「昨日の大雨の中、団員と移動していた時にな。一人が倒れて雪崩のように全員倒れた。一番下になった俺は運悪くやっちまった」


 包帯で巻かれた手首を持ち上げながら、いつもの不愛想な顔で教えてくれた。
 昨日は騎士団の人が、多すぎる雨の対策をしてくれていたらしい。
 終わって帰ろうとしたところで、そんな事態になってしまった。
 手首を怪我しては訓練はしない方がいいだろうということで、私の講義を引き受けてくれたらしい。
 今日は先日の大雨の後処理で力仕事も多いし、居ても足手まといになるからと。
 ちなみに今日は眩しいほどの晴天である。
 本当、昨日の雨が嘘のようだ。
 そしてさらに嘘じゃないと裏付けるようなカミルさんの怪我。
 騎士団の人たちは皆体格がいいのに、天気が悪くてぬかるんでいるところで転んだだけで、団長さんが戦力を削られてしまうのだから……雨ってすごい。


「そんなわけで、今日は俺が講義をするが……なにをすればいいんだ?」


 私の部屋で、いつもの講義の代打として来てくれたカミルさん。
 さっきの「うわ」は、机で準備をしていたところに時間より少し前に訪れて、入ってもらったところの第一声だった。


「アオイさんには火と土と光の魔法の基礎と、国学について教えてもらってたんですが……」
「じゃあ国学だな。魔法は専門の奴らに教わった方がいいだろう」


 騎士団も魔法を使わないわけではない。
 しかし餅は餅屋ということだろう。
 ちなみに騎士団の魔法は武器への付与や身体の力の向上のようだ。
 一応基礎魔法に入るらしい。
 基礎も鍛えればスペシャリストとなる。
 そう教えてくれたのはスグサさんだ。
 騎士団の使う魔法はつまりはそういうことなのだと思う。
 カミルさんの怪我のことはさておき、国学ということで歴史や文化について教えてもらうこととなった。




 ―――――……




 教わって、時計が一周ほどした頃。
 今日の分の講義が終わった。


「わかったか?」
「はい。わかりやすかったです」
「そうか」


 アオイさんのように冗談を交えたり、ロタエさんのように実技が混じるわけでもなく、淡々としたものだった。
 それでも好奇心をくすぐられるというか、意欲を駆り立てられる言い回しや内容ですんなり頭の中に入ってきた。
 上に立つ人は説明もうまい人が多いのかな。


「あ」


 片づけをしていたところ、カミルさんの手の包帯がほどけてしまった。
 垂れてしまった包帯をとってはぐるぐると適当に巻き付けている様子を見て、思わず、声を上げる。


「あのっ」
「ん」
「あ、えと……包帯、私に巻かせてもらえませんか?」


 カミルさんは普段からむすっとしている。
 決して愛想がいいわけではないし、ガタイがいいから迫力もある。
 最初はその外見から近寄りがたい人だと思っていた。
 それでも接しているうちに、ただ表情を作るのが苦手なだけの愛妻家なんだとわかった。
 私を娘のようにも扱ってくれているし。
 アオイさんのような長年の付き合いがある人からすると、カミルさんは私と話しているときには雰囲気が幾分柔らかくなっているらしい。
 雰囲気は私にはわからないけど、優しく接してくれているのはわかる。
 だから、見過ごせなかった。


「思い出した中に包帯の巻き方もあって……怪我してるなら、ちゃんと巻いたほうがいいと……思うので」


 言っといてなんだが、ちゃんとできる自信はない。
 見様見真似ならぬ、思い出思い出しながらだし。
 そんな不安を読み取ったのかはわからない。
 私がまだカミルさんの表情を読み取れないというのもあるが、一言「頼む」と言ってくれた。
 大きく頷いて、二人してソファーに座る。


「医術師には見せたんですか?」
「ああ」


 一度包帯を解いてみて思っていたが、巻き方が雑。
 布で関節部分をぐるぐる巻きにしているだけで、均一ではないし締め付けすぎている気もする。
 圧に気を付けながら、八の字に巻いていく。関節の動きを邪魔しすぎないように、慎重に。


「骨折ですか?」
「……さあ」
「え、言われていないんですか?」
「そこまで調べられないからな」


 この世界では骨が折れていないかどうかの検査もできないのか。
 医学はそこまで進んでいないということは本で読んで知っていたけど……。
 魔法でもできないものなのかな?


「検査とかってできないんですか? 透視とか」
「透視の魔法は違法だ」
「えっ」
「『覗き』だからな。更衣室とか、機密文書とか見られてはならない」


 結構メジャーな魔法かと思っていたのだけど、この世界はそういう扱いではないらしい。
 たしかに透視ではなく覗きと言われると、途端によろしくないものに聞こえる。


「そっか……骨が見えればすぐわかったのに」

 ―― 見れるぞ。


 突然、体の中から声をかけてきた。