私を殺めた16歳


「そろそろ文化祭の実行委員を決めるぞ〜」
 少し怠げな担任が学級委員に任せて文化祭の実行委員を決め出した。もうそんな時期なんだなぁと、涼しい風に当たりながら外を見る。文化祭はきっと千聖と周るだろうな。不満はないけど……、また莉紗に途中で取られるんだろうな。
 高校に入学してから6ヶ月。倉上絢乃の学校生活は順調。莉紗とも前原とも絶妙な距離で保てている。でも、最近心無しかおかしいんだ。
 千聖へ向ける友情が、本物なのか。次第に……、一ノ瀬 絢乃が出てきてしまってるんじゃないか。時々不安になる。どれが世の中の普通で、どれが私の普通なのかも……わからなくなってきた。
 それでも、倉上 絢としてここまで来れたのはあの夜のひとときがあるからだ。あそこでは一ノ瀬 絢乃が生きていける。仲間がいたら素直に納得できるのかなぁ。素直に受け入れられるのかなぁ。
 千聖のことが……、同姓が好きかもしれない。普通を願えば願うほど、普通からかけ離れていってしまう自分に肩を埋めた。
「決まらないんならくじ引きで決めるよ〜?」
「えー!!やだよ!」
 実行委員か……。めんどくさそう。……だからこそ、こうやってウジウジ悩む暇もなくなるかな。
 それならば……
「「はい。」」
 ざわつく教室にふたつの声が重なった。
「え、いいの2人とも!!じゃあ2人で決定ね〜。」
 黒板に2人の名前をルンルンでかく学級委員。クラスの雰囲気も打ち解けた。……しかし、私たちはお互いに相方の方を見て固まっていた。
「じゃあ、決まった2人は放課後から仕事があるから、多目的に行くんだぞ、忘れずにな〜。」
 黒板に書かれた隣並ぶ名前を見て嫌な予感がした。

【倉上 絢乃】
【川口 龍生】

 呼び止めに行く勇気なんてなかった。だって、倉上 絢乃には関係のないことだもの。
 どっちも自分には変わりないのに、勝手に倉上 絢乃は敵なんだと思ってしまった。



「絢ちゃん、今日から実行委員だっけ?」
「うん、だからいっとき一緒に帰れないかも。ごめんね。」
「いいよ、頑張ってね!」
 そういって千聖は教室から出ていった。多目的……向かわなきゃな。
 まだざわつく教室で荷物をまとめ、颯爽と飛び出そうとした。
「絢乃っ……。」
 けど、飛び出せなかった。教室から出る瞬間、前原に呼び止められた。きっと、心配してるんだろうな。前原に背中を向けたまま、私はその場に立ち止まる。
「……なんかあったら言えよ。その……、偶然なんだろうけど、一応念のため」
「うん、ありがとう。でも大丈夫だよ。川口くんは友達なんだから。」
 最後の最後、笑顔を作って振り向いた。心配しないで。倉上 絢乃がうまいことしてくれるから。



「絢ー!ガムテープどこにある?!」
「最悪、インク切れた〜」
「えっと、さっきの袋に何個か入ってるよ。インクもあると思う!」
「「ナイス実行委員〜」」
 川口くんと実行委員になって1ヶ月。身構えていたほど、特にトラブルがあった訳でもなく文化祭当日を過ごしていた。
 出し物の最終チェックも終えてひと段落。川口くんは、別に悪い人じゃなかった。本当に友達のような、クラスメイトかのようなあ距離感で接してくれた。何より、体育祭の時の話を掘り起こさなかったから嬉しかった。
「絢ちゃ〜ん、文化祭一緒回ろ!」
 そうぴょんぴょん跳ねながら満面の笑みで向かってくる千聖。可愛い〜!!抱きしめたくなったけど、やめておこう。千聖から誘ってくれるなんて嬉しいな。……でも、残念なことに……。
 私はことの事情を説明した。
「えぇ〜?!!!実行委員って付きっきりでクラスいなきゃいけないの〜?!」
「だそうです……。ごめんね、千聖。」
 しょんぼりした千聖の頭を撫でる。
 実行委員はクラスのトラブルに対応しないといけないから、回れないんだ。1人いればいいんだけど、材料の調達とか頼まれたら1人ではきつい。川口くんはいいかもだけど、私ひとりで持てるとは思えないし。なら、2人で対応しようという話になったんだ。
 時刻は周り、文化祭は始まった。
「莉紗〜!オーダー受けにいってくれない?そのまま、バッシングもお願いしたいかも!!」
「ごめん、今手が離せないから千聖に頼んでもいい〜?!」
「はーい!!」
 クラスの出し物はカフェ。飲み物とスイーツ系しか出せないけれど、前原たちがうまいこと宣伝してくれたっぽくて、かなり繁盛した。私はひたすら厨房。積極はめんどくさいから莉紗とか元気な人たちに任せてる。
「絢乃〜。もう飲み物とか吐きそうだから、倉庫に調達しにいってほしい!」
「もうそんなに?わかった、いいよ!」
 川口くんに声をかけてついてきてもらわなきゃ。流石にジュースを1人でたくさん持って行くのは往復が必要になってくるし。
「前原たち、交代がきたらそろそろ上がっていいよ〜。ありがとうね。」
 教室に一声かけて廊下に出る。
「りょーかい。そっちも無理しすぎるなよ〜。」
「お昼ご飯買ってきてあげるからね、絢ちゃん!」
「うん、ありがとう!」
 そういってその場を離れた。



