周囲には水を含んで泥となって溜まった土砂。
 水を含んでいるだけならどうとでもなる。


(アル)最上級魔法(ナエト)


 属性文を唱えるのは楽しませてくれたお礼だ。
 こんなもの、私様にとっては威力を上げて勝負を早々に切り上げてしまうだけの、余計な物。
 女魔術師は呪文を聞いて即座に防御魔法を展開している。
 闇属性か。
 これで三つの属性を使ったな。
 さて、そんなもので防げる程度の魔法にできるかが、私様の腕の見せ所だ。


「≪撒き散らすは荒れ狂う竜の咆哮≫」


 周囲の砂、土、泥、すべてを巻き込んで竜巻のごとく吹き散らす。
 密室空間での竜巻は逃げ場もなく、さらには女魔術師が出した水も併せてより障害物が多い。
 水ならば女魔術師も操れるだろうが、竜巻の中で防御魔法を展開しながら水を正確に操るなんてことまでできるかなぁ。
 できたら嬉しいなあ。
 反撃はできずともこの場を乗り切る方に集中するだろう。
 乗り切るために防御魔法で勢いを殺せたとしても、砂や泥が体に当たればそれに対応するのに消耗はするはずだ。
 防御魔法に当たればその分耐久性にも影響は出るし、なにより向こうは竜巻があるうちは動けない。
 直撃していない赤髪達も、隅っこで防御魔法を展開しているがどれだけ耐えられるか。
 ウーとロロは私様が張った魔法の中だから問題なし。
 私様の魔力量では一日なんて余裕でもたせてしまうが、果たして向こうは一時間ともつかな?
 本当に一時間も測定する気はないので、程々にして魔法を解く。
 浮いていた砂や泥が床に落ちるが、女魔導士の足元は水たまりだけだ。
 防御魔法でしっかり守りきったのだろう。

 ほう。
 と感心していたら。顔を目掛けて何かが飛んできた。
 床に落ちていた土、もはや泥で受け止めれば、何も掴めていない。


「……チッ」


 あの女魔術師、舌打ちしたよ。
 水玉でも飛ばしてきたか。
 攻撃がやんだ瞬間を狙って一矢報いてくるとか、まだまだやる気満々じゃねーか。
 そうは言っても大分魔力を消費したようだ。
 涼しい顔をしているが、立てた大鎌が支えになっているようだし。
 飛ばしてきたものが小さかったのは不意打ちを狙ったためかもしれないが、それなら後続があってもいいはずだし。
 降参するかな?
 しばし沈黙のまま向き合ってみたが、その様子はないか。
 では言いやすくしてやろう。

 すっ、と、手を前方に向ける。
 警戒した女魔術師は最後の力とでもいうように大鎌を構える。
 大掛かりな魔法はもう必要ない。構えることすらももはや無意味だ。
 女魔術師の顔から読み取れるのは、やや不機嫌から、辛そうに、さらに苦しそうに表情を変える。
 さらに魔力を練れば。
 女魔術師は片膝をついた。
 まるで重力に押さえつけられているかのように、立っていられない様子。

 どうする?

 と小首で問えば。
 眼力で殺しに来そうな顔つき。


「…………降参です」


 蚊の鳴くような声で聞こえた。
 聞いた瞬間に魔力を解いた。


「いやーありがとうな! なかなか面白かった! もっと魔法使ってきてもよかったのに。ヒスイのことを気にしたのか?」


 明るく問う。
 ついていた膝を浮かせ、ふーっと重い息を吐いた。


「確かにヒスイさんのことを気にしてはいましたが、あなたに対して魔法で挑むなんてこと、無謀でしかありませんよ」
「気にしてた割には初っ端から大鎌で狙いに来てただろ」
「挨拶です」


 しれっと。
 なんだこいつ、ほんとに危ない奴だな。


「……おつかれー」


 隅にいた男三人が気まずそうに近づいてきた。


「ロタエ、大丈夫か?」
「御心配には及びません、殿下。大きい怪我はありません」
「最後、どうしたんだ?」


 最後の魔法は目に見えるものではないから、遠くから見ていた三人にはよくわからなかったのだろう。
 突然膝をついたから、体力切れのようにも見えたかもしれない。


「体が重くなりました」
「重く? 押さえつけられた感じか?」
「いえ、どちらかというと引っ張られたような……」


 どうやら騎士サマが特に気になるらしい。
 好奇心や知識欲があるのは良いことだ。
 解説してやろう。


「あれは砂を服に潜り込ませて、そこから床に向けて操作したんだ」
「それだけ? なんていう魔法なんですか?」
「あんなんに名前なんかつけるか。初級だろ」


 操作するだけだし。
 威力も何もない。
 操作だけしているだけならまさに初級魔法というに値する。
 と言い切ったら。


「初級……」


 女魔術師の機嫌がめっちゃ悪くなった。


「ロタエ! ほら、初級でも結構緻密なコントロールが必要だし!」
「そうだぞ。俺では砂どころか土になって服の中に入れるとかまず無理だ」
「俺は土を持ってないが、あんなのされたら避けられるとは思えん!」


 赤髪も騎士サマも殿下も必死に宥めてる。
 こういう奴のほうが後々成長していろいろな攻撃手段をとってくるから面白いだろうな。


「ロタエ」


 この四人の中では初めて名前を呼んだ。
 女魔術師を呼んだのに全員こっち向いてきた。
 それには構わず、言いたいことだけ言う。


「またやろう」


 楽しかった。
 生前は謎めいた笑い方をするとよく言われた。
 「何を企んでいるんだ」と聞かれたこともある。
 そんなことはお構いなしに笑って素直な感想を伝えた。
 向こうは一瞬驚いた顔をして、真顔に戻って、うん、と頷いた。
 こういう時ぐらい笑えばいいのに。


「さて。次は誰がやる?」