朗らかな春の陽気を思い出させる雰囲気のクザ先生は、去り際はそよ風のように穏やかに去っていった。
 私が学校に通うことになればまた会えるだろう。その時はまたご挨拶したい。


「意外だったろ」


 壁際にいた殿下が、空いた席に座る。
 そういえば今日は制服を着ている。
 紺地に白のラインが入った、シンプルなブレザーの制服だ。
 お城では白ベースに金の装飾のスーツとマントを羽織っていたから、こちらの方が年齢相応に見える。


「そうですね」
「出会いの話も聞けば教えてくれるぞ。カミルの印象が変わるんじゃないか」
「そんなに衝撃的なんですか」
「それは当人たちに聞いてからな」


 カミルさんに聞いても教えてくれるだろうか。
 どんな表情で教えてくれるのか、そっちの方も気になるな。
 それから少しの間、殿下は学校での様子を教えてくれた。
 どんな授業をしていて、どんな生徒がいて、どんな先生がいるのか。
 ちなみに生徒の数は一クラス二十人ほど、四クラスあるらしい。
 学歴順というわけではなく、皆バラバラ。
 学年ごとにクラス替えも行うと。
 私が入学するとすれば四年生からとなり、そうすれば殿下の弟さんと同学年なんだとか。


「四年生ですか? 一年生ではなく?」
「一年生から三年生は基本的な内容を、四年生からは発展的な内容を学ぶんだ。一年生からだとさすがに体格的にも難しいだろうと思う。基本的な内容は今まさにやっているしな」


 なるほど。
 じゃあ一年生は十三歳からだ。
 今の外見は十代後半だから確かに浮いてしまいそう。
 編入するならばもう少し学年が上がった方が混ざりこみやすい。


「殿下って何人兄弟なんですか?」
「三人だ。もう公務を務めてる兄が一人、弟一人」


 そういえば以前、「第二王子」って名乗ってた気がする。


「兄はともかく、弟にはいずれ会う時間を作ろう。正直どこまで話すか迷っていてな。決めるまではまだ待っていてくれ」
「はい。楽しみにしてます」


 区切りのいいところで、殿下が講師の講義を行う。
 私のいた場所での国語や数学などは、この国では基礎学に当たる。
 そして私の記憶の中ではそれらは『基本的なこと』に分類されるようで、そこまでの苦労はしなかった。
 数学には特にのめりこんだ。計算楽しい。
 あとは、やはりというか、生物分野は比較的わかった。
 社会はこの国では国学に当たるので、記憶として新しい。


「字も問題なく書けているようだな」
「スグサさんの体だからでしょうか。聞くのも困ったことはありませんし、違和感ないです」


 そう。
 体はこの世界に生きていたスグサさんの体なんだ。
 もともとこの世界にいた人の体なのだから、できることも多いのだと思う。
 ただ内臓がどうなっているのかまでは……考えたくはない。
 ここで、密かに疑問に思っていたことを提示する。


「スグサさんって、若くして亡くなったんですか?」
「そこは謎なんだ。本人が聞いているだろう状況で言うのはどうなのかと思うが、伝記では数十年は若い姿だったのだそうだ」


 つまりは何十年もこの姿で生きていたっていうこと……?


「この世界では『不老』というのは……」
「俺は聞いたことがない。むしろ俺もスグサ殿に聞きたいぐらいなんだが」
「……スグサさん」


 聞かれてましたか?

 ―― 聞いてた。

 回答っていただけるでしょうか?

 ―― ……まあいいか。もう死んでるし。


 スグサさんは必要な時に必要な分だけ教えてくれる。
 やや考える時間があったのは、それが必要なことかどうか、検討したからだろう。
 そして検討した結果、


 ―― 不老に近い状態ではあったが、不老ではない。


 こんな謎かけみたいな回答になったのは、意味があるのだろうと思う。


「うーん……?」
「スグサ殿はなんて?」
「「不老に近い状態であったが、不老ではない」、と」
「うーーーん?」


 そういう反応になりますよね。


 ―― ま、私様は最高位の魔術師だったんだぞ。できてしまうことの方が多い。『不老』に興味はなかったが、必要があったんで若い状態でいただけだ。


 まあ、確かに。
 逆に何ができなかったかを聞いたほうが、できたことを聞くよりも早そうだ。
 「必要があった」というのは、やはり研究についてだろうか。
 聞いてみたが、研究については詳しくは教えてくれなかった。
 というところで、スグサさんの話題は終わり、謎かけだけが残った。
 殿下とあれやこれやと言い合ったが、結局しっくりする答えは出ず、スグサさんも口を出してこなかったことで、自然と話題は変わっていった。


「じゃあそろそろ移動するか」


 と言い出した殿下は座っていた椅子からのっそりと立ち上がる。
 ちなみにどこに行くかは聞いていない。
 けど一人で座っているままなのもよくないかと思い、立ち上がって椅子を片付ける。
 荷物は学校のものが大半なのでそのままでいいようだ。
 手荷物は首から下げた許可証のみ。


「どこに行くんですか?」
「学校の中をふらふらと。今日は学校は休みだから生徒もほとんどいないが、一応フードは被ってくれ」


 自習室に鍵をかけて、職員室でクザ先生に声をかけて、さあ出発。
 行先は殿下にお任せで、学校散策が始まった。