 倉庫といっても、冷蔵庫があるのは調理員室。実行委員や関係者以外立ち入り禁止だからここ一体は静かだった。
「川口くん、ありがとうね。」
「別に、俺も同じ実行委員なんだから当たり前っしょ。」
 廊下の窓から下を覗くと、かなり盛り上がっていた。晴れてよかったなぁ。回れないのは残念だったけど、どうせ千聖は莉紗たちと回るだろうし。
「もう、今日で実行委員も終わりだね〜。結構大変だったから少し嬉しいかも。」
「そうだな。」
「なんで川口くんは実行委員になったの?」
 突き当たりの廊下を曲がって、調理員室のドアを開ける。ここは昼間日が当たらないから薄暗い。調理員室、私苦手なんだよなぁ。薄暗いってだけで少し不衛生に思えてきちゃう。
 1年3組と書かれた小さい冷蔵庫からジュースを2、3本出す。そういえば、ホットケーキミックスもあと少しだったきが……。冷蔵庫とは別の場所に置いてあるホットケーキミックスを取りに行った。
「……─────腹正しくて。」
 背中を押され、バランスを崩したのがわかった。



「前原は〜、倉上と回らなくてよかったのかよ〜?」
 茶化すようにニヤつく鈴木たちにチョップを入れた。
「絢乃はどのみち委員なんだから回れねぇの。」
「いって〜よ!!」
「委員じゃなかったら回りたかったんだ?」
 厨房の裏で休憩する俺たちは、いつの間にか恋バナになっていた。
「うっせえよ。どのみち向こうは成瀬と回るだろ。」
「諦めちゃって〜。アタックしないことには何も起きませんよ〜?幼なじみのままでいいのか?!」
「は、やだよ!!……あ。」
 咄嗟に出た言葉に、さらに鈴木たちが食らいついた。くそ、めんどくせぇ……。
 ……ずっと考えないふりをしていたけれど。とっくの昔から、俺はきっと絢乃のことが好きなんだ。アタックしたいに決まってる。姉ちゃんから見透かされた時は咄嗟に否定しちゃったけど、俺は絢乃のことが好きだ。できるだけ一緒にいたい。幼なじみで嬉しい。花火大会の時だって、わざと鈴木たちに着いて行かなかった。無意識にそう動いてしまうんだから、否定する材料なんてないだろう。
「やっぱ、男女の友情はそうそう続かないよな。どうせ恋愛感情になるんだから。」
「そうだなぁ……。」
 俺は諦めて、絢乃が好きだと鈴木たちに打ち明けた。できるのなら付き合いたい。アタックだってしたい。でも……今の絢乃に必要なのはそうじゃないと思うんだ。
 少なからずとも、今は環境に慣れて行くのに必死な気がする。でも、姉ちゃんの言う通り無理に事情を聞くのも違う。だから、それを陰で支えてやりたいんだ。
 付き合いたい、と支えたい、は違う気がする。
「……寄り添うってなんなのかな。」
 俺は、別に辛かった過去はないから、絢乃にどんなことがあって、どんな思い出今を過ごしているかを想像できる材料がない。……どうやったら、絢乃の支えになれるんだろう。
「は、急にどうした?真面目なこと言って。」
 鈴木たちがケラケラと笑っている。真面目な話なんだけどな。でも、今話題に出した俺も悪いか。
「いや、別に。そろそろ表戻るぞ〜。」
「へいへ〜い。」
 そう言って表に出ようとした時、違和感を感じた。なんだか外が騒がしい。何かトラブルが起きたんだろうか。
「なんか、外うるさくね?」
 面白がってゾロゾロと表へ出て行くみんな。俺もそれに続いて外に出た。
 ─────その時。
「前原呼んで!!」
「え、何。」
 莉紗の大きな声が聞こえ、咄嗟に教室の外へ出た。廊下の奥から、莉紗の走ってくる姿が見える。
 ……何かおかしい。息が荒れて、どこか焦っている様子だった。
「っは、はぁはぁ……。」
「ちょ、どうした?大丈夫か?」
 俺の前までくると、ひとまず息を落ち着かせていた。どれだけ走ってきたんだよ。……でも、走ったくらいでこの息の荒れ具合になるのか?他に理由が……。
 明らかに様子のおかしい莉紗に手を伸ばそうとした時、莉紗が勢いよく顔を上げた。
「絢乃が……!!!」
「っ……。」
 その一言だけで俺の息は荒れた。そう言うことだったのか。絢乃……、絢乃に何か……!!
「こっち!!」
 そう言って、伸ばしかけた俺の腕を引っ張って全速力で駆け出してくれた。
 まさかとは思うけれど……、川口じゃないよな……、?
 走っている間、気が気でなかったのを覚えている。



