あずさ、信じていればいつか王子様があずさを迎えに来てくれるからね。
だから、信じることが大切よ。
ママの言葉。小学生の時にお遊戯会でじゃんけんに負けて、お姫様になれなかった私に言ってくれた。
だから私は信じる。
いつか、私だってお姫様に。
そして王子様と幸せに。
****
「はーい、全員席つけー。チャイムなってんぞー」
先生の声は乾ききっていて、多分長い教師生活で言い疲れた言葉なんだろうなって想像がつく。
それでもいつもより聞き入りのいい生徒達に少しだけ驚いてる様子。
でもわざわざそれにはふれてこない。
どうして皆の聞き分けがいいのか、どうして先生がそれをスルーするのか、その理由は私の隣にある空席が知っている。
「転校生を紹介するぞ」
そう言ってドアの向こうに手招きをする先生。
入ってきた彼を見て、女子の目が輝いたのを感じた。
「初めまして。川尻つばさです。よろしくお願いします」
そんなAIでももう少しまともな挨拶が出来そうなテンプレ挨拶を終えた彼は
私の隣の席に来るまでの間、沢山の視線を浴びていた。
まるで短いランウェイみたい。
いつもより短時間で終わったホームルーム。
「こんにちは! 私、姫川あずさって言います!」
第一印象は七秒で決まるって誰かが言ってた。
だから飛び切りの笑顔で。
なのに。
「え、あぁはい」
質素な返事。
そしてすぐに私とつばさ君の間には人の壁が出来てしまって、彼の事は見えなくなった。
――つばさ君は、私の王子様じゃない。
私の中でつばさ君は何者でもなくなってしまった。
だからいいの。
隣の机から聞こえる
「あずさちゃん、変な子だからあんまり相手にしなくていいよ」
って言葉も、私は気にしない。
私は、私を生きるから。
****
つばさ君が転校して来てから一か月が経った。
未だに彼は女子から人気。
女子には冷たいけど、男子とは結構上手くやってるみたいで、放課後に遊びに行く姿も目にする。
春から夏へと季節が移り変わるこの季節。
そよ風が気持ちいい季節なはずなのに私の隣の席は暑苦しい。
ほら、つばさ君が落としたハンカチに誰も気が付かない。
「つばさ君、落としたよ」
拾って、少し埃が付いてしまっていたからそれを払って、彼に手渡した。
その時、手に、触れてしまった。
「あずさちゃん、やっぱり男慣れしてるよね」
「ね、お嬢様って感じ~」
あぁ、嫌だ。
この、空っぽな言葉が私は大嫌い。
もう高校二年生。
少しずつ大人の仲間入りをしてきている時期。
悪口や目に見えるいじめは馬鹿らしいし、見つかった時に面倒ごとになると学んだ私達が次にするのは、嘘をつくこと。
それも、わざとわかりやすい嘘をつくこと。
ニコニコして放つ言葉の裏には暴力や、軽蔑の念、脅し、そんなものたちがすぐそこに潜んでる。
それでも私は笑顔で
「そんなことないよ~。ごめんね、お話さえぎっちゃって」
と馬鹿なふりをする。
そんなことには気づかない馬鹿な私を演じるの。
「つばさ君はさ、部活とか入らないの? ほら、背高いし、何かやってそうなのに」
いつもキャッキャと騒がしい女子たちの質問を、うっとうしそうに聞き流す彼が、一瞬興味をむけた話題はこれだった。
少し、ため息をついて。
呆れたように笑うつばさ君の横顔が人の隙間から見えて、なぜか、目が離せない。
「運動、やってたよ。でも、もう俺は用なしだから、この高校に転校してきたんだ」
その言葉を皮切りに気まずい空気が流れた。へたくそな彼女たちはまた空っぽな嘘をつく。
「へ、へ~。そうなんだ~」
「用なしだなんてそんな。ね~」
「そうだよ。ほら。つばさ君かっこいいし、他にも輝ける場所はあるよ」
「あ、チャイム鳴るね。席戻らなきゃ」
私にはわかるよ。
ああ言えば、こうなるって分かってて言ったんでしょ?
どうして嘘をつくの?
彼が隠してる“本音”を聞きたい。
私に向ける冷たい視線にも、彼女たちに向ける呆れの面影にも、何か秘密がある気がしてならなかった。
私はこの一か月、つばさ君の目には映ってなかった。他の女の子達よりももっと冷たい視線を送られていた。
なぜ?
