朝食後に通されたのは殿下の部屋。
座しているのは殿下を真ん中に、左右にアオイさんとロタエさん、カミルさんとベローズさんがいる。
まず目に入ってしまったのは、苦手な人の満面の笑みだ。
もはや口に出さずとも「よくやった」と言おうとしているのが伝わる。
伝わってしまう。
うへぇ。
「さて。ではことの報告を頼む」
位の高い人たちを前に、先日のことを報告する。
人前で、かつ苦手な人の前で話すのは緊張するだろうと思って、寝る前に話す内容を予習しておいた。
頭の中のカンペを読み上げる。
そのおかげで人形のように朗読できたのは良いことだ。
「その場にいた奴はどうした」
「城に到着した時点で兵に引き渡してあります」
「ではそいつからも情報を聞きだせ」
「承知いたしました」
このタイミングでロタエさんが退室。
話の流れ的には保護した人の所に行ったのだろう。
「ヒスイ。今回はご苦労だった」
「ありがとうございます」
「今日はゆっくり休め」
普段見せてくれる物腰の柔らかそうな愛想のいい笑顔で、労わってもらった。
ありがとうございます、とお返しするはずだった。
「殿下」
白衣を着たその人が、ゆらりと立ち上がる。
「人形に労わりなど不要です」
「……そうか?」
「はい」
せっかくいつもの顔を見られて安らぎをも感じていたのに。
怪訝な顔になってしまった。
その顔になってしまった意味を考えれば悪い気はしないが。
ベローズさんは殿下の前まで進み、後ろ手に組む。
「殿下にお話があります」
「聞こう」
「城に来る難易度の高い問題ごとを、この『五番』に回しましょう」
…………ん?
「……それで?」
「『五番』ならば力量も十分でしょうし、討伐ならば最適です。今回の件で、与えられた任務を達成し戻ってくるところまで、細やかな指示なく実行できています」
「そうだな。十分な成果を上げた」
怪訝な顔のまま、相槌を続ける。
褒められているのだが嬉しくない。最初に感じたように、裏がある。
それは殿下も感じているからこそ、表情は変わらないのだろう。
私からは表情が見えないが、アオイさんが少し低めの声で、話に入る。
「今回みたいなことは早々にないし、わざわざそんな役割を課す必要はないと思うけど」
「急を要する事態はいつ来るかわからないからこそ、だ」
災害もいつ来るかわからない時に備えておくのが大事だが、私はまさに非常用持ち出し袋のような立ち位置なのか。
「わかったよ。ベローズ所長。君はこの子を城に留めさせたいんだね」
「させたい、ではない。そうすべきなのだと進言している」
ああ、なるほど。
ベローズ所長は私が学校に通うということに反対をしているのか。
だから学校に行かないで城に、ひいては自分の目が届く範囲にいさせるために、緊急時の対応役として役割を与えておきたいということか。
なるほどなるほど。
「学校へ通うことはベローズ所長も承認していたと記憶しているが?」
「ええ。一度は致しました。しかし、今回の件で考えが変わったのです。部隊を編成する必要がなく、むしろ一人で少なくとも大隊以上の力を優に発揮できる逸材など、活用しないでどうするのですか!」
語気が強まっていき、興奮しているのがわかる。
褒められてる、んだけどなぁ。
ここまで嬉しくないのもなかなかない事態だ。
ベローズさんからしたら、自分の研究成果が役に立ってより嬉しいのだろうけど。
立場的には親か。
親が子の成長を喜んでいるのか。うへぇ。
「戦力としてみれば、確かにこの娘は大した物だ」
「そうでしょうとも!」
「だが。俺はこの大した娘にさらに知識と知恵をつけて貰いたいと考えている。そう話したはずだが?」
体の中の空気をすべて出し切ったのではと思うほどの、大きな吐息。
顔を俯かせながらその場に立ち上がった。
「俺はこの娘の持つ力を評価している。そして当然、その力を開花させた所長も評価している」
「ありがたき幸せに存じます」
「だが、俺は知っての通り強欲だ」
下向きに発せられた声は聞き取れはするがくぐもっている。
その声の中には、確かな力強さを感じる。
自分を強欲だと言うその人は続ける。
「たった一人の戦う力だけでなく、大勢の戦う力が欲しい」
現在は大きなモノも小さなモノも、戦いというのは起こっていない。
だからといって備えないわけにはいかない。
騎士も魔術師も、王族も、いつ来るのか、本当に来るのかわからない戦いに対して、「本当に来た」と想定して日々備えている。
本当に来てしまえば。
戦いなのだから。
人は死ぬ。
「この娘には我々は持っていない知識と知恵を持っている。それを使わず、活用せず、貴君は満足か?」
この人は言った。
「怪我をした奴が来れば、診れるか」と。
ある人は言った。
「人と関われ」と。
この人は顔を上げて、瞳に光を宿し、力強く、主張する。
「個人の戦闘力。それは素晴らしい財産だ。だが戦いというのは必ずしも一人でどうにかなるものではない。人海戦術のような大勢で戦う方法もある。大勢で戦うはずの場面に孤軍奮闘する者がいたとして、それは正しいことであると言えるのか?」
一瞬。
殿下の目が私に向いて、背筋が伸びる。
……。
ちょっと笑われた気がする。
目線を戻した殿下は芯が通った声で続けた。
「多様な場面で活躍できればより高価なものとなる。そして人は死ぬ生き物であり、戦いとは常に死と隣り合わせだ。たとえ四肢のいずれかを失おうとも、死なずに生き延び、かつ新たな生き方が見つかれば、この国はより豊かになる。そういう未来が、貴君には見えないか?」
座しているのは殿下を真ん中に、左右にアオイさんとロタエさん、カミルさんとベローズさんがいる。
まず目に入ってしまったのは、苦手な人の満面の笑みだ。
もはや口に出さずとも「よくやった」と言おうとしているのが伝わる。
伝わってしまう。
うへぇ。
「さて。ではことの報告を頼む」
位の高い人たちを前に、先日のことを報告する。
人前で、かつ苦手な人の前で話すのは緊張するだろうと思って、寝る前に話す内容を予習しておいた。
頭の中のカンペを読み上げる。
そのおかげで人形のように朗読できたのは良いことだ。
「その場にいた奴はどうした」
「城に到着した時点で兵に引き渡してあります」
「ではそいつからも情報を聞きだせ」
「承知いたしました」
このタイミングでロタエさんが退室。
話の流れ的には保護した人の所に行ったのだろう。
「ヒスイ。今回はご苦労だった」
「ありがとうございます」
「今日はゆっくり休め」
普段見せてくれる物腰の柔らかそうな愛想のいい笑顔で、労わってもらった。
ありがとうございます、とお返しするはずだった。
「殿下」
白衣を着たその人が、ゆらりと立ち上がる。
「人形に労わりなど不要です」
「……そうか?」
「はい」
せっかくいつもの顔を見られて安らぎをも感じていたのに。
怪訝な顔になってしまった。
その顔になってしまった意味を考えれば悪い気はしないが。
ベローズさんは殿下の前まで進み、後ろ手に組む。
「殿下にお話があります」
「聞こう」
「城に来る難易度の高い問題ごとを、この『五番』に回しましょう」
…………ん?
