ちらっと殿下を盗み見る。
瞳は参加者たちを見つめており、盗み見ていることに気付いているのかいないのか。
その顔は哀愁、と言うのだろうか。
少し寂しそうに見える。
「ヒスイのいた世界では医療が進んでいたのだな」
「私のいた世界ではそもそも魔法がなかったので、文化や技術の発展の方向性が大きく違うのだと思います」
参加者同士の体操が終えたところで、今日は終了。
殿下を除く四人で訓練場を片付け、次回の予定を確認。
最後に殿下と言葉を交わして解散となった。
訓練場の鍵を閉め、医術室までの道程の道中、殿下は私に尋ねてくる。
「いつもはどのくらいの人数がいるんだ?」
「十人行かないぐらいでしょうか」
「今日はだいぶ少なかったんだな」
「そうですね。強制参加ではないので、たまたまだと思います」
本当はたまたまではないだろうと考えている。
怪我をした参加者の望み。それは「体を取り戻したい」ということ。
その目標のために、一人ひとりの体を評価し、運動メニューを組み、実施、確認、再評価をしている。
それは私が元の世界でもやっている仕事、リハビリテーションだ。
そしてリハビリを受けている人の大部分は、人と会うことを避ける傾向があった。
親しかった人、懐かしい人、知らない人。
他人との接点を避け、一人の世界に閉じこもってしまうことは少なくない。
この国の人たちも同様で、人目を避けたがっている人は多い。
だからこその奥まった訓練場でやっている。
そして殿下は、リハビリに来ている人たちからしたら『会いたくない人』に分類されている。
怪我や病気をする前の自分を知っている人と会うのは、勇気がいるのだと誰かが言っていた。
比較されることと、比較してしまう自分が嫌なのだ、と。
殿下が廊下の途中で立ち止まる。
少し進んだところで振り返ると、真剣な表情をしと殿下が、言う。
「もし、俺がいたことが負担になってしまったのなら、謝る。そのような奴がいたら教えてくれ。どうしたらいいのかも」
……この人は、自分が見に行くと言うことがどういうことかを、理解しているのだろう。
理解した上で、見に行きたいと言ったのかも知れない。
プレッシャーをかけることも。
だが、発起人という立場上、どういうことをしているのかを把握しなければならない。
そうでないと、責任など持てない。
患者……城に仕えていた人たちに、真摯に向き合おうとしている。
私は一つ頷いて返し、笑みを返される。
殿下が近づいてきて、また、廊下を進む。
その時。
「殿下!!」
バタバタと慌ただしい音が廊下の奥から響き、血相を変えたカミルさんと数人の騎士が駆けてくる。
ただ事ではない、なんて、言わずもがな。
「どうした」
私より数歩前に出た殿下は落ち着いて対応する。
見学していた頃の柔らかくも真面目な雰囲気とはまた別の、緊張感漂う雰囲気が辺りを包む。
「緊急事態です。センリの山でウロロスの大群が暴れていると、ギルドより報告がありました」
「大群? ウロロスは今の時期は冬眠しているはずだろう。なぜそんなことになったのだ」
「詳細はまだ不明です。ギルドの方で原因を調査中ですが、国の方で急ぎ討伐に向かって欲しいと要請がありました」
「わかった。アオイにも声をかけて、準備が整い次第出るぞ」
聞いていて良い内容なのかわからないが、何も言われなかったので聞いてしまった。
スグサさんが以前説明してくれたが、ウロロスは冬になると身体が凍り、暖かくなるまで眠るのだという。
つまりは冬眠するらしい。
しかし冬眠していないのか目が覚めたのか、複数のウロロスがどこかの山で大暴れ中、と。
大変そう。
「すまん、ヒスイ。部屋に戻っててくれ」
「何を仰います、殿下」
私は「はい」と言おうとしたのだけれど。
真後ろから聞こえた苦手な人の声が、私の声を奪った。
「……何か意見があるのか? ベローズ所長」
白衣を着て、ニヤニヤと親しみのない笑顔を浮かべているのではないかと思う。
振り向けないので実際はわからないが。
そう思わせるような声色で、ベローズさんの声が廊下に響き渡る。
「魔物の討伐など、ここにいる『五番』で十分ですよ。コレを飛ばせば、早急にことが済みます。それだけのことをコレはできることを、まさか忘れているわけではないでしょう」
『五番』って久々に呼ばれたな。
モノ扱いされるのも久々に感じる。
それだけ会う人たちは私を人間扱いしてくれたのだと実感した。皮肉だ。
「ヒスイにさせなくても、俺たちでなんとかできる。それが答えだ」
「いけませんよ殿下。ことは一刻を争う。ウロロスの大群が雪崩を起こしたり、近くの町や村を襲ったらしいどうするおつもりですか」
目線の先にいる殿下が顔を歪める。
その奥にいるカミルさんも眉間にしわを寄せているのがわかる。
さらにその後ろには、騎士さんたちが小さい声で狼狽えているようだ。
地理的には、センリの山はこの国の端の方に位置していたと思う。
山の麓には小さくも栄えた街があったはず。
ウロロスであるウーとロロでもスポーツができそうな空間を埋め尽くしたのだから、その大きさが複数いるのだとしたら、確かに危なそう。
身体が動かせない代わりに、頭は聞こえた言葉を理解できている。
すぐ後ろに人の気配。
そして、嫌な予感。
「考えている時間も論じている時間も、ましては人を集めている時間もありませんよ」
気持ち悪い何かが体を撫でた。
その瞬間。
景色がぶれて、白い空間が視界を埋め尽くした。
