魔術師は死んでいた。  【コミカライズ12/26から】

 道中、二人の後ろをついて歩く。
 二人は何か話しているようだが、ちょっと歩くのに精一杯で理解までは難しい。
 なんか懐かしいな、聞こえてるのにわからないなんて。
 足が止まる。
 前が止まったから。


「じゃあ、後は頼んだ」
「はい。必要なものがあればご連絡ください」
「わかった。じゃあヒスイ、行くぞ」
「? はい」


 なぜか、ロタエさんは海の方に。
 カエ様と私は別方向に進む。
 二人が何お話をしたのかわからず、とりあえず、カエ様について行く。
 後ろを歩いていたつもりが、カエ様は自然と隣に並ぶ。
 そして何を思ったか、腕をとられた。


「……あの?」
「なんだ?」
「……なんでしょう?」


 まぎれもなくがっしりと左腕の二の腕を捕まれています。
 少し見上げた先にある美麗なお顔は至って真剣で、ふざけているわけではないのが一目でわかる。
 だからこそ、聞き返されて困った。
 私、何かしたかな。
 考えて、歩いて、考えて、歩いて、考えるが、わからない。
 あゆみは止めない物の、わからな過ぎて言葉が出てこない。
 それを察したのか、ぽつりと呟いた。


「離しはしないぞ」
「……なぜ?」
「倒れないようにだ」


 え……?


「……まさか、気付いてないのか?」


 えぇ?
 双方びっくりして、ついに足が止まった。
 いつの間にか賑わう町中に入ってきて、邪魔そうに見られながらも足は棒。
 捕まれた腕はそのままに、反対の手で頭を抱えた。
 下向いて、上向いて、首を捻って。一人逡巡している。
 私以外の目は怪しいものを見る目になっている。
 手が離れて、その顔は呆れ顔。


「……いや、いい。一先ず行こう」


 何があったのか。
 聞く暇もなく、足をっすめるカエ様に連れられる私。
 この道のりに心覚えがあったため、とりあえず何も言わずについて行く。
 寄り道もなくついたそこは、前日から泊っている宿だった。
 受付を通し、カギを受け取って部屋に入る。
 カエ様は躊躇いもせず私とロタエさんが使っている部屋に入った。


「どっち使ってた?」
「えと、手前を」
「よし」


 連れられるまま、手前のベッドの足の方に座らされる。
 カエ様が目の前に片膝を立てて座り、いつもは見上げる顔が、見下げる形でより近くにある。
 跪かれ、金髪の隙間から見える黄緑色の上目遣いの瞳に、自分が写っているのがわかる。
 手を伸ばされる。
 伸ばされた手は、私の頬に触れた。
 剣を使っているからか、掌はマメができているようで少し硬い。
 努力の証。男の人らしい掌が頬を包み、長い指が耳まで届いている。
 全体的にひんやりしていて、気持ちよくて、目を閉じた。
 あ、なんか目頭が熱い。


「……っ」


 ぴくり、と手が震えた。
 それでも一度閉じた瞼同士は離れがたいようで、私の頬と一緒だった。
 ぼーっとする。
 眠い。寝てしまいそう。
 体が傾くようだ。
 鼻がツンと痛い。


「……すまんな」


 思ったよりも近くから、いつもより低い声が聞こえた。
 何に謝ったのかわからず、聞く暇もないまま、確かな浮遊感を感じた。


「……え」


 背中と膝の下と体の側面に温かさを感じる。
 視線の先はカエ様の胸元。
 温かさに身を預けたい気持ちと、どういう状況なのかという疑問が入り混じる。
 振動を何回か感じ、止まってから浮遊感。
 背中に柔らかさを感じ、天井が見える。
 ベッドに寝かされたのはわかった。
 無地の天井が歪む。気持ち悪い。
 逃げるように目を閉じると、瞼の裏も歪んでいた。
 瞼同士は離れたくないようで動いてくれない。


「触るぞ」


 額がひんやりとする。一転して気持ちよく、いつの間にか力の入っていた眉間が緩む。
 数秒、そのままでいてくれて、落ち着いた。


「かえさま……?」
「そのまま寝てていい」
「はい……」


 声にも力が入らず、わずかに掠れていた。
 布のこすれる音。
 歩く音。
 水の流れる音が聞こえ、止まった。
 また歩く音。
 近くにいる。
 すぐ隣。
 前髪を避けられ、ひんやりとした手が額に掠る。
 すぐにまた別の触感をしたひんやりとする何かが肌に触れた。
 たぶん、タオル。


「ふあーーー」


 クスっと笑った声がした。


「寒くないか?」
「少し、寒いです」


 また布が擦れる音がして、私の体全体に何かが乗せられた。
 触れた布はひんやりしていたけど、自分が温かいのか、すぐに気にならなくなった。


「ここにいる。眠ければ寝ていいからな」


 返事をしたつもりが、声が出なかった。
 口は空いたかな。
 それが見えていれば、無視したつもりはないことは伝わるかな。
 すぐ隣に人の気配を感じる。
 一向に離れようとしない上瞼と下瞼に呆れる。
 全身が脱力して、受け止めてくれるベッドに安心感を抱き、頭の中では浮かんでいる感覚を持つ。
 中からか、外からか。
 優しい声で「おやすみ」と聞こえた。