「……それで?」
「『五番』ならば力量も十分でしょうし、討伐ならば最適です。今回の件で、与えられた任務を達成し戻ってくるところまで、細やかな指示なく実行できています」
「そうだな。十分な成果を上げた」
怪訝な顔のまま、相槌を続ける。
褒められているのだが嬉しくない。最初に感じたように、裏がある。
それは殿下も感じているからこそ、表情は変わらないのだろう。
私からは表情が見えないが、アオイさんが少し低めの声で、話に入る。
「今回みたいなことは早々にないし、わざわざそんな役割を課す必要はないと思うけど」
「急を要する事態はいつ来るかわからないからこそ、だ」
災害もいつ来るかわからない時に備えておくのが大事だが、私はまさに非常用持ち出し袋のような立ち位置なのか。
「わかったよ。ベローズ所長。君はこの子を城に留めさせたいんだね」
「させたい、ではない。そうすべきなのだと進言している」
ああ、なるほど。
ベローズ所長は私が学校に通うということに反対をしているのか。
だから学校に行かないで城に、ひいては自分の目が届く範囲にいさせるために、緊急時の対応役として役割を与えておきたいということか。
なるほどなるほど。
「学校へ通うことはベローズ所長も承認していたと記憶しているが?」
「ええ。一度は致しました。しかし、今回の件で考えが変わったのです。部隊を編成する必要がなく、むしろ一人で少なくとも大隊以上の力を優に発揮できる逸材など、活用しないでどうするのですか!」
語気が強まっていき、興奮しているのがわかる。
褒められてる、んだけどなぁ。
ここまで嬉しくないのもなかなかない事態だ。
ベローズさんからしたら、自分の研究成果が役に立ってより嬉しいのだろうけど。
立場的には親か。
親が子の成長を喜んでいるのか。うへぇ。
「戦力としてみれば、確かにこの娘は大した物だ」
「そうでしょうとも!」
「だが。俺はこの大した娘にさらに知識と知恵をつけて貰いたいと考えている。そう話したはずだが?」
体の中の空気をすべて出し切ったのではと思うほどの、大きな吐息。
顔を俯かせながらその場に立ち上がった。
「俺はこの娘の持つ力を評価している。そして当然、その力を開花させた所長も評価している」
「ありがたき幸せに存じます」
「だが、俺は知っての通り強欲だ」
下向きに発せられた声は聞き取れはするがくぐもっている。
その声の中には、確かな力強さを感じる。
自分を強欲だと言うその人は続ける。
「たった一人の戦う力だけでなく、大勢の戦う力が欲しい」
現在は大きなモノも小さなモノも、戦いというのは起こっていない。
だからといって備えないわけにはいかない。
騎士も魔術師も、王族も、いつ来るのか、本当に来るのかわからない戦いに対して、「本当に来た」と想定して日々備えている。
本当に来てしまえば。
戦いなのだから。
人は死ぬ。
「この娘には我々は持っていない知識と知恵を持っている。それを使わず、活用せず、貴君は満足か?」
この人は言った。
「怪我をした奴が来れば、診れるか」と。
ある人は言った。
「人と関われ」と。
この人は顔を上げて、瞳に光を宿し、力強く、主張する。
「個人の戦闘力。それは素晴らしい財産だ。だが戦いというのは必ずしも一人でどうにかなるものではない。人海戦術のような大勢で戦う方法もある。大勢で戦うはずの場面に孤軍奮闘する者がいたとして、それは正しいことであると言えるのか?」
一瞬。
殿下の目が私に向いて、背筋が伸びる。
……。
ちょっと笑われた気がする。
目線を戻した殿下は芯が通った声で続けた。
「多様な場面で活躍できればより高価なものとなる。そして人は死ぬ生き物であり、戦いとは常に死と隣り合わせだ。たとえ四肢のいずれかを失おうとも、死なずに生き延び、かつ新たな生き方が見つかれば、この国はより豊かになる。そういう未来が、貴君には見えないか?」



