私を殺めた16歳


 桜はとうに散って、青々しい緑が広がる夏。私は家にて悩んでいる。
「やっぱり、私服の方が無難かな……。」
 悩んでいる私の横には、【8月27日 花火大会】と書かれたカレンダーがぶら下がっている。
 夏休み、最後の行事と言っても過言では無い花火大会。そう、私は花火大会に着ていく服を悩んでいる。浴衣も一応、用意している。ただ、いざとなると手を出す勇気が出ない。
 張り切りすぎって思われるかな。でも、逆に相手が浴衣を着てたら……。絶対後悔する……!!
 浴衣と私服を見比べながら葛藤する私。
 そもそも、一緒に行く相手は誰なのか。それが一番大切なんだけど……

【FROM─ちさと:TO─あやの
  あやちゃん、準備進んでる〜?私、服が決まらないよ〜泣】

「あっ、千聖!」
 相手はこの通り千聖だ。女の子だからこそ気を使う……。
 私たちはあれから、随分の仲になった。お互い気の合う性格だし、よく2人で遊びに行くようにもなって。だから今回も多分2人。
 千聖といると、少し気が楽。莉紗とか前原みたいに気を張らなくても済むし、合わせる必要もない。なにより、小動物みたいで可愛い。
 今になっちゃ、親友というより妹のようにも思えてくる。

【FROM─あやの:TO─ちさと
  私も服決まらない〜泣。ねぇ、浴衣着ていく?】

 わざわざ確認しちゃうのは少しかっこ悪いけど、失敗した方が嫌だから聞いちゃう!
 すると、メッセージを送信した瞬間に既読が着いた。
 
【───せっかくだし、着ていこうよ!!あやちゃんの浴衣楽しみ♪】

「返信早……。楽しみなのかな。」
 さすがの健気さに少し口元が緩む。浴衣か……。なら、着付け頑張らないとな。せっかくの浴衣だし。
 そう思いながら、出していた私服をクローゼットへしまう。

【そうだね、私も楽しみだよ!じゃあ、16時ね。】

 そう返信してスマホを閉じた。



「いってきます。」
 時刻はちょうど6時を回った頃。待ち合わせは6時半で、さほど待ち合わせまで距離もない。それでも、早めに家を出たのには理由がある。
 私は、玄関を出ると待ち合わせ場所とは反対の方向に振り向いて歩き始めた。
 私の高校初の夏休みは至って平穏だった。
 部活には入ってないし、ほぼ家で過ごす。たまに買い出しに出かけた時に前原や、クラスメイトに会うくらい。そして、時々千聖から遊びの誘いを得て外出する。そんな暇そうな夏休みが退屈に感じなかったのは、私の唯一の居場所にずっと通っていたからだ。
 ほぼ家で過ごす日々が増えたって、その日の夕方くらいには外へ足を踏み入れてた。
 今日も私はそこへ向かう。あの日から、これが私の一日を締めくくる日課になった。
 徒歩5分もしない先にあるのは、草の茂った公園。そんな草むらが広がっているにもかかわらず、誰かが踏み入ったことでできた道はとある砂場へ繋がっていた。
「あっ、返事来てる。」
 少し早い時間だけれど返事が来ていた。嬉しさに顔が綻ぶ。
 ……一樹くんと砂場で会話を交わしてから約3ヶ月がたった。あれから私達は1日も欠かさず連絡を取りあっている。とは言っても、そんな大した内容ではなくて。
 今日は何があった、とか。好きな物は何、とか。どういう性格なの、とか。男、女?とか。
 ……そして、時々"正解"を教えてもらう。
 彼には、そこまで細かいことを話していない。まぁ、顔も知らない奴に教えるのもそれはそれでおかしいし。
 でも、もし吐き出せる場所がここ以上に無いのなら吐き出すのもありだな、とは思ってる。
 彼は、一ノ瀬 絢乃以外知らない。逆に、一ノ瀬 絢乃を知っているのは彼だけだった。
 私は……、千聖にすら、一ノ瀬 絢乃を出せなかった。だからこそ、この空間が一生続いて欲しくて、唯一の私の逃げ場にさせて欲しい。

【7/26 夏祭り行くの】
──【いってらっしゃい、楽しんで〜!ちな、俺も!】

「もう事前に行くこと伝えてるしな。なんて書こう。」
 まぁ、こういう時はこれだよな。

【いってらっしゃい。同じ会場かな、会えたらびっくりだね、気づけるかな笑】

 向こうも花火大会行くのか。近所って言うことは会場も多分同じだろう。……会えなくていいけどね。気づけなくていいけどね。
 だって、きっと会った時にはこの関係は終わる。私の居場所は無くなるんだろう。
 顔も声も、本名も年齢も、何も知らないからこそ吐き出せる相手。なにより、倉上 絢乃を見られては困る。
 ……っさ、そろそろ待ち合わせ場所に向かわないとな。
「いってきます!」



 まだ日差しの強い6時半。私は待ち合わせ場所について千聖をまった。浴衣は思った以上に動きずらい。周りを見渡せば、浴衣を着ている人も少なくはなかった。おかげで恥ずかしさは感じなくて済むけど……。
 緊張するな。二人で遊ぶことなんか珍しいわけではないのに。
「あ、絢ちゃん〜!」
「千聖!!」
 扇子で仰いでいると、千聖の声がした。振り向くと、小走りでこちらに向かってくる千聖が見えた。
「千聖……。浴衣めちゃくちゃ可愛いじゃん!!」
「えへへ。この日のために買ったんだよ〜!」
 薄い桃色の生地に花柄の模様。幼なげな可愛い彼女にぴったりだった。
「この日のために?そんなに楽しみにしてくれたの」
「うん!」
 満面の笑みで頷く千聖。無意識に右手が千聖の頭を撫でた。千聖は、早く行こう!と私の手を引っ張って花火大会の会場にるんるんで足を運んだ。
 妹ができたらこんな感じなのだろうか。……二人で行けてよかった。