ショックとか、怒りとかよりも彼の中の何がそうさせているのか、私の興味は止まらなかった。
****
「よし!」
今日も出発時間の二時間前に起床。
朝ごはんは、果物とフルーツグラノーラとヨーグルト。
スキンケアはしっかりとお肌になじませて、髪の毛はいつも通り耳上のツインテール。
前髪はケープで軽くまとめて、ナチュラルメイクを仕込めば、私の完成!
今日は気合を入れるためにコーラルピンクのラメを瞼に乗せてみた。
「あら、今日は一段と気合入ってるのね」
「うん! 今日はつばさ君の本当の声を聞きたいから」
「つばさ君ってこないだから話してる転校生君のことか?」
「あ、パパおはよ。そうそう。前の学校でなんかあったぽいんだよね」
「そう…。あずさ、人には知られたくないこともあるだろうから、あまり踏み込みすぎないようにね」
ママはいつも、こうやって突っ走ってしまう私にいったんブレーキをかけてくれる。
もし、つばさ君にとって仮面をかぶることが、嘘をつき続けることが、彼が導き出した正解だったら。
それを、むりやりはぎとろうとする私を彼はどうするんだろうか。
「うん。分かってるよママ。ありがと。行ってきま~す!」
いつもより元気に飛び出した分ツインテ―ㇽがふわっと揺れる。
どうしてここまでつばさ君の事を知りたいと思うのかは分からない。
彼は私の王子様では無いと直感で思ったはずなのに、彼のことが知りたい。
なんでだろ。
その答えは、なんとなく自分の中で出てるのかもしれない。それの答え合わせもしたいのかな。
彼は儚げだ。
クラスの女子に囲まれない朝早くに登校しては、こうやって一人時間を過ごしていることを私は知ってる。
この時間がつばさ君にとって、とても大切なような気がしていつも教室に入れずにいるもの。
でも今日はそんな彼のテリトリーに足を踏み入れてみる。
迷惑かな。迷惑だよね。ごめんね。
「ねぇ、つばさ君」
私の声はこんな小さい教室に残酷なくらい響き渡る。
いつもワイワイガヤガヤうるさいはずの教室で、今は静寂が煩わしい。
「なに」
彼の声は今日もまた冷たくて、ひるんでしまいそうになる。
「あなたのことが知りたいの」
「なにいきなり。知ってどうするんだよ」
「分からない」
「は?」
つばさ君はいつになくイライラしてるよう。
辛かった。
嘘のない鋭さが。
でも嘘をつかれるのはもっと辛いって知ってるから。
他人にも、自分にも。
だから私の事が嫌いなら、それこそ思う存分吐き出しなよ。
彼の目はいつも曇っていた。
新しくできたお友達と笑ってるときも、今こうやって一人の時間を過ごしている時だって。
「姫川さんは何も思わないの?」
「なにも、って?」
つばさ君からの初めての問い。
なんとなく聞きたいことの答えは分かるけど、わざと聞き返す。
彼の言葉でちゃんと言ってほしいから。
「聞こえてんだろ? 言われてる悪口も、嘘だらけの関係にも」
やっぱりね。
「うん。気づいてるよ」
「どうして、自分を変えなんだよ。どうしていつまでもヘラヘラして気づかないふりできるんだよ」
彼の顔は少しずつ怒りに侵食されていく。
どうしてつばさ君がそんな顔をするの?
私のことなのに。
「私は、誰かに悪口を言われようと、変な子だと言われようと、自分の好きな自分を信じたいから。この嘘まみれの世界で自分にも正直でいられないことが何よりも辛いもの」
私は今まで沢山の声を投げられてきた。
いつまでそんな格好してるの?
