心の中でそう告げる声がする。
 最初ほどではない揺れを感じる度、誰ともわからない声が私を……スグサさんを呼んでいる気がする。
 そわそわする。
 そんな私を感じ取ったのか、ロタエさんが肩に手を乗せた。


「あなたは私が守りますので、落ち着いて。一応、すぐ動けるように用意しておきましょう」
「は、はい。わかりました」


 ロタエさんの落ち着いた声色につられて一瞬、心も落ち着いてくる。
 それでも呼ばれる声は続く。
 続くけれど、段々、声が小さくなってきた。


「団長」
「え?」


 この場にはいないはずのアオイさんのことを呼んでいる。
 ロタエさんは私を見て一度頷き、続けて口を動かす。


「こちらは無事です。そちらは? ……え? よろしいのですか? ……わかりました。では」


 念話、だろうか。
 この世界に電話はなく、魔力を使った通信方法があることは聞いていた。
 電話の代わりに、念話ができる魔法が込められた石なんかもあるようだが、もちろんなくても構わない。
 ロタエさんはおそらく、今現場にいるであろうアオイさんと話をしたのだろう。


「ローブを着てください。今から団長のもとへ向かいます」
「えっ。私も行っていいんですか?」
「団長からはヒスイさんと共に来るようにとの指示でした。向こうは人払いをしているそうです。一緒に行きましょう」
「えっ」


 さあ早く、と急かされ、ローブを着てフードも被って、部屋を出た。
 小走りでロタエさんの後ろをついて、途中慌てた騎士たちともすれ違う。
 だが今はそれどころではないといった感じか、私に気を留める人はいなかった。
 たどり着いた先は城の地下。
 以前、私が入れられた地下牢とは別の場所。
 保管庫、らしい。
 ドアが開けっぱなしにされているが、中の様子は見えない。
 ドアを境に黒い膜が張られている。


「団長。部屋の前につきました。……承知しました」


 念話でロタエさんがアオイさんと会話して。
 ロタエさんが部屋に張られている魔法と同じ魔法を私たちに使い、部屋に入ると同時に扉を閉めるように、とのことらしい。


「行きます」


 ロタエさんが私の少し前を歩き、私はドアノブを持って進みながら扉を閉める。
 膜同士は抵抗感なく同化し、同化した部分から部屋の中の景色が見える。
 手前にはコウ殿下。
 殿下のすぐ横にカミルさん。
 その奥にアオイさん。
 そしてさらに奥には、


「……へ、び……?」


 集団で訓練やスポーツができそうな広さで、私がボールを思いっきり天井に投げても届かなそうな高さの部屋を埋め尽くしそうなほど、大きな大きな蛇。
 それが一匹。
 だが、二頭。
 頭が二つある蛇だ。
 さらにはそれぞれの額に三つ目の眼があり、計六つの瞳がこちらを見ている。
 背中には羽が一対生えていて、紐状の身体なのに立体的な大きさを感じる。
 紫とも濃紺とも言えそうな深い色の鱗の体。
 大きさだけでも威圧感を感じるのに、この蛇、蛇たちは大人しく、目だけを私に向けている。
 よく見たら、身体を覆う黒い靄が見える。
 私の中に届いていた声は移動中にはほとんどなく、しかしこの部屋に入ってから、またスグサさんのことを呼んでいる。
 そして私の中には言葉が浮かんだ。


 ―― ウー

「ウー?」

 ―― ロロ

「ロロ?」



 瞬間。
 蛇が答えるように、一匹は目を閉じ、一匹は小さく声を出す。


「この子たちは」


 アオイさんが前を向いたまま、話しをする。


「スグサ・ロッドの子飼いだよ。ここで保管されていた『双頭のウロロス』」
「ウロロス……」
「頭のすぐ下、首の辺りにある赤い石が見えるかい? その石の中に眠った状態で保管されていたんだよ」


 二匹の顎辺りよりも下に、首輪のようにして小さい石をかけているのが見える。
 目の前の巨体があの中にいたというのは、やはり魔法なのだろう。
 スグサさんが関わっているのだから、どんな不思議なことでもやってしまいそうだ。


 殿下が振り向き、私を見る。その表情は気まずそうな、ばつが悪い顔だ。


「目的は君だそうだ。ヒスイ」
「えっ、私ですか?」
「正しくはスグサ・ロッドだけどね。名を叫びながら暴れるものだから、会わせると言ったら大人しくしてくれたんだよ」


 つまりは私の外見を、ということか。


「ごめんね。君はヒスイちゃんだってわかってるんだけど、攻撃せず安全に落ち着かせるためにはこの方法しか思いつかなくて……」
「いえ……」


 わかっている。
 アオイさんも殿下も、私を『ヒスイ』として扱ってくれているのは日ごろからわかっている。
 周囲への影響も、この蛇のことも安全にと考えて、それが私が会うことだけならその選択をするのも仕方がないと納得できる。
 人払いをしてくれたのも、私を呼ぶために気を使ってくれたのだろう。
 ここには私を知っていて、よくしてくれている人しかいないのだから。


「私は、何をすればいいですか?」