「失礼するよ」
姿を見せたその人は初見のはず。
なのに、高貴な雰囲気を醸し出していて、ソファーから立たざるを得なかった。
その反応は間違いではなかったようで、ロタエさんも殿下も姿を見た瞬間、よりも前の、声がした瞬間には立ち上がり、姿勢を整えていた。
「おや、来客中だったんだね。申し訳ない」
「いえ、問題ありません、兄上」
この部屋で一番偉かった人が、敬った言葉を使う。
それもそのはずで、殿下のお兄さんだという。
王族であればもちろん、長男というのは次期国王陛下なのだから、まあそういうことだろう。
姿勢を正すという反射的行動は外れではなかったようだ。
というか、そうさせるだけの雰囲気を持ったこの兄殿下。
すごいな。
殿下は金髪、シオンが銀髪だが、兄は群青色だった。
深みのある青は、年上ということもあって落ち着き払っている人柄によく似合う。
「お早いお戻りですね。書面では今週末とのことでしたが、何かありましたか?」
「いや。なにも。ただ末まで待つのが面倒だったから、向こうのことは下に任せて、さっさと来ただけだよ。ゆっくりしたいから来週の予定はずらしてもらうつもりだよ」
口調は至って柔らかく、表情は……仮面を張り付けたように、失礼ながら胡散臭い。
そう思った瞬間、知ってか知らずか、兄殿下と視線が合った。
視線を合わせることとか、むしろ伏せてないことが無礼だと言われたらどうしよう、とか。
一瞬で嫌な考えが巡って、嫌な汗が背中を伝う。
とりあえず、頭を伏せて、嫌なモノから目を逸らす。
「君の顔は見たことがないけれど、コウの部屋にいるということは……」
「兄上、この者は」
「君が噂に聞く『お人形』だね」
久々に呼ばれたその刹那、呼吸の仕方を忘れた。
心臓が大きく跳ね、空気を取り入れるのを体が拒否した感覚。
心臓と呼吸のリズムがずれ、息が上手く入らない。
指先が冷え、頭の中が冷え、目の前に見える自分の足元が、二次元的に見える。
「研究員から報告書を貰ってね、興味深く読ませてもらったよ。その体は死体ということだが、普通の人間として活動できるとは面白い」
「兄上、ヒスイは」
―― 弟子、聞くな。
「『ヒスイ』というのは個体名か? まあ事情を知らぬものに番号呼びするよりは自然だろう。このような兵器が普段から身近にいるとすれば怖がる方々も出るだろうし、いい判断だね。そうだ。意思疎通ができる兵器ならば護衛も任せてみようか。死体ならば怪我をしても替えが聞くのではないか? 他の死体の肉体を使うとか」
「兄上!!」
殿下の大声に、体が震える。
今、私は何を言われていた……?
ヒスイ、と私を呼ぶ声がいくつか聞こえた。
兄殿下は、私について語っていた。
死体?
死体とは私のことか。
私のことだ。
私しかいない。
私の体は死体だ。
私は死体だ。
わ た しは し んでい る。
―――――……
「……顔も青白い。まるで雪のようだ」
「この者のことは私に一任されています。ご提案は有難いですが、決定権は私にありますことをご承知おきください」
一番遠い席にいた王子サマが兄に向かって進み、私様との間に立つ。
兄からの視線は遮られ、王子サマのマントが視界で揺れる。
「そうそう、お前の物になったのだったな。だが使えそうな時は貸してくれよ」
「この者には私からの依頼を遂行中ですので、しばらくは難しいかと」
「そう言わずに。機会なんていつでも作れるさ」
怒気を一応隠しているようだが隠しきれていない王子サマの言葉を、兄は飄々と受け流す。
こういう奴は、信用できない。
「まあ、今日はお邪魔しちゃったみたいだし、退散するよ。また今度ね、コウ」
「今度は私からご挨拶に伺います」
「来るな、ってことかな? それは気分次第」
嫌味も軽くいなして、静かに扉を閉めた。
微かに聞こえる足音が完全に聞こえなくなってから、王子サマは目に見えて肩の力を抜く。
「すまん、ヒスイ」
「弟子は下がらせましたよ」
「うわっ」
ガバッと面をあげれば悲鳴を上げられた。
失礼な。
そんな大きく引かれたらさすがの私様でも傷つくんだが?