どうせお金持ちなんでしょ。
あずさは皆の事を見下してる。
私の彼氏をたぶらかさないでよ。
「私ね、お姫様になりたいの」
つばさ君の眉が不愉快にい歪んだ。
「だから、沢山努力した。食べたいもの我慢して運動して、自分の理想の体型を維持したり、髪の毛につやが出るように美容院にお金をかけたり、他にもエステとかサロンとか行ってる。自分でハンドメイドで稼いだお金なのに親のお金とか言われて煙たがられてきた。辛い想い、沢山したよ。でもね」
いつの間にか私がつばさ君に思いをぶつけてしまっている。つばさ君の思いをぶつけてほしかったのに。
もう、慣れたことだと思ってたけどこうやって改めて自分のこれまでをなぞって、口に出して言うと泣きそうになる。
泣くもんか。
「でもね、全部自分を好きになるため、自分のためだから、いいの。その結果私が好きな私になれるならそれでいい。いつか、こんな私のことを認めてくれる王子様が現れるって信じてるから」
一気にしゃべってしまった。
また、煩わしい無言になる。
何か言い訳じみた、自虐じみたことを言ってしまいそうになるけどグッとこらえる。
まだ皆が登校しだすまで一時間以上。
何か、しゃべら…。
[ファイトー! 声だせー!]
[ファイトー!]
かすかに聞こえるこの声に、つばさ君が耳を向けた。
「今、聞こえた?」
「え、部活の、声?」
「そう」
この時間は、色んな部活が朝練をしてる時間。
私達のクラスは体育館に一番近い教室だから体育館で部活をしている人たちの掛け声や靴の音がかすかに聞こえる。
でも、本当にかすかにだから気にしたことなかった。
「俺さ」
つばさ君の、時間だ。
「前の学校でバレーやってたんだ。てゆうか小学生の時からやってて、推薦もらって入学したんだ」
――バレー、めっちゃ好きでさ
初めて見る顔。
嬉しそうなのに、悲しそう。
「去年の大会、決勝戦。相手のマッチポイント。あと一点追いつけばデュースに持ち越せた。セッターは俺にボールを任せてくれたんだ。でも」
でも?
「俺は、決めきれなかった。ブロックされて気付けばボールは俺の後ろにあった」
私はスポーツをしたことが無いから、分からない。分からないけどつばさ君の表情からは私の想像を絶する悲痛な思いが、目から入ってくる全ての情報から理解できた。
「誰も俺の事を責めないんだ。それが逆に辛くて、そしてその日以来ブロックが怖くなってしまって、俺は飛べなくなった」
これがつばさ君の本音。
彼を隠しているのは、彼自身のトラウマだった。
「推薦で入った俺が部活から逃げるには転校しかなかったんだ。バレーから逃げてここに来たら、自分の信念を貫いてキラキラしてる姫川さんがいた。辛かったんだ。叱られてるようで。冷たく当たって、ごめん」
下を向いて、子供のように謝る彼が幼くて少しかわいかった。
「毎日早く登校しているのは少しバレーに対して未練があるから?」
「うん。ここで靴の擦れる音やボールが跳ねる音を聞いてるんだ。本当は、バレーが好きだから。今も」
そういうつばさ君に「じゃあもっかいやってみようよ」と軽率に言えないのは
「でも、怖いんだ」
トラウマはそう簡単に拭えるものじゃない。それはなんとなく想像がついた。
でも、その“好き”って気持ちを大切にしてほしい。
本気で何かを好きになれることもそう簡単じゃないから。
「一度、部活覗いてみる? うちのバレー部あんまり部員いなくて試合出れる人数ギリギリとかだけど、皆一生懸命やってるよ。少人数ながら県大会出場とかしてるし」
少し、考えて、何かをグッとこらえて、「行ってみる」
短く言うけど、瞳に一筋の光が見えた気がした。
****
「わ、久々だ…」
つばさ君が言うには、ゲーム練習中らしい。
人数の少ないうちのバレー部は近所の大学生に体育館を少し貸す代わりに、練習相手をしてもらってるんだって前聞いたことがあった。
今のいい角度だな~。とか、あそこでクロス打つと効くんだよ。とか、時間差の制度たか。とか。
とにかく興奮気味のつばさ君。
初めて見る。
そんなつばさ君がやっぱりかわいらしくてすくすくと笑ってしまう。
