「本当に連れてきたのか……」
一人の男性は頭を抱えた。
「話は通じるし、大人しい子だよ。手錠もしているし、ひとまず話を聞かなきゃだろう?」
「過信はしないでください」
「大丈夫だよ。保険はかけてある」
アオイさんとメガネをかけた女性が話している。
魔術師団、副団長のロタエさん。
知的な雰囲気の女性で、タイトなロングワンピースに細やかな刺繍、ローブを着ていた。
姿勢が良くてスタイルがいいのが座っていてもわかる。
歩いて頭にも血が回ったからか、この頃から話している内容も理解できるようになってきていた。
「こっちだよ。紅茶を飲んで温まろう」
「ずっと飲食はしていないのでしょう? 紅茶よりもまずは白湯のほうが良いのではないですか?」
「そうなのかい?」
「そうです」
手を引かれながら幅の広いソファーに促されて座る。
ロタエさんから色のない、湯気のたった水分が入ったティーカップをさし出される。
「白湯の後に紅茶をお出しします。少しずつ飲んでください」
小さくお辞儀しながら受け取る。
ティーカップで手も温めながら、少しずつ口の中に含んで、喉に流していく。
咽そうになってもなんとか堪えて、半分ぐらい飲んだ。
……まじまじと見つめられている。
「本当に大人しいな……」
正面のソファー座る鎧を着た人が警戒を隠さない表情で呟いた。
騎士団長のカミルさん。
金色の髪を刈り上げて、同じ色の顎鬚を短く切りそろえた中年ぐらいのおじさん。
後から聞いた話では、この時の私の印象はいわゆる『借りてきた猫』と思っていたそうだ。
いつ暴れるか警戒していたそうで。
ロタエさんは無表情で見ていたのだそう。
無表情で、しかし警戒はしていたのだと聞いた。
それとは正反対に、私の隣のアオイさんは笑顔で警戒心もなさそうだったと。
それでより自分が警戒したそうで。
また別の、誕生日席に座る、今まで一度も話していないマントを羽織った人が口を開いた。
「喋れるのか?」
ここ、フローレンタム国の王太子、コウ・ゼ・フローレンタム殿下。
私を見ながらだから、私に問うてくる。
喉をさすりながら、少し上を向く。
「……っ、ぁ、あー。」
あ、出た。
「うん。良さそうだ」
アオイさんが隣で頷く。
「今から君自身のことをわかる限りで教えてほしい。話すのが辛くなったら言ってね」
「は、い」
知っていること、といっても。
「名、前は、わかりませ、っ。言葉、は、わかり、ます。ここは、どこ、なんでしょ、ぅ」
当時はそう答えるのが精いっぱいだった。
私の問いに殿下が答えてくれた。
「ここはフローレンタムという国。その中心に立つ王城だ」
馴染みがない言葉だな、と思った。
もっと言えば、城の中やアオイさんたちの服装、兵士、牢屋なども見覚えもなければ現実味すらもなかった。
違和感しか感じていなかった。
さらに違和感のあるセリフが放たれた。
「君は我が国の有力な兵力として軍に在籍しているんだ」
私は兵士だったらしい。
「研究者たちが数年前に君と他十数人を連れてきた。その頃は動きはしたが、人形のように無表情でほとんど無反応だった」
今から数年前の話から始まる、周囲から見た私は、殺人人形だったようだ。
いわゆる戦争で、私と同じような表情をした男女数人。
当然のように強力な広範囲魔法を使用して、敵を威嚇し、掃討したらしい。
記憶はない。
疚しさもない。
罪悪感もない。
それは、今でも一緒。
「研究者の一人が「今まで以上に役に立つ兵器を開発した」と嬉々として語っていたな。確かに戦闘では凄まじかったが」
「僕は君たちの様子を見ていたが、確かに凄まじかったよ。僕なんて足元にも及ばないほどだ」
「団長ともあろう方がそんなことを軽々しく言わないでください」
当時から団長、副団長だった三人は当時の私のことも知っていた。
だからカミルさんやロタエさんは警戒していたのだと思う。
「僕も自分の力量は正しく理解しているつもりだけどね。それほどまでにすごかったんだよ。ただし、その頃の君の様子は今と全く違うものだ。あれは『殺戮人形』と呼べるだろうね」
「さつりく、にんぎょう……」
言い得て妙。
今の私ならば納得する。
後から調べた戦争の資料では、敵の大半を屠ったのは私の使った魔法なのだそう。
幾重もの叫び声が周囲の空気を震わすも、表情は一切変わらず、何も考えず、何も感じていないような様だったよう。
まさに『殺戮人形』。
それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもない。
