* * *

「っ……。」
 意識が朦朧とする中で、私は目を開けた。ふかふかな布団が暖かい。窓から日が射して少し眩しい。保健室……?
 私は、ゆっくりと体を起こした。まだ頭が痛くてクラクラする。窓に反射した自分の目は腫れている。
「……久しぶりに昔の夢見たな。」
 私は片手で顔を覆う。何してたんだっけ。……そうか、私調理員室で倒れて……。え、じゃあ誰が保健室に?!
 バッと顔を上げたと同時に、カーテンが開いた。
「前、原……。」
「絢乃、起きた?」
 放心状態で見上げると、そこには優しく微笑む前原がいた。手に持っていた水を私に渡して近くの椅子に座った。
 ・・・しかし、なぜ体操服を着ているんだ?
「ありがとう……。」
「ん。」
 静かに、私は渡された水を見つめていた。……きっと、前原は何も聞いてこないんだろう。なぜああなったのか、なぜ過呼吸になったのかも全て。でも、それによって胸が痛んだ。
「前原が連れてきてくれたの?」
「うん、そうだよ。」
「……ほぼ、記憶ないんだけどさ。……私何か言ってた?」
「……俺の服に吐いた。」
「えっ?!!!だから体操服なの?!ごめん……!!」
 咄嗟に前原に向き直って謝った。
「っはは、別いいよ。吐け、って言ったの俺だし。綺麗に俺の服に収まって片付けが少なかったよ。」
 笑って誤魔化す前原に申し訳なさが勝つ。
「……それよりさ、ん獲てる時結構うなされてたけど大丈夫?」
「あぁ……。」
 喉が震えた。やっぱりうなされてたんだ……。まぁ、あんな悪夢を見てうなされない方がおかしいけど。
「大丈夫!ちょっと怖い夢見てさ。そんなことより文化祭どうなった?もう夕方だけど……」
「今片付け中。」
「そっか。……何も仕事できてないし、手伝いに行かなきゃだね。」
 そう言ってベットから出た。何も言わない前原の視線が、背中に刺さっているのがわかる。
「……無理すんなよ。」
「っ……。……ありがとう、前原。」
 今度こそ、前原の顔を見れなかった。



「ただいま〜。」
 玄関の電気を付けて、靴を脱ぐ。
「おか〜。」
「だから、下着で移動すんなって……。……っ。」
 姉ちゃんは、俺のことを気にする様子もなくリビングに入っていった。
 ……あの時、特に何も言ってないって言ったけど、

【「絢乃、大丈夫か?吐くなら俺の制服に吐いて。掃除面倒だから。」
  絢乃をおぶって急いで保健室に向かっている途中、一言も喋らなかった絢乃が口を開いた。
 「千聖……。」】

 なんであの状況で成瀬が出てくるんだ?普通によくわからなかった。 
 疑問の浮かぶ頭でぼーっと突っ立っているとあることに気がついた。
「あれ、母さんと父さんは?」
 2人の靴がなかった。
「2人、今日外食行ったよ〜。仲良いよね。」
「そうなんだ。」
 俺は、リビングのソファに座る姉ちゃんをじっと見つめた。
「何。」
「……今日さ、ちょっとトラブルがあったんだけど……。」
 絞り出すように声に出した。姉ちゃんなら何かわかるかもしれないから。
「トラブル?今日文化祭なんだから、トラブルも付き物じゃない〜?」
 気に求めてない姉ちゃんに、俺ははっきりと告げた。
「絢乃が倒れて。」
「っ……。」
 案の定、スマホをスクロールする手が止まった。やっぱり、姉ちゃんは絢乃のことを勘づいてる。……姉弟なのに、こんなに察する能力が違うのはなんなんだろう。
 どの道、俺にはどう考えたってこの思考回路じゃ到底正解にたどりつけない。ならば……。
 俺は、振り向いた姉ちゃんに助けを求めた。
「……話してみな。その変わり、期待はしないでよ。」
 その言葉に、パッと気持ちが軽くなる。さすが、俺の姉ちゃん。俺は、姉ちゃんの隣に座って、今日の記憶を思い出した。
「なるほどねー……。」
「あんな状態で、大丈夫な訳ないしさ。でも、姉ちゃんから言われたから、無理に詰め寄ることもできなくて。……あってたのかな。」
 あの時の俺の行動で、絢乃の未来が左右されるなんて信じたくない。あの時、もっと歩み寄ればよかったのかと考えてしまう。
「それは、絢乃ちゃんが決めることじゃない?一先ず、絢乃ちゃんのそばで見守ってやれたんならそんな気に病むことは無いと思うけど。」
「でも、絢乃さ。保健室に運ぶ時、意味わかんないこと言ってたんだよ。意識が朦朧のしてたっぽいから、気の所為かもしれないけどさぁ」
「なんて言ったの?」
「……。最近、絢乃と仲のいい女子がいるんだよ。なんかこう、可愛げのあってモテそうなやつ。そいつの名前、呼んでたんだよ。」
「っ……。」
 俺は、頬杖を着いて考え込んだ。なんであそこで成瀬が出てくるのだろうか。……え、俺より成瀬に介護されたかったとか?そうだとしたら結構病むんだけど……。
「ん、姉ちゃん?」
 急に無口になった姉ちゃんに違和感を感じた。呼びかけても、顔を覗いても、長い髪が邪魔でよく見えない。
「この話は終わり。これ以上気の落ちる話しないでー。」
「は、なんだよいきなり!」
 投げ出した姉ちゃんは、リビングを出ていった。
 なんなんだよ一体。黙ったと思えば、急に話ぶった斬ってきて。結局、何も助言貰えなかったし……。
 はぁー、と無気力に天井を見上げた。
「……あ。もうこの時間か。」
 時計を見るや否や、ヒョイっと体を起こして、玄関へ向かった。
 時計が刺してた時刻は午後11時頃。俺は、最近の日課をしに、家を出た。



 薄暗い階段をのぼり、【果穂】と書かれた部屋に入る。そのまま鍵を締め、扉に持たれるように力なく座り込んだ。
「絢乃ちゃん……。」
 スマホを握る手が強くなる。私の嫌な予感は的中していた。それがわかったと同時に、このままではまずいことも理解した。
 絢乃ちゃんに逃げ道があるとは思えない。逃げ道を自ら作れるとも思えない。だとすれば、このまま何もせず壊れてしまう可能性が高い。
 ……巡らさた思考に指先が震えた。
「……絢乃ちゃんを救うんだもの。躊躇いなんてしちゃダメよね………。」
 逃げ場は作るのが難しい。ありのままの自分を受け入れてくれる環境を探して、吐き出せる信頼関係を築く必要もある。
 どっちに転がったとしても、美味いきっかけは作れるかな。
 私は静かにスマホを操作して、LINEを開いた。