兄がいなくなったからなのか、今の王子サマの反応を見てなのか、女魔術師も息を吐いてるし。
「あ、ああ、スグサ殿か……?」
「そうですよー。弟子はやばそうだったんで下がらせました」
こういうところはこの体の利点だな。
身体を仰け反らせていた王子サマはほっといて、ソファーに座り直して紅茶を飲み干す。
弟子の体の反応はそのまま引き継がれている。
だから背中が汗でびっしょりなのも、喉がカラカラに乾いているのも、私様にはバレバレ。
脱水にならないようにしっかり水分摂取。大事。
まあ、この二人も気付いているだろうけど。
二人もそれぞれ座って、同じように紅茶を飲んでいる。
「今の人はオニイサマですか」
「そう。この国の第一王子。カト・ゼ・フローレンタムだ」
聞くところによると、先程はぐらかしていた『身内ごと』というのは、兄が帰国するということだったらしい。
兄はレルギオにいわゆる公務に出ていたのだと。
詳細は伏せられている。
兄弟と言えど、王族と言えど、話すことができないこともあるのは当然のこと。
姿を見せたその人は初見のはず。
なのに、高貴な雰囲気を醸し出していて、ソファーから立たざるを得なかった。
その反応は間違いではなかったようで、ロタエさんも殿下も姿を見た瞬間、よりも前の、声がした瞬間には立ち上がり、姿勢を整えていた。
「おや、来客中だったんだね。申し訳ない」
「いえ、問題ありません、兄上」
この部屋で一番偉かった人が、敬った言葉を使う。
それもそのはずで、殿下のお兄さんだという。
王族であればもちろん、長男というのは次期国王陛下なのだから、まあそういうことだろう。
姿勢を正すという反射的行動は外れではなかったようだ。
というか、そうさせるだけの雰囲気を持ったこの兄殿下。
すごいな。
殿下は金髪、シオンが銀髪だが、兄は群青色だった。
深みのある青は、年上ということもあって落ち着き払っている人柄によく似合う。
「お早いお戻りですね。書面では今週末とのことでしたが、何かありましたか?」
「いや。なにも。ただ末まで待つのが面倒だったから、向こうのことは下に任せて、さっさと来ただけだよ。ゆっくりしたいから来週の予定はずらしてもらうつもりだよ」
口調は至って柔らかく、表情は……仮面を張り付けたように、失礼ながら胡散臭い。
そう思った瞬間、知ってか知らずか、兄殿下と視線が合った。
視線を合わせることとか、むしろ伏せてないことが無礼だと言われたらどうしよう、とか。
一瞬で嫌な考えが巡って、嫌な汗が背中を伝う。
とりあえず、頭を伏せて、嫌なモノから目を逸らす。
「君の顔は見たことがないけれど、コウの部屋にいるということは……」
「兄上、この者は」
「君が噂に聞く『お人形』だね」
久々に呼ばれたその刹那、呼吸の仕方を忘れた。
心臓が大きく跳ね、空気を取り入れるのを体が拒否した感覚。
心臓と呼吸のリズムがずれ、息が上手く入らない。
指先が冷え、頭の中が冷え、目の前に見える自分の足元が、二次元的に見える。
「研究員から報告書を貰ってね、興味深く読ませてもらったよ。その体は死体ということだが、普通の人間として活動できるとは面白い」
「兄上、ヒスイは」
―― 弟子、聞くな。
「『ヒスイ』というのは個体名か? まあ事情を知らぬものに番号呼びするよりは自然だろう。このような兵器が普段から身近にいるとすれば怖がる方々も出るだろうし、いい判断だね。そうだ。意思疎通ができる兵器ならば護衛も任せてみようか。死体ならば怪我をしても替えが聞くのではないか? 他の死体の肉体を使うとか」
「兄上!!」
殿下の大声に、体が震える。
今、私は何を言われていた……?
ヒスイ、と私を呼ぶ声がいくつか聞こえた。
兄殿下は、私について語っていた。
死体?
死体とは私のことか。
私のことだ。
私しかいない。
私の体は死体だ。
私は死体だ。
わ た しは し んでい る。
―――――……
「……顔も青白い。まるで雪のようだ」
「この者のことは私に一任されています。ご提案は有難いですが、決定権は私にありますことをご承知おきください」
一番遠い席にいた王子サマが兄に向かって進み、私様との間に立つ。
兄からの視線は遮られ、王子サマのマントが視界で揺れる。
「そうそう、お前の物になったのだったな。だが使えそうな時は貸してくれよ」
「この者には私からの依頼を遂行中ですので、しばらくは難しいかと」
「そう言わずに。機会なんていつでも作れるさ」
怒気を一応隠しているようだが隠しきれていない王子サマの言葉を、兄は飄々と受け流す。
こういう奴は、信用できない。
「まあ、今日はお邪魔しちゃったみたいだし、退散するよ。また今度ね、コウ」
「今度は私からご挨拶に伺います」
「来るな、ってことかな? それは気分次第」
嫌味も軽くいなして、静かに扉を閉めた。
微かに聞こえる足音が完全に聞こえなくなってから、王子サマは目に見えて肩の力を抜く。
「すまん、ヒスイ」
「弟子は下がらせましたよ」
「うわっ」
ガバッと面をあげれば悲鳴を上げられた。
失礼な。
そんな大きく引かれたらさすがの私様でも傷つくんだが?
兄がいなくなったからなのか、今の王子サマの反応を見てなのか、女魔術師も息を吐いてるし。
「あ、ああ、スグサ殿か……?」
「そうですよー。弟子はやばそうだったんで下がらせました」
こういうところはこの体の利点だな。
身体を仰け反らせていた王子サマはほっといて、ソファーに座り直して紅茶を飲み干す。
弟子の体の反応はそのまま引き継がれている。
だから背中が汗でびっしょりなのも、喉がカラカラに乾いているのも、私様にはバレバレ。
脱水にならないようにしっかり水分摂取。大事。
まあ、この二人も気付いているだろうけど。
二人もそれぞれ座って、同じように紅茶を飲んでいる。
「今の人はオニイサマですか」
「そう。この国の第一王子。カト・ゼ・フローレンタムだ」
聞くところによると、先程はぐらかしていた『身内ごと』というのは、兄が帰国するということだったらしい。
兄はレルギオにいわゆる公務に出ていたのだと。
詳細は伏せられている。
兄弟と言えど、王族と言えど、話すことができないこともあるのは当然のこと。