「そう言えばもうすぐ大会なんじゃない?」
「そうなの?」
「うん、この時期は夏の大会があるんだ。確かもうすぐだったと思うよ」
そんな話をしている時だった。
「おいっ大丈夫か⁉」
嫌な声が体育館に響く。
「え、どうしちゃったの? あの子」
「多分、靭帯(じんたい)やっちゃったんだ。着地したときに…」
体育館に横たわる男の子は自分の足を抱え、強く顔をゆがませる。
ただ事じゃないことは嫌でも分かった。
一気に不安の色で埋め尽くされる体育館。
気づけばつばさ君は走り出していた。
さすが強豪校にいただけあってなのか、すばやい指示。
あっという間に担架で運ばれていった。
でも、まだ暗い空気なのは
「どうしよ…。明日大会なのに…」
「え、明日、ですか」
「はい。明日は三年生の引退試合なんです。でも、彼がいないと出場人数に届かなくて」
皆が俯いてしまう。
暗いどんよりとした空気が埋め尽くされていた。
「つばさ君が出場するのは無理なのかな」
思いつきで出た言葉に皆の顔が上がる。
「え、君バレーできるの⁈」
「ルールさえ知ってくれれば大丈夫なんだ」
「試合出てくれたりする⁈」
皆が口々に言ってつばさ君を囲む。
「いや、俺は…」
「つばさ君! 好きを思い出すチャンスだよ!」
もう一度つばさ君にバレーを感じてほしい。トラウマを好きで塗り替えてほしい。
最高の機会だと思った。
怪我してしまった彼には申し訳ないけど、これが運命なんじゃないかとも。
皆のまなざしに負け、つばさ君が出した答えは
「僕で、よければ…」
「よっしゃーーー‼」
試合を棄権しなくてもよい状況になったバレー部は飛んで喜んだ。
でも実際問題試合は明日。
つばさ君の顔には不安が沢山。
でも、
「応援してる」
そう強くエールを送った。
****
試合当日。
会場は熱気であふれていた。
色んな高校の応援歌、メガホンを叩く音、歓声、選手の叫び声、笛の音、ボールが床に叩きつけられる音。
そのどれもがつばさ君たちを活気建てた。
「おい、つばさ⁈ つばさなのか⁈」
突然呼ばれたつばさ君の名前。
「キャプテン…」
そういうつばさ君は申し訳なさそうに下を向いた。
「お前、転校までする必要なかったのに…。皆お前のこと待ってたんだぞ」
「すみません。俺、戻れなくて」
「つばさの責任を俺が果たせなかったのが悪いんだ。またバレーに戻ってきてくれて嬉しいよ」
その言葉につばさ君の背筋が伸びた。
「ありがとうございます…! 精一杯頑張ります!」
そして二人はグッと力強い握手をして、お互いに背を向けた。
つばさ君が練習をしたのは昨日の部活の時間だけ。
正直不安ばかりだけど、でも全力で頑張ると彼は言った。
私は全力で応援!
≪○○高校 △△高校は第2コートにお入りください≫
ついに私達の高校が呼ばれた。
「頑張ってね!」
「うん、行ってきます」
つばさ君とハイタッチをして見送る。
予選は勝ち進んでいたらしく、県大会一回戦目。
相手は…。
さっきつばさ君と握手を交わしていた人がいる…。
「つばさ君の学校の人たち…⁈」
応援団の人たちの話をこっそり聞いていると、なんでも優勝候補らしい。
つばさ君、そんなすごいところにいたんだ。なんて勝手に関心しているのもつかの間、試合開始のホイッスルが鳴った。
やはり優勝候補は強い。
スパイクの迫力がすさまじくて、触ったら腕もげそう…。
「つばさ! 頼む!」
この試合初めてのつばさ君。
トスが上がって、つばさ君が…。
打たれるはずのボールはそのまま床に落ちてしまい虚しく相手に得点が入ってしまった。
つばさ君は、小さく震えている。
トラウマが、彼を飛ばしてくれないんだ。
その後も何度かつばさ君にトスが上がるけど、つばさ君は飛べない。
その度に辛そうな顔でメンバーに謝っている。
「助っ人って言うから期待してたのに。何あの子、全然打たないじゃん」
観客席からもそんな声が聞こえる。
それでもレシーブやブロックではさすがの腕前で、試合はかなり接戦だった。
三年生の引退試合と言う事で皆かなりアドレナリンが出ているらしい。
それでもやっぱり相手のマッチポイント。