瞳は参加者たちを見つめており、盗み見ていることに気付いているのかいないのか。
その顔は哀愁、と言うのだろうか。
少し寂しそうに見える。
「ヒスイのいた世界では医療が進んでいたのだな」
「私のいた世界ではそもそも魔法がなかったので、文化や技術の発展の方向性が大きく違うのだと思います」
参加者同士の体操が終えたところで、今日は終了。
殿下を除く四人で訓練場を片付け、次回の予定を確認。
最後に殿下と言葉を交わして解散となった。
訓練場の鍵を閉め、医術室までの道程の道中、殿下は私に尋ねてくる。
「いつもはどのくらいの人数がいるんだ?」
「十人行かないぐらいでしょうか」
「今日はだいぶ少なかったんだな」
「そうですね。強制参加ではないので、たまたまだと思います」
本当はたまたまではないだろうと考えている。
怪我をした参加者の望み。それは「体を取り戻したい」ということ。
その目標のために、一人ひとりの体を評価し、運動メニューを組み、実施、確認、再評価をしている。
それは私が元の世界でもやっている仕事、リハビリテーションだ。
そしてリハビリを受けている人の大部分は、人と会うことを避ける傾向があった。
親しかった人、懐かしい人、知らない人。
他人との接点を避け、一人の世界に閉じこもってしまうことは少なくない。
この国の人たちも同様で、人目を避けたがっている人は多い。
だからこその奥まった訓練場でやっている。
そして殿下は、リハビリに来ている人たちからしたら『会いたくない人』に分類されている。
怪我や病気をする前の自分を知っている人と会うのは、勇気がいるのだと誰かが言っていた。
比較されることと、比較してしまう自分が嫌なのだ、と。
殿下が廊下の途中で立ち止まる。
少し進んだところで振り返ると、真剣な表情をしと殿下が、言う。
「もし、俺がいたことが負担になってしまったのなら、謝る。そのような奴がいたら教えてくれ。どうしたらいいのかも」
……この人は、自分が見に行くと言うことがどういうことかを、理解しているのだろう。
理解した上で、見に行きたいと言ったのかも知れない。
プレッシャーをかけることも。
だが、発起人という立場上、どういうことをしているのかを把握しなければならない。
そうでないと、責任など持てない。
患者……城に仕えていた人たちに、真摯に向き合おうとしている。
私は一つ頷いて返し、笑みを返される。
殿下が近づいてきて、また、廊下を進む。
その時。
「殿下!!」
バタバタと慌ただしい音が廊下の奥から響き、血相を変えたカミルさんと数人の騎士が駆けてくる。
ただ事ではない、なんて、言わずもがな。
「どうした」
私より数歩前に出た殿下は落ち着いて対応する。
見学していた頃の柔らかくも真面目な雰囲気とはまた別の、緊張感漂う雰囲気が辺りを包む。
「緊急事態です。センリの山でウロロスの大群が暴れていると、ギルドより報告がありました」
「大群? ウロロスは今の時期は冬眠しているはずだろう。なぜそんなことになったのだ」
「詳細はまだ不明です。ギルドの方で原因を調査中ですが、国の方で急ぎ討伐に向かって欲しいと要請がありました」
「わかった。アオイにも声をかけて、準備が整い次第出るぞ」
聞いていて良い内容なのかわからないが、何も言われなかったので聞いてしまった。
スグサさんが以前説明してくれたが、ウロロスは冬になると身体が凍り、暖かくなるまで眠るのだという。
つまりは冬眠するらしい。
しかし冬眠していないのか目が覚めたのか、複数のウロロスがどこかの山で大暴れ中、と。
大変そう。
「すまん、ヒスイ。部屋に戻っててくれ」
「何を仰います、殿下」
私は「はい」と言おうとしたのだけれど。
真後ろから聞こえた苦手な人の声が、私の声を奪った。
「……何か意見があるのか? ベローズ所長」
白衣を着て、ニヤニヤと親しみのない笑顔を浮かべているのではないかと思う。
振り向けないので実際はわからないが。
そう思わせるような声色で、ベローズさんの声が廊下に響き渡る。
「魔物の討伐など、ここにいる『五番』で十分ですよ。コレを飛ばせば、早急にことが済みます。それだけのことをコレはできることを、まさか忘れているわけではないでしょう」
『五番』って久々に呼ばれたな。
モノ扱いされるのも久々に感じる。
それだけ会う人たちは私を人間扱いしてくれたのだと実感した。皮肉だ。
「ヒスイにさせなくても、俺たちでなんとかできる。それが答えだ」
「いけませんよ殿下。ことは一刻を争う。ウロロスの大群が雪崩を起こしたり、近くの町や村を襲ったらしいどうするおつもりですか」
目線の先にいる殿下が顔を歪める。
その奥にいるカミルさんも眉間にしわを寄せているのがわかる。
さらにその後ろには、騎士さんたちが小さい声で狼狽えているようだ。
地理的には、センリの山はこの国の端の方に位置していたと思う。
山の麓には小さくも栄えた街があったはず。
ウロロスであるウーとロロでもスポーツができそうな空間を埋め尽くしたのだから、その大きさが複数いるのだとしたら、確かに危なそう。
身体が動かせない代わりに、頭は聞こえた言葉を理解できている。
すぐ後ろに人の気配。
そして、嫌な予感。
「考えている時間も論じている時間も、ましては人を集めている時間もありませんよ」
気持ち悪い何かが体を撫でた。
その瞬間。
景色がぶれて、白い空間が視界を埋め尽くした。



