白くて四角い物の上の部分に乗る。
 見た目の白さと雪が積もった部分の白い部分の差がわかりにくくて少し滑った。
 この魔法を張った本人であり、魔法の特性上は中に入ることは任意で可能だという。
 様子見のため、頭だけ入れてみた。
 高さは十分に作ったため、頭を入れた瞬間に目と目がばっちり合うということはなかった。
 ウロロスたちの頭頂部が確認でき、こちらには気付かれていない。
 が、中はまさに魑魅魍魎(ちみもうりょう)跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するといった状況。
 この言葉を使う時が来るとは思わなかった。
 水属性魔法が使われたようで底には水が溜まっている。
 このまま同士討ちで疲れてしまうのではないかとも思っていたけれど、水が溜まってしまう方が早いかもしれない。
 それに、なるべく傷つかないで済むならその方がいい。
 ので、状況を確認したらぬるっと腕を中に入れた。
 中に向けて腕を突き出し、得意ではないので慎重にイメージを作る。
 火属性の魔力を練る。発動する。


(アム)初級魔法(トゥワン)


 派手なエフェクトはない。だから気付かれにくい。
 火属性魔法が空気を熱し、また底に溜まる水のおかげで湿度も上がる。
 通常のウロロスは暑い日は活動できる。
 しかし、暑すぎると、体内の水分も熱せられたり、蒸発したりしていわゆる脱水状態になりやすい。
 脱水にならないために体内の水分を操作したり、日陰で休んだりする習性があるようだ。私の知っている変温動物とちょっと似てるかな。
 ということで、直前にスグサさんから聞いた保温の魔法の要領で、箱の中の温度と湿度を上げる。


「あっつ……」


 思い出すのは真夏日の炎天下、コンクリートの上。ガンガンに照っている太陽と、照り返しでじわじわ焼かれたような感覚の地面。
 遮るものがない中で過ごしているよう。
 熱中症になりそう。
 だらだらと汗が垂れてきて、時々口の中に入るとしょっぱい。
 滴り落ちる汗なんて拭う余裕はなく、魔法を使い続ける。
 暴れまくっていたウロロスたちは次第に魔法を使わなくなり、動きが鈍くなる。
 頭が垂れ下がっていき、尻尾も水面を叩かなくなる。
 鳴き声なんていつの間にか消え、静かな空間が広がっていった。
 七匹がすべて、底に溜まった水に体を浸している。


 ―― もういいだろう。

「はい……」

 ―― 一回頭冷やせ。


 箱に突っ込んでいた頭と腕を引き抜く。
 頭がぼーっとする。
 中が白くて明るかった分、雪が吹き荒れるの外界はやたらと暗く見える。
 突然暑い所から冷たい所に移るのは危険なのだが、自身にかかっていた保温の魔法の効果か、寒さは感じにくい。
 次第に暑さが温かさに変わり、頭がはっきりしてきた。

 よし。大丈夫。

 再び頭と腕を箱の中に入れて、様子を確認。
 まだまだ蒸し暑い中で、ウロロスたちは変わらず水に浸っている。
 争う様子はなく、しかし水中を揺蕩っているようで快適……なのかな?
 死んでしまってはいないようだ。
 あとは再度氷の中で眠れるようにするだけ。
 この場で魔法を解いて、自身で氷を作ってもらうこともできるだろうが、また刺激してしまうし、この場で凍ってしまうと人間と鉢合わせてしまう可能性もある。
 なので魔法で氷漬けにして、山の奥に運ぶ。
 氷を作るための水はあるし、皆使ってくれているのは都合がいい。
 直接触れられればさらにいいのだけど、そこまで接近するのはやめておこう。
 氷は水属性の上位互換。
 まだまだ不得意なのだが……。


 スグサさん、やってくれませんか?

 ―― 断る。せっかくの実践なんだからまずはお前がやれ。

 …………失敗したら、助けてくれますか?

 ―― そん時はやってやるよ。


 もしもの時の保険をかけて、氷の魔法を使うべく魔力を練る。


(イズ)上級魔法(ゼヴェニィ)


 小声で属性文を唱え、詠唱を紡ぐ。
 長くて覚えるのは大変なはずだったのだが、すらすらと言葉が出てくる。
 あ、スグサさんも唱えてくれてるんだ。
 だからだ。
 伸ばした腕、その指先を、水面に向けて突き出す。


「…………。≪水面(みなも)の華は末枯(うらが)れず≫」


 水の底から氷へと変質し、水に浸かっていないウロロスたちは抵抗の間もなく巻き込まれる。
 暴れているうちに全身に水を浴びていたのだろう、浸かっていない背の部分も氷っていく。
 上から見たその光景は、魔法の名前の通り枯れることを知らない花が咲いたかの様で。
 まるで蓮を思わせる模様の華が幾多も見える。
 そこからの冷気と上部に溜まっている熱気で、もう暑いのか寒いのかもわからない。
 とりあえず魔法が成功してウロロスたちが大人しくなったようなので、箱からは脱出。
 雪の上に降りて、休憩。


「っはー……」

 ―― お疲れ。できたじゃん。

「うまくいって良かったですけど、緊張したー」

 ―― 上出来だ。さすが私様が直接教えただけはあるな。


 スグサさんのいつも通りの自信満々な様子に、緊張も少し解れたと感じる。
 まだ凍ったウロロスたちを山奥まで運ばなければならないので、ずっと落ち着いているわけにもいかないのだが。


 ―― この後はどうするんだ?

「どうする、って……ウロロスたちを山奥まで……」

 ―― 違う。その後だ。

「後、ですか?」

 ―― 城から脱走できるぞ?


 言われて気が付いた。
 今は、誰にも見張られず、外にいるのか。

 自由なのか。