まさにそのときの私を表した言葉だった。
「ひどい言い方をしてごめんね。君の反応が知りたかったんだ」
「はんのぅ」
「君は今、僕の言葉で傷ついてしまっただろう。微かだけど表情に出ている。人形ではありえない反応を示したんだ」
確かに本当に人形ならば、淡々と受け止めていただろうな。
「人形ではありえない反応だとしても、人間としては落ち着きすぎていると思うが?」
「私も、そう、思います。けど、実感……も、記憶も、ないの、で」
「そうか」
聞いてきたカミルさんの警戒度合いは、少しばかり会話をした程度では変わらなかった。
まあすぐには安心できなかったよね。
殿下もいたし。
なにより『殺戮人形』だなんて言われていたモノが目の前にいたら。
私としては、そんな話を聞いても落ち込んではいなかった。
けど感情の起伏も少なかったから、人によってはショックを受けているように見えていたかもしれない。
「じゃあほとんど何もわからない、ということだね」
「はい」
「では陛下には私からそのように報告しよう」
「よろしくお願いします。殿下」
「ではあなたは着替えと、シャワーも済ませましょう。このあと謁見していただくことになります」
「えっけん……」
「拘束は外せません。なので、洗体は他の者を呼びますので」
王様に会うのに私も身なりを整えなければならない。
話しているときはアオイさんが着せてくれたローブだけで、一見ワンピースのような状態だった。
けれど体、特に裸足で歩いていたからやや汚れていて、もしかしたら薬品や体臭がしていたのかもしれない。
恥ずかしい。
私はアオイさんに連れられて続き部屋のシャワールームへ案内された。
アオイさんはシャワールームの手前でメイドさんらしき人たちに声をかける。
男性だし、さすがに入ってはこなかった。
メイドさんたちに洗われるのは恥ずかしいが、拘束されている以上しょうがない。
シャワーの暖かさのせいか、夢心地でこの時でさえも現実味がなかった。
いったいどうして私はここにいるのだろう。
私は本当に人を殺していたのか。
本当に私に人を殺す力があるのだろうか。
されるがままのまま、答えのない問いが頭の中を占めていた。
一人の男性は頭を抱えた。
「話は通じるし、大人しい子だよ。手錠もしているし、ひとまず話を聞かなきゃだろう?」
「過信はしないでください」
「大丈夫だよ。保険はかけてある」
アオイさんとメガネをかけた女性が話している。
魔術師団、副団長のロタエさん。
知的な雰囲気の女性で、タイトなロングワンピースに細やかな刺繍、ローブを着ていた。
姿勢が良くてスタイルがいいのが座っていてもわかる。
歩いて頭にも血が回ったからか、この頃から話している内容も理解できるようになってきていた。
「こっちだよ。紅茶を飲んで温まろう」
「ずっと飲食はしていないのでしょう? 紅茶よりもまずは白湯のほうが良いのではないですか?」
「そうなのかい?」
「そうです」
手を引かれながら幅の広いソファーに促されて座る。
ロタエさんから色のない、湯気のたった水分が入ったティーカップをさし出される。
「白湯の後に紅茶をお出しします。少しずつ飲んでください」
小さくお辞儀しながら受け取る。
ティーカップで手も温めながら、少しずつ口の中に含んで、喉に流していく。
咽そうになってもなんとか堪えて、半分ぐらい飲んだ。
……まじまじと見つめられている。
「本当に大人しいな……」
正面のソファー座る鎧を着た人が警戒を隠さない表情で呟いた。
騎士団長のカミルさん。
金色の髪を刈り上げて、同じ色の顎鬚を短く切りそろえた中年ぐらいのおじさん。
後から聞いた話では、この時の私の印象はいわゆる『借りてきた猫』と思っていたそうだ。
いつ暴れるか警戒していたそうで。
ロタエさんは無表情で見ていたのだそう。
無表情で、しかし警戒はしていたのだと聞いた。
それとは正反対に、私の隣のアオイさんは笑顔で警戒心もなさそうだったと。
それでより自分が警戒したそうで。
また別の、誕生日席に座る、今まで一度も話していないマントを羽織った人が口を開いた。
「喋れるのか?」
ここ、フローレンタム国の王太子、コウ・ゼ・フローレンタム殿下。
私を見ながらだから、私に問うてくる。
喉をさすりながら、少し上を向く。
「……っ、ぁ、あー。」
あ、出た。
「うん。良さそうだ」
アオイさんが隣で頷く。