これを決められてしまえば、相手の勝ち。
でもここで点を取ればデュースに持ち込めるんだって。
優勝候補にまさかの接戦で、会場の熱気はマックスまで登っていた。
手に汗を握って、観客席側も喉をからしている。
ラリーが続く。
打っても打っても両者ボールを床に落とさない。
でも、こちら側のスパイカーはかなり体力に限界が来ているようだった。
最後の、とりでは…。
「つばさ! 頼む…!」
その声にびくっと肩をあげ、でも飛ぶために助走距離をとる。
自信のなさそうな表情。
バレーが大好きでたまらないはずなのに。彼の思い出をただのトラウマにしたくない。
つばさ君は、できる。
私は、信じてる。
「つばさ君! 飛べるよ‼」
その声が会場に響いて、彼の表情が変わった。
十分に取られた助走
踏み込む音は芯があって
そしてつばさ君は
「飛んだ…!」
高く、高く飛び、スパイクを打ち込んだ。
そのボールは相手の床へ。
この試合、始めてつばさ君が点を決めた瞬間だった。
「つばさーー! ナイスー‼」
歓声が歓声を呼び、メンバーも彼をワシワシともみくちゃにした。
つばさ君が、つばさ君自身でトラウマを乗り越えた瞬間だった。
****
「おつかれ様」
水を流し込むつばさ君にトトトと近づく。
「ありがと」
そういう彼の顔は今までで一番清々しそう。
うちの高校は負けてしまった。
でも、今まで一番奮闘したと皆満足そうな顔をしていた。
「つばさ、力貸してくれてありがとう」
皆が口々に言う。
少し申し訳なさを含んでいたつばさ君だけど皆からのその言葉に吹っ切れたような笑顔で返していた。
「やったねつばさ君。かっこよかったよ」
思ったことをなんの恥じらいもなくいってしまう。
だって本当のことだもん。
かっこよかった。
つばさ君が飛べた、
私も、嬉しい。
「姫川さんの声、ちゃんと届いた。ありがとう。姫川さんが僕に羽根をくれたんだ」
そう言ってフッと微笑むつばさ君を見て、そして私の中でトクンと何かが跳ねる音がした。
「つばさ君は私の王子様だ…!」
私の言葉をどう受け取ったのか分からない。口走ってしまったことに恥ずかしさが後で追いついてきて、ぶわっと顔が熱くなる。
でも、
私の顔を見て、優しく頬を緩めた彼の顔を顔を私は絶対に忘れない。
****
信じていれば、いつかきっと。
ママの言っていた言葉を信じてよかった。
私は私が好きな私を生きていくの。
そしていつか、王子様に。
今日もツインテールを揺らして
「おはよ! つばさ君!」
だから、信じることが大切よ。
ママの言葉。小学生の時にお遊戯会でじゃんけんに負けて、お姫様になれなかった私に言ってくれた。
だから私は信じる。
いつか、私だってお姫様に。
そして王子様と幸せに。
****
「はーい、全員席つけー。チャイムなってんぞー」
先生の声は乾ききっていて、多分長い教師生活で言い疲れた言葉なんだろうなって想像がつく。
それでもいつもより聞き入りのいい生徒達に少しだけ驚いてる様子。
でもわざわざそれにはふれてこない。
どうして皆の聞き分けがいいのか、どうして先生がそれをスルーするのか、その理由は私の隣にある空席が知っている。
「転校生を紹介するぞ」
そう言ってドアの向こうに手招きをする先生。
入ってきた彼を見て、女子の目が輝いたのを感じた。
「初めまして。川尻つばさです。よろしくお願いします」
そんなAIでももう少しまともな挨拶が出来そうなテンプレ挨拶を終えた彼は
私の隣の席に来るまでの間、沢山の視線を浴びていた。
まるで短いランウェイみたい。
いつもより短時間で終わったホームルーム。
「こんにちは! 私、姫川あずさって言います!」
第一印象は七秒で決まるって誰かが言ってた。
だから飛び切りの笑顔で。
なのに。
「え、あぁはい」
質素な返事。
そしてすぐに私とつばさ君の間には人の壁が出来てしまって、彼の事は見えなくなった。
――つばさ君は、私の王子様じゃない。
私の中でつばさ君は何者でもなくなってしまった。
だからいいの。
隣の机から聞こえる
「あずさちゃん、変な子だからあんまり相手にしなくていいよ」
