魔術師は死んでいた。  【コミカライズ12/26から】

 ―――――……




 ……。
 寝息が聞こえる。
 眠ったようだ。

 表情に感情を出さないヒスイの顔が、いつになく顔を変えていた。
 嬉しく思いつつも、その顔は明るいものではなかったから、素直には喜べなかった。
 今も決して穏やかではなく、汗を滲ませている。
 相当に熱が高いようだ。

 無理をさせたと今では反省している。
 表情が見えないことに気を抜いていたわけではないが、ただ張り切っているように見えた。
 だからこそ任せ、協力できるところはやろうとしていた。
 配分を間違った。

 タオルが乾いてきた。
 取り換えよう。
 こうして人の世話をするのは久しぶりだ。
 小さいころにメイドに交じって弟の世話をしたことを思い出すな。
 あいつも大きくなってからは伏せることも少なくなったし。
 当時の記憶を思い出しながら必要なものを言わなければ。


「ロタエ」
「はい」
「飲み物と食べ物、あと氷……タオルと、一応着替えはあるのか?」
「一応手配します」


 念話が終われば沈黙が訪れる。
 否、寝息が規則正しく聞こえている。
 外出用の服だから寝心地は悪そうだが、さすがに着替えさせるわけにはいかない。
 すまん。
 定期的にタオルを変え、室温を整え、ロタエの帰りを待つことどれくらいか。
 ドアをノックされた音で、意識が飛んでいたことに気付く。


「ハッ」
「失礼しています」
「おおおお帰り!」
「……戻りました」


 聞こえる、聞こえるぞ。
 「寝てたんですか」という言葉が。
 その冷たい目をやめてくれ。
 俺も熱を出しそうだ。


「買ってきました。ヒスイさんは……よく寝ていますね」
「ああ。自然と起きるのを待とうと思う」
「それがいいと思います。スグサ様は……出てきていないのですね」
「そういえば、そうだな」


 スグサ殿が活動して、治りが遅くなったらヒスイが辛いだけだし、それを考慮してのことかもしれない。
 そもそもスグサ殿はあまり俺たちとは関わろうとしていないから、ただ必要がないだけ、ということも考えられるが。
 どちらにしろ、今はゆっくり休ませてやるのが吉だろう。
 飲み物と食べ物を一食ずつ、椅子の上に乗せて手が届く位置に置いておこう。
 俺たちは話があるから、続き部屋に行っているからな。


「……何か報告は?」
「団長から、スパデューダの巣にあったご遺体について、身元が分かった者がいるそうです」
「そうか。隣で詳しく聞こう」


 時は日暮れ。
 不穏な話はヒスイが起きるまでに済ませたい。





 ―――――……




「おーい、大丈夫かー?」


 うん。大丈夫じゃなさそう。
 めっちゃだるそうだ。


「……だるいです」
「だよなー。お大事にー」


 目に力がない。
 だが恨めしそうに見ているのはわかるぞ。
 段々表情を読むことにも慣れてきたと実感する。
 いつも通り胡坐でいるのに対し、いつも正座で姿勢良くしていた目の前の奴は、両膝を立てた状態で横になっている。
 起きていられない程辛いとは、かわいそーに。


「……スグサさんは、大丈夫なんですか?」
「んあ? なんで?」
「だって、同じ体じゃないですか」


 おお、今度は変なものを見る目だな。
 興味を示すことはいいことだ。
 私様は怒らないぞ。褒めてやろう。
 だが同時に、訂正が必要だな。


「お前は勘違いしているな」
「勘違い?」
「私様は『記憶』であって『人格』ではない。体調不良の記憶はあっても、実際の影響は受けない存在だ」


 まあ、体を動かしてたり魔法を使ったりして居れば、勘違いするのも無理はないか。
 だがそんなこんなで、私様は痛くも痒くも辛くもない。
 へっちゃら。
 だから体を使って活動してやってもいいんだが、体が疲れれば回復にも時間がかかる。
 そうなってしまえば辛いのは弟子だ。
 熱に侵される時間が長引いて、ギルドの任務を行う時間が無くなって、王子サマと女魔術師を足止めさせてしまう。
 だから大人しくして居ようと決めた。


「これに懲りたら水シャワーはやめておくんだな」
「……」
「お前、意外と表情豊かだな?」
「え」
「いや、いい。いいからもう水シャワーはやめろ。大丈夫だから」


 何が、とは聞かせない。
 目を伏せ、視線を外す。
 意識の中とは言え、あまり長々と付き合わせてはよくない。
 言いたいことは言ったからもう引っ込んでもいいのだが。


「何か言いたげ気だな?」
「いえ……」


 口では何とでも。
 目は口程に物を言う。


「言えよ。言ってからさっさと寝ろ。言わないと眠れなさそうだ」


 ちょっと意地を悪くしてみた。
 こういう時はついつい口元が上がってしまうのは悪い癖だな。
 煽ったような言い方に弟子は表情を変えず、口籠りながら意を決したように発した。


「スグサさんは、この体をどう思っているんですか?」
「どう、とは」
「えっと、なんと言えばいいんでしょうか。何か知っているのですか?」


 知っている。
 うん。知っている。
 そりゃあ私様の体だし、いろいろ知っているが、弟子が知りたいのはそういうことではないのだろう。
 『この体には何が起こっているのか』
 とでも聞きたいのだろう。
 言わないけど。


「今は言えることはない。ただ、悪いことではない」
「悪くない……」
「ああ。大丈夫。悪くない。ただ魔法を使いすぎただけだ」


 焦らすこと自体はあまり好きではない。
 だから申し訳ないとは思っているが、本当に今は言えない。
 今は。


「わかりました」
「わかったんだ?」
「スグサさんが、後々話してくれるのだろうということが。それなら、それを待ちます」


 ……。
 寝息が聞こえる。眠ったようだ。
 聞きたいことを聞いて、一人満足したか。
 まあ、いいけど。

 おやすみ。





 ―――――……