―――――……
……。
寝息が聞こえる。
眠ったようだ。
表情に感情を出さないヒスイの顔が、いつになく顔を変えていた。
嬉しく思いつつも、その顔は明るいものではなかったから、素直には喜べなかった。
今も決して穏やかではなく、汗を滲ませている。
相当に熱が高いようだ。
無理をさせたと今では反省している。
表情が見えないことに気を抜いていたわけではないが、ただ張り切っているように見えた。
だからこそ任せ、協力できるところはやろうとしていた。
配分を間違った。
タオルが乾いてきた。
取り換えよう。
こうして人の世話をするのは久しぶりだ。
小さいころにメイドに交じって弟の世話をしたことを思い出すな。
あいつも大きくなってからは伏せることも少なくなったし。
当時の記憶を思い出しながら必要なものを言わなければ。
「ロタエ」
「はい」
「飲み物と食べ物、あと氷……タオルと、一応着替えはあるのか?」
「一応手配します」
念話が終われば沈黙が訪れる。
否、寝息が規則正しく聞こえている。
外出用の服だから寝心地は悪そうだが、さすがに着替えさせるわけにはいかない。
すまん。
定期的にタオルを変え、室温を整え、ロタエの帰りを待つことどれくらいか。
ドアをノックされた音で、意識が飛んでいたことに気付く。
「ハッ」
「失礼しています」
「おおおお帰り!」
「……戻りました」
聞こえる、聞こえるぞ。
「寝てたんですか」という言葉が。
その冷たい目をやめてくれ。
俺も熱を出しそうだ。
「買ってきました。ヒスイさんは……よく寝ていますね」
「ああ。自然と起きるのを待とうと思う」
「それがいいと思います。スグサ様は……出てきていないのですね」
「そういえば、そうだな」
スグサ殿が活動して、治りが遅くなったらヒスイが辛いだけだし、それを考慮してのことかもしれない。
そもそもスグサ殿はあまり俺たちとは関わろうとしていないから、ただ必要がないだけ、ということも考えられるが。
どちらにしろ、今はゆっくり休ませてやるのが吉だろう。
飲み物と食べ物を一食ずつ、椅子の上に乗せて手が届く位置に置いておこう。
俺たちは話があるから、続き部屋に行っているからな。
「……何か報告は?」
「団長から、スパデューダの巣にあったご遺体について、身元が分かった者がいるそうです」
「そうか。隣で詳しく聞こう」
時は日暮れ。
不穏な話はヒスイが起きるまでに済ませたい。
―――――……
「おーい、大丈夫かー?」
うん。大丈夫じゃなさそう。
めっちゃだるそうだ。
「……だるいです」
「だよなー。お大事にー」
目に力がない。
だが恨めしそうに見ているのはわかるぞ。
段々表情を読むことにも慣れてきたと実感する。
いつも通り胡坐でいるのに対し、いつも正座で姿勢良くしていた目の前の奴は、両膝を立てた状態で横になっている。
起きていられない程辛いとは、かわいそーに。
「……スグサさんは、大丈夫なんですか?」
「んあ? なんで?」
「だって、同じ体じゃないですか」
おお、今度は変なものを見る目だな。
興味を示すことはいいことだ。
私様は怒らないぞ。褒めてやろう。
だが同時に、訂正が必要だな。
「お前は勘違いしているな」
「勘違い?」
「私様は『記憶』であって『人格』ではない。体調不良の記憶はあっても、実際の影響は受けない存在だ」
まあ、体を動かしてたり魔法を使ったりして居れば、勘違いするのも無理はないか。
だがそんなこんなで、私様は痛くも痒くも辛くもない。
へっちゃら。
だから体を使って活動してやってもいいんだが、体が疲れれば回復にも時間がかかる。
そうなってしまえば辛いのは弟子だ。
熱に侵される時間が長引いて、ギルドの任務を行う時間が無くなって、王子サマと女魔術師を足止めさせてしまう。
だから大人しくして居ようと決めた。
「これに懲りたら水シャワーはやめておくんだな」
「……」
「お前、意外と表情豊かだな?」
「え」
「いや、いい。いいからもう水シャワーはやめろ。大丈夫だから」
何が、とは聞かせない。
目を伏せ、視線を外す。
意識の中とは言え、あまり長々と付き合わせてはよくない。
言いたいことは言ったからもう引っ込んでもいいのだが。
「何か言いたげ気だな?」
「いえ……」
口では何とでも。
目は口程に物を言う。
「言えよ。言ってからさっさと寝ろ。言わないと眠れなさそうだ」
ちょっと意地を悪くしてみた。
こういう時はついつい口元が上がってしまうのは悪い癖だな。
煽ったような言い方に弟子は表情を変えず、口籠りながら意を決したように発した。
「スグサさんは、この体をどう思っているんですか?」
「どう、とは」
「えっと、なんと言えばいいんでしょうか。何か知っているのですか?」
知っている。
うん。知っている。
そりゃあ私様の体だし、いろいろ知っているが、弟子が知りたいのはそういうことではないのだろう。
『この体には何が起こっているのか』
とでも聞きたいのだろう。
言わないけど。
「今は言えることはない。ただ、悪いことではない」
「悪くない……」
「ああ。大丈夫。悪くない。ただ魔法を使いすぎただけだ」
焦らすこと自体はあまり好きではない。
だから申し訳ないとは思っているが、本当に今は言えない。
今は。
「わかりました」
「わかったんだ?」
「スグサさんが、後々話してくれるのだろうということが。それなら、それを待ちます」
……。
寝息が聞こえる。眠ったようだ。
聞きたいことを聞いて、一人満足したか。
まあ、いいけど。
おやすみ。
―――――……