って言葉も、私は気にしない。
私は、私を生きるから。
****
つばさ君が転校して来てから一か月が経った。
未だに彼は女子から人気。
女子には冷たいけど、男子とは結構上手くやってるみたいで、放課後に遊びに行く姿も目にする。
春から夏へと季節が移り変わるこの季節。
そよ風が気持ちいい季節なはずなのに私の隣の席は暑苦しい。
ほら、つばさ君が落としたハンカチに誰も気が付かない。
「つばさ君、落としたよ」
拾って、少し埃が付いてしまっていたからそれを払って、彼に手渡した。
その時、手に、触れてしまった。
「あずさちゃん、やっぱり男慣れしてるよね」
「ね、お嬢様って感じ~」
あぁ、嫌だ。
この、空っぽな言葉が私は大嫌い。
もう高校二年生。
少しずつ大人の仲間入りをしてきている時期。
悪口や目に見えるいじめは馬鹿らしいし、見つかった時に面倒ごとになると学んだ私達が次にするのは、嘘をつくこと。
それも、わざとわかりやすい嘘をつくこと。
ニコニコして放つ言葉の裏には暴力や、軽蔑の念、脅し、そんなものたちがすぐそこに潜んでる。
それでも私は笑顔で
「そんなことないよ~。ごめんね、お話さえぎっちゃって」
と馬鹿なふりをする。
そんなことには気づかない馬鹿な私を演じるの。
「つばさ君はさ、部活とか入らないの? ほら、背高いし、何かやってそうなのに」
いつもキャッキャと騒がしい女子たちの質問を、うっとうしそうに聞き流す彼が、一瞬興味をむけた話題はこれだった。
少し、ため息をついて。
呆れたように笑うつばさ君の横顔が人の隙間から見えて、なぜか、目が離せない。
「運動、やってたよ。でも、もう俺は用なしだから、この高校に転校してきたんだ」
その言葉を皮切りに気まずい空気が流れた。へたくそな彼女たちはまた空っぽな嘘をつく。
「へ、へ~。そうなんだ~」
「用なしだなんてそんな。ね~」
「そうだよ。ほら。つばさ君かっこいいし、他にも輝ける場所はあるよ」
「あ、チャイム鳴るね。席戻らなきゃ」
私にはわかるよ。
ああ言えば、こうなるって分かってて言ったんでしょ?
どうして嘘をつくの?
彼が隠してる“本音”を聞きたい。
私に向ける冷たい視線にも、彼女たちに向ける呆れの面影にも、何か秘密がある気がしてならなかった。
私はこの一か月、つばさ君の目には映ってなかった。他の女の子達よりももっと冷たい視線を送られていた。
なぜ?
ショックとか、怒りとかよりも彼の中の何がそうさせているのか、私の興味は止まらなかった。
****
「よし!」
今日も出発時間の二時間前に起床。
朝ごはんは、果物とフルーツグラノーラとヨーグルト。
スキンケアはしっかりとお肌になじませて、髪の毛はいつも通り耳上のツインテール。
前髪はケープで軽くまとめて、ナチュラルメイクを仕込めば、私の完成!
今日は気合を入れるためにコーラルピンクのラメを瞼に乗せてみた。
「あら、今日は一段と気合入ってるのね」
「うん! 今日はつばさ君の本当の声を聞きたいから」
「つばさ君ってこないだから話してる転校生君のことか?」
「あ、パパおはよ。そうそう。前の学校でなんかあったぽいんだよね」
「そう…。あずさ、人には知られたくないこともあるだろうから、あまり踏み込みすぎないようにね」
ママはいつも、こうやって突っ走ってしまう私にいったんブレーキをかけてくれる。
もし、つばさ君にとって仮面をかぶることが、嘘をつき続けることが、彼が導き出した正解だったら。
それを、むりやりはぎとろうとする私を彼はどうするんだろうか。
「うん。分かってるよママ。ありがと。行ってきま~す!」
いつもより元気に飛び出した分ツインテ―ㇽがふわっと揺れる。
どうしてここまでつばさ君の事を知りたいと思うのかは分からない。
彼は私の王子様では無いと直感で思ったはずなのに、彼のことが知りたい。
なんでだろ。
その答えは、なんとなく自分の中で出てるのかもしれない。それの答え合わせもしたいのかな。
彼は儚げだ。
クラスの女子に囲まれない朝早くに登校しては、こうやって一人時間を過ごしていることを私は知ってる。