 バランスが崩れて、他クラスの装飾品の上で尻餅をついてしまう。申し訳ない、と思える雰囲気ではなかった。
「え……?」
 今、川口くんが押したよね……?
「腹正しいんだよ。お前のせいで俺の高校生活は最悪だ。体育祭で振りやがって。大恥かいたじゃねぇか、どうしてくれるんだよ!!」
 そう言って、川口くんが私の腕を乱暴に掴む。
「断られたことねぇんだよ。なのになんでお前みたいなやつから振られるわけ?あの日から、俺はみんなのおもちゃだ。ずっといじられるこっちの身にもなれよ!!」
「離して……痛い……。」
 気力なく、首を振った。腕が痛い。息が荒れる。お腹が苦しい。心臓が痛い。鈍器で殴られたみたいに頭が痛い。クラクラする。視界がぐらつく。あの時と一緒だ。前原に離婚を打ち明けた時と……
「お友達からならいいんだろ?じゃあ付き合えよ。もう俺ら友達だろ?」
「……。」
「おい、なんとか言えよ!!!」
 息ができない。
「っは、っは、っはっは……。」
「ちょ……、な、なんだよ……。」
 私の異変に怖気付いた川口くんは私の腕を離した。その瞬間、胸を抱えその場に倒れ込む。
 苦しい。足が震える。手元がおぼつかない。前が見えない。掴まれていた腕が、溶けて行くように感じた。そんなわけないのに。汚れたような気がして。あぁ、そんなこと思ったら川口くんに失礼か。……本当に溶けてしまえばいいのに。

【「もう嫌なの、離してよ、こっちに来るな─────……ッ!!!!」】

 気づけば、過呼吸になっていた。
「嫌だ、やだやだやだやだ……!!離して、離れろ、こっちに来るな……私の前から消えてしまえ……!!!!!」
「絢乃……!!!」
 調理員室の扉が大きな物音を立てて開かれる。その振動のせいでまた脳が揺れた。気持ち悪い吐きそう。誰かなんて見てる暇なかった。
「絢乃、大丈夫か?!!」
 あぁ……この声は前原?明らかに顔色も衝動も異常な私を抱え込む前原。
 なんでこんなところに前原がいるの。
「大丈夫か?……吐きそうか?」
 口元を抑えた私を見兼ねて、そう言う前原。急いで私をおぶってくれた。
「俺は何もしてねぇ……。何も……、ただ、こいつが勝手に……。」
 おぶって保健室に連れて行ってもらう後ろで、そんな声が聞こえた気がした。
 

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