……。
寝息が聞こえる。
眠ったようだ。
表情に感情を出さないヒスイの顔が、いつになく顔を変えていた。
嬉しく思いつつも、その顔は明るいものではなかったから、素直には喜べなかった。
今も決して穏やかではなく、汗を滲ませている。
相当に熱が高いようだ。
無理をさせたと今では反省している。
表情が見えないことに気を抜いていたわけではないが、ただ張り切っているように見えた。
だからこそ任せ、協力できるところはやろうとしていた。
配分を間違った。
タオルが乾いてきた。
取り換えよう。
こうして人の世話をするのは久しぶりだ。
小さいころにメイドに交じって弟の世話をしたことを思い出すな。
あいつも大きくなってからは伏せることも少なくなったし。
当時の記憶を思い出しながら必要なものを言わなければ。
「ロタエ」
「はい」
「飲み物と食べ物、あと氷……タオルと、一応着替えはあるのか?」
「一応手配します」
念話が終われば沈黙が訪れる。
否、寝息が規則正しく聞こえている。
外出用の服だから寝心地は悪そうだが、さすがに着替えさせるわけにはいかない。
すまん。
定期的にタオルを変え、室温を整え、ロタエの帰りを待つことどれくらいか。
ドアをノックされた音で、意識が飛んでいたことに気付く。
「ハッ」
「失礼しています」
「おおおお帰り!」
「……戻りました」
聞こえる、聞こえるぞ。
「寝てたんですか」という言葉が。
その冷たい目をやめてくれ。
俺も熱を出しそうだ。
「買ってきました。ヒスイさんは……よく寝ていますね」
「ああ。自然と起きるのを待とうと思う」
「それがいいと思います。スグサ様は……出てきていないのですね」
「そういえば、そうだな」
スグサ殿が活動して、治りが遅くなったらヒスイが辛いだけだし、それを考慮してのことかもしれない。
そもそもスグサ殿はあまり俺たちとは関わろうとしていないから、ただ必要がないだけ、ということも考えられるが。
どちらにしろ、今はゆっくり休ませてやるのが吉だろう。
飲み物と食べ物を一食ずつ、椅子の上に乗せて手が届く位置に置いておこう。
俺たちは話があるから、続き部屋に行っているからな。
「……何か報告は?」
「団長から、スパデューダの巣にあったご遺体について、身元が分かった者がいるそうです」
「そうか。隣で詳しく聞こう」
時は日暮れ。
不穏な話はヒスイが起きるまでに済ませたい。
―――――……
「おーい、大丈夫かー?」
うん。大丈夫じゃなさそう。
めっちゃだるそうだ。
「……だるいです」
「だよなー。お大事にー」
目に力がない。
だが恨めしそうに見ているのはわかるぞ。
段々表情を読むことにも慣れてきたと実感する。
いつも通り胡坐でいるのに対し、いつも正座で姿勢良くしていた目の前の奴は、両膝を立てた状態で横になっている。
起きていられない程辛いとは、かわいそーに。
「……スグサさんは、大丈夫なんですか?」
「んあ? なんで?」
「だって、同じ体じゃないですか」
おお、今度は変なものを見る目だな。
興味を示すことはいいことだ。
私様は怒らないぞ。褒めてやろう。
だが同時に、訂正が必要だな。
「お前は勘違いしているな」
「勘違い?」
「私様は『記憶』であって『人格』ではない。体調不良の記憶はあっても、実際の影響は受けない存在だ」
まあ、体を動かしてたり魔法を使ったりして居れば、勘違いするのも無理はないか。
だがそんなこんなで、私様は痛くも痒くも辛くもない。
へっちゃら。
だから体を使って活動してやってもいいんだが、体が疲れれば回復にも時間がかかる。
そうなってしまえば辛いのは弟子だ。
熱に侵される時間が長引いて、ギルドの任務を行う時間が無くなって、王子サマと女魔術師を足止めさせてしまう。
だから大人しくして居ようと決めた。
「これに懲りたら水シャワーはやめておくんだな」
「……」
「お前、意外と表情豊かだな?」
「え」
「いや、いい。いいからもう水シャワーはやめろ。大丈夫だから」
何が、とは聞かせない。
目を伏せ、視線を外す。
意識の中とは言え、あまり長々と付き合わせてはよくない。
言いたいことは言ったからもう引っ込んでもいいのだが。
「何か言いたげ気だな?」
「いえ……」
口では何とでも。
目は口程に物を言う。
「言えよ。言ってからさっさと寝ろ。言わないと眠れなさそうだ」
ちょっと意地を悪くしてみた。
こういう時はついつい口元が上がってしまうのは悪い癖だな。
煽ったような言い方に弟子は表情を変えず、口籠りながら意を決したように発した。
「スグサさんは、この体をどう思っているんですか?」
「どう、とは」
「えっと、なんと言えばいいんでしょうか。何か知っているのですか?」
知っている。
うん。知っている。
そりゃあ私様の体だし、いろいろ知っているが、弟子が知りたいのはそういうことではないのだろう。
『この体には何が起こっているのか』
とでも聞きたいのだろう。
言わないけど。
「今は言えることはない。ただ、悪いことではない」
「悪くない……」
「ああ。大丈夫。悪くない。ただ魔法を使いすぎただけだ」
焦らすこと自体はあまり好きではない。
だから申し訳ないとは思っているが、本当に今は言えない。
今は。
「わかりました」
「わかったんだ?」
「スグサさんが、後々話してくれるのだろうということが。それなら、それを待ちます」
……。
寝息が聞こえる。眠ったようだ。
聞きたいことを聞いて、一人満足したか。
まあ、いいけど。
おやすみ。
―――――……