「今から君自身のことをわかる限りで教えてほしい。話すのが辛くなったら言ってね」
「は、い」
知っていること、といっても。
「名、前は、わかりませ、っ。言葉、は、わかり、ます。ここは、どこ、なんでしょ、ぅ」
当時はそう答えるのが精いっぱいだった。
私の問いに殿下が答えてくれた。
「ここはフローレンタムという国。その中心に立つ王城だ」
馴染みがない言葉だな、と思った。
もっと言えば、城の中やアオイさんたちの服装、兵士、牢屋なども見覚えもなければ現実味すらもなかった。
違和感しか感じていなかった。
さらに違和感のあるセリフが放たれた。
「君は我が国の有力な兵力として軍に在籍しているんだ」
私は兵士だったらしい。
「研究者たちが数年前に君と他十数人を連れてきた。その頃は動きはしたが、人形のように無表情でほとんど無反応だった」
今から数年前の話から始まる、周囲から見た私は、殺人人形だったようだ。
いわゆる戦争で、私と同じような表情をした男女数人。
当然のように強力な広範囲魔法を使用して、敵を威嚇し、掃討したらしい。
記憶はない。
疚しさもない。
罪悪感もない。
それは、今でも一緒。
「研究者の一人が「今まで以上に役に立つ兵器を開発した」と嬉々として語っていたな。確かに戦闘では凄まじかったが」
「僕は君たちの様子を見ていたが、確かに凄まじかったよ。僕なんて足元にも及ばないほどだ」
「団長ともあろう方がそんなことを軽々しく言わないでください」
当時から団長、副団長だった三人は当時の私のことも知っていた。
だからカミルさんやロタエさんは警戒していたのだと思う。
「僕も自分の力量は正しく理解しているつもりだけどね。それほどまでにすごかったんだよ。ただし、その頃の君の様子は今と全く違うものだ。あれは『殺戮人形』と呼べるだろうね」
「さつりく、にんぎょう……」
言い得て妙。
今の私ならば納得する。
後から調べた戦争の資料では、敵の大半を屠ったのは私の使った魔法なのだそう。
幾重もの叫び声が周囲の空気を震わすも、表情は一切変わらず、何も考えず、何も感じていないような様だったよう。
まさに『殺戮人形』。
それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもない。
まさにそのときの私を表した言葉だった。
「ひどい言い方をしてごめんね。君の反応が知りたかったんだ」
「はんのぅ」
「君は今、僕の言葉で傷ついてしまっただろう。微かだけど表情に出ている。人形ではありえない反応を示したんだ」
確かに本当に人形ならば、淡々と受け止めていただろうな。
「人形ではありえない反応だとしても、人間としては落ち着きすぎていると思うが?」
「私も、そう、思います。けど、実感……も、記憶も、ないの、で」
「そうか」
聞いてきたカミルさんの警戒度合いは、少しばかり会話をした程度では変わらなかった。
まあすぐには安心できなかったよね。
殿下もいたし。
なにより『殺戮人形』だなんて言われていたモノが目の前にいたら。
私としては、そんな話を聞いても落ち込んではいなかった。
けど感情の起伏も少なかったから、人によってはショックを受けているように見えていたかもしれない。
「じゃあほとんど何もわからない、ということだね」
「はい」
「では陛下には私からそのように報告しよう」
「よろしくお願いします。殿下」
「ではあなたは着替えと、シャワーも済ませましょう。このあと謁見していただくことになります」
「えっけん……」
「拘束は外せません。なので、洗体は他の者を呼びますので」
王様に会うのに私も身なりを整えなければならない。
話しているときはアオイさんが着せてくれたローブだけで、一見ワンピースのような状態だった。
けれど体、特に裸足で歩いていたからやや汚れていて、もしかしたら薬品や体臭がしていたのかもしれない。
恥ずかしい。
私はアオイさんに連れられて続き部屋のシャワールームへ案内された。
アオイさんはシャワールームの手前でメイドさんらしき人たちに声をかける。
男性だし、さすがに入ってはこなかった。
メイドさんたちに洗われるのは恥ずかしいが、拘束されている以上しょうがない。
シャワーの暖かさのせいか、夢心地でこの時でさえも現実味がなかった。
いったいどうして私はここにいるのだろう。
私は本当に人を殺していたのか。
本当に私に人を殺す力があるのだろうか。
されるがままのまま、答えのない問いが頭の中を占めていた。