 会場に着くと、千聖は真っ先にりんご飴を買いに行った。下駄を履いてるのに、そんなにはしゃいだら転んじゃうよ、とか心配なところはあったけど。夏休みラストの行事ということもあって、かなりの規模だった。いろんな屋台を点々としては、お面を買ってみたり射的をしてみたり。その度に健気に笑う千聖の顔を見ては、来て良かったと思った。
「次はどこの屋台行ってみようか。」
「私、たこ焼き食べたいな〜」
「今綿飴食べてるでしょ、食べ終わったら行こう」
 人混みをできるだけ避けながら石垣の上を歩く。
「あれ、倉上と成瀬じゃね〜?!」
 後ろから声がした時、一瞬心臓が跳ね上がった。
「ん?あっ、鈴木たちだ!」
 後ろを振り返るや否や、千聖は鈴木たちの元へ走っていった。
「走ると危ないよ……!」
 私も後を追うしかなく、鈴木たちと合流した。友達を見つけたらそこに向かうのは当たり前だよね。ましてやこんな規模の大きいイベントで。ばったりあったらテンションが上がるに決まってる。千聖は何もおかしくない。なのに……。
 なのにどうして、胸がキューってなるんだろう。
 鈴木たちと話している千聖の肩に向かって両手を伸ばした。
「そっちは二人で来てんの?」
「てか、成瀬浴衣じゃん。いいね〜」
「うまく着付けできたん……」
「鈴木君たちも2人?偶然だね。」
「絢ちゃん?」
 千聖の肩を掴んで、引き離してしまった。後ろにもまだ何人か居て2人な訳ないのに、咄嗟に出た話題はそれしかなかった。明らかに不自然だ。
「な訳、前原たちもいるよ。莉紗とか、女子メンバーも。」
 そういうと、鈴木の後ろから女子たちが出てきた。
「千聖〜!!」
「莉紗ちゃん!」
「「久しぶり〜!」」
 きゃっきゃと盛り上がってるみんなを見て、胸がモヤモヤした。
「夏休み、全然遊んでくれなかったじゃん〜。何、絢乃が独り占めしてたの〜?!」
 そう言って千聖に抱きつく莉紗。千聖も別に嫌そうではない。……莉紗のこと、苦手だったんじゃないの?なのに、私に見せてくれた笑顔を莉紗にも見せちゃって。莉紗も莉紗だよ、千聖ときてたのは私なのに、千聖を取らないでよ。あれ……、何考えてるんだろう。
 気持ちが沈みかけて、慌てて顔を上げる。
「あっ、前原……。」
「よっ、絢乃。」
「前原も来てたんだね。鈴木たちと?」
「うん。そんな感じ。途中で莉紗とか女子メンバーと合流してこうなった。」
 日焼けした肌。部活頑張ってたのかな。Tシャツに半ズボン。明らかに夏って感じ。
「ねね、千聖。お化け屋敷行かない?!神社の方でやってたんだよ!」
「めっちゃいいじゃん、行こいこ!」
 そう言って私を置いて千聖を連れ出していく莉紗たち。
「え、でも絢ちゃん……」
「いいよ、いっておいで。私、お化け屋敷苦手なんだ」
 そう言って手を振った。……別に、お化け屋敷苦手でもないけど。莉紗たちがいるなら行かなくていいや。千聖、楽しそうだった。やっぱり私といるより莉紗たちといる方が楽しいのかな。まぁ、そうだよね。私面白いことできないし、莉紗みたいに明るくないし。……普通じゃないし。
 すると、肩を小突かれた。
「良かったの。絢乃、成瀬と来てたんだろ。」
「うん。怖いの無理だし。私が行ったら冷めちゃうよ。……って、鈴木たちは?」
 振り返ると、前原しかいなかった。
「消えた。」
「消えた?!」
 よく失踪するなぁ。そして、前原はよく置いていかれるなぁ。
「たこ焼き食おうぜ。俺、何も食べてないんだ」
「……しょうがないなぁ。前原の奢りね!」
「はぁ?!屋台の金額舐めるなよ!」
 とか言いながらも、前原は奢ってくれた。そこらへんに腰をかけてたこ焼きを頬張る。
「絢乃さぁ、なんか明るくなった?」
「へ?」
 急な問いかけにたこ焼きが落ちそうになる。
「そう?」
「なんか、成瀬といた時、楽しそうだった。」
「あぁ……。……だって相性合うもん。一緒にいて気楽だよ。」
「へ〜。俺は相性いい奴ほど疲れるけどなぁ。」
「それは鈴木たちが元気すぎるだけでしょ」
「そうなんだよ、どうにかしてくれ!!」
 あっはは、と吹き出しそうなほど笑った。久しぶりに前原と話したけど、変わってないや。はぁ、千聖と周れなくて残念だったな。でも、これはこれでいいのかも。
 ……あの時の気持ちは一体何だったんだろう。
「このまま花火でも見にいくか〜。なっ!」
「っ……。」
 よく鈴木たちに置いてかれてるとか思ってたけど、これも前原なりの気遣いだったんだろうか。
「……結局あんたと見なきゃならないのね〜。残念!」
「何が残念だよ、嬉しいの間違えだろ!!」
「っははは。冗談だよ。せっかくなら、見にいくか!」