体質を持つ者なんかは、時として遺体が特殊な術式によって保護、保管される。その中の一人だ」
「はい」
「しかし確かに死んだ人間だから、意識……心と言うのか、魂は消滅しているはずなんだ。つまり、君の意識は死した者のものではなく、新たに移植されたものということになる」
「心……魂を移植、ですか」
「そうだ。研究者の研究は魂と召喚魔法に関するものが多い。……君は、その体を媒体に、魂をどこかから召喚されてきたのだということが書いてある」
召喚、というのは聞き覚えがある。
覚えているということは、常識的な単語なのか。
また別の理由なのか。
それは置いといたとして、ひとまず私の心と、今のこの体は全く別の物なのだということが証言された。
決して良い内容ではないのだが、私の抱いていた違和感は正しいものということが分かった。
けれど、人間なのか人間でないのか、そこの証明はできてはいないので不安はぬぐいされてはいない。
「この研究の目的はやはり、兵器としてですか?」
「そうだ。まあ所長が言った通りだな。歴代の強者たちが一斉に揃ってしまえばこれ以上ない戦力だ。実際、凄まじかったんだろう」
なんのため、とカミルさんが問えば、殿下が答える。
殿下は戦争に直接の参加はしなかったそうだが、アオイさんたち団長格も評価する戦力が複数ならば、ベローズさんの研究は大成功と位置づけられたに違いない。
私は人を殺すために召喚されたと、再度、思い知る。
「私から言わせてもらえば」
おそらく何とも言えない、しいて言えば不安そうな顔をした私をまっすぐ見て、殿下が付け加える。
「君は人間の体に魂を移植された、言い方は悪いが、ただそれだけの人間だと思う。そして、こちらの事情に君の人生を巻き込んだこと、本当に申し訳ない」
―――――……
廊下につながる扉がノックされる。
「ロタエです」
「今開ける」
この声は離席していた女性のものだ。
カミルさんが扉を開けると分厚い資料を持っているロタエさんがいる。
「彼女たちの資料が見つかりましたのでお持ちしました」
「ご苦労。さっそく見せてくれ」
ロタエさんは殿下に分厚い資料を渡し、私の目の前に座る。
ふと目が合って、
「紅茶はいかがですか?」
微笑まれた。
眼鏡の奥の黄色の瞳が優しく親しみを感じる。
きっちりした雰囲気は変わらないのに、まるで花が咲いたような。
「……あ、おいしい、です」
「それは良かった」
「この人が選んだんだよ」
アオイさんはカミルさんを見ながら言う。
紅茶はすでに飲み終わったらしいカミルさんは、ソファーに深く座って背もたれに寄りかかっている。
殿下の前だけど、ラフだな。
いいのかな。
「適当にそこら辺にあったやつを持ってきただけだ」
視線をそらしながらぶっきらぼうに言うが、粗雑な感じはしない。
騎士というだけあってガタイのいい体からは、紅茶を普段からたしなむようには見えないが。
短髪にひげだし、ビールのほうが似合う。
とか考えていたら騎士団長さんと目があった。
考えていた内容がちょっと失礼だったかと思ってやや緊張した。
実際、ビールのほうが好きなんだそうで。
奥さんが紅茶が好きで、少し知っている程度なんだとあとで教えてくれた。
既婚者。
「お前、名前は……、わからないのか?」
それは、思い出せないのかという意味だろうか。
「わかりません」
私個人については全く何もわからなかった。
名前も、年齢も、生まれた場所なんかも思い出せるようなことはなかった。
さすがに名前がないのは不便かな、と思った時。
「少しいいか」
殿下が書類から目を話し、誰ともなく声をかける。
「ロタエ。この書類の管理者は」
殿下の鋭くも決して恐怖を感じさせない目が、ロタエさんを見る。
ロタエさんは表情を変えず答える。
「研究員です。一度提出されたもののようですが、研究員のほうで管理しろと一声があったようです」
誰の、とは聞かない。提出する相手、管理を一任できる立場、殿下を通さずとも通ってしまう発言力となれば、一人だろう。
私にはわからないと言った人だと私でも察した。
「あの方は本当に……」
殿下は頭を抱え、大きなため息をついた。
見えなくなっていた目線が、私に向けられる。
表情は辛いものを耐えているような、苦しそうにも見える顔だ。
「今から俺は、君の存在について辛いことを言うと思う。聞けるか?」
「私の、存在について、ですか」
「そうだ」
思わず目線を下げ、ティーカップに入った紅茶を見て、自分と思われる顔を見つめる。
難しいことを言われて、返答に戸惑う。
戸惑う必要はないのかもしれないが、ベローズさんに人間ではないと言われたばかりだ。
この人たちが私をどういう風に思って、どういう風に見てくれているとしても、それらと事実は違うものだ。
聞くのは、勇気がいる。
けど。
「……聞きます」
殿下を見て、小さく告げた。
「聞いといてなんだが、いいんだな」
「聞かないままでは、私は私について何もわからないままだと思ったので。人間でないならないで結論を出したいですし、人間ならばそういう態度をとれます」
人間じゃなかったらどうしようか考えてないけど。
殿下がまっすぐ私のことを見つめる。
団長たちも声を出さず、私のことを見つめている。
「わかった。……では結論から言おう」
「はい」
「体はかつて存在した偉大な魔術師のものだ。偉大な功績を残した者や、特に珍しい体質を持つ者なんかは、時として遺体が特殊な術式によって保護、保管される。その中の一人だ」
「はい」
「しかし確かに死んだ人間だから、意識……心と言うのか、魂は消滅しているはずなんだ。つまり、君の意識は死した者のものではなく、新たに移植されたものということになる」
「心……魂を移植、ですか」
「そうだ。研究者の研究は魂と召喚魔法に関するものが多い。……君は、その体を媒体に、魂をどこかから召喚されてきたのだということが書いてある」
召喚、というのは聞き覚えがある。
覚えているということは、常識的な単語なのか。
また別の理由なのか。
それは置いといたとして、ひとまず私の心と、今のこの体は全く別の物なのだということが証言された。
決して良い内容ではないのだが、私の抱いていた違和感は正しいものということが分かった。
けれど、人間なのか人間でないのか、そこの証明はできてはいないので不安はぬぐいされてはいない。
「この研究の目的はやはり、兵器としてですか?」
「そうだ。まあ所長が言った通りだな。歴代の強者たちが一斉に揃ってしまえばこれ以上ない戦力だ。実際、凄まじかったんだろう」
なんのため、とカミルさんが問えば、殿下が答える。
殿下は戦争に直接の参加はしなかったそうだが、アオイさんたち団長格も評価する戦力が複数ならば、ベローズさんの研究は大成功と位置づけられたに違いない。
私は人を殺すために召喚されたと、再度、思い知る。
「私から言わせてもらえば」
おそらく何とも言えない、しいて言えば不安そうな顔をした私をまっすぐ見て、殿下が付け加える。
「君は人間の体に魂を移植された、言い方は悪いが、ただそれだけの人間だと思う。そして、こちらの事情に君の人生を巻き込んだこと、本当に申し訳ない」
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