この時間がつばさ君にとって、とても大切なような気がしていつも教室に入れずにいるもの。
でも今日はそんな彼のテリトリーに足を踏み入れてみる。
迷惑かな。迷惑だよね。ごめんね。
「ねぇ、つばさ君」
私の声はこんな小さい教室に残酷なくらい響き渡る。
いつもワイワイガヤガヤうるさいはずの教室で、今は静寂が煩わしい。
「なに」
彼の声は今日もまた冷たくて、ひるんでしまいそうになる。
「あなたのことが知りたいの」
「なにいきなり。知ってどうするんだよ」
「分からない」
「は?」
つばさ君はいつになくイライラしてるよう。
辛かった。
嘘のない鋭さが。
でも嘘をつかれるのはもっと辛いって知ってるから。
他人にも、自分にも。
だから私の事が嫌いなら、それこそ思う存分吐き出しなよ。
彼の目はいつも曇っていた。
新しくできたお友達と笑ってるときも、今こうやって一人の時間を過ごしている時だって。
「姫川さんは何も思わないの?」
「なにも、って?」
つばさ君からの初めての問い。
なんとなく聞きたいことの答えは分かるけど、わざと聞き返す。
彼の言葉でちゃんと言ってほしいから。
「聞こえてんだろ? 言われてる悪口も、嘘だらけの関係にも」
やっぱりね。
「うん。気づいてるよ」
「どうして、自分を変えなんだよ。どうしていつまでもヘラヘラして気づかないふりできるんだよ」
彼の顔は少しずつ怒りに侵食されていく。
どうしてつばさ君がそんな顔をするの?
私のことなのに。
「私は、誰かに悪口を言われようと、変な子だと言われようと、自分の好きな自分を信じたいから。この嘘まみれの世界で自分にも正直でいられないことが何よりも辛いもの」
私は今まで沢山の声を投げられてきた。
いつまでそんな格好してるの?
どうせお金持ちなんでしょ。
あずさは皆の事を見下してる。
私の彼氏をたぶらかさないでよ。
「私ね、お姫様になりたいの」
つばさ君の眉が不愉快にい歪んだ。
「だから、沢山努力した。食べたいもの我慢して運動して、自分の理想の体型を維持したり、髪の毛につやが出るように美容院にお金をかけたり、他にもエステとかサロンとか行ってる。自分でハンドメイドで稼いだお金なのに親のお金とか言われて煙たがられてきた。辛い想い、沢山したよ。でもね」
いつの間にか私がつばさ君に思いをぶつけてしまっている。つばさ君の思いをぶつけてほしかったのに。
もう、慣れたことだと思ってたけどこうやって改めて自分のこれまでをなぞって、口に出して言うと泣きそうになる。
泣くもんか。
「でもね、全部自分を好きになるため、自分のためだから、いいの。その結果私が好きな私になれるならそれでいい。いつか、こんな私のことを認めてくれる王子様が現れるって信じてるから」
一気にしゃべってしまった。
また、煩わしい無言になる。
何か言い訳じみた、自虐じみたことを言ってしまいそうになるけどグッとこらえる。
まだ皆が登校しだすまで一時間以上。
何か、しゃべら…。
[ファイトー! 声だせー!]
[ファイトー!]
かすかに聞こえるこの声に、つばさ君が耳を向けた。
「今、聞こえた?」
「え、部活の、声?」
「そう」
この時間は、色んな部活が朝練をしてる時間。
私達のクラスは体育館に一番近い教室だから体育館で部活をしている人たちの掛け声や靴の音がかすかに聞こえる。
でも、本当にかすかにだから気にしたことなかった。
「俺さ」
つばさ君の、時間だ。
「前の学校でバレーやってたんだ。てゆうか小学生の時からやってて、推薦もらって入学したんだ」
――バレー、めっちゃ好きでさ
初めて見る顔。
嬉しそうなのに、悲しそう。
「去年の大会、決勝戦。相手のマッチポイント。あと一点追いつけばデュースに持ち越せた。セッターは俺にボールを任せてくれたんだ。でも」
でも?
「俺は、決めきれなかった。ブロックされて気付けばボールは俺の後ろにあった」
私はスポーツをしたことが無いから、分からない。分からないけどつばさ君の表情からは私の想像を絶する悲痛な思いが、目から入ってくる全ての情報から理解できた。
「誰も俺の事を責めないんだ。それが逆に辛くて、そしてその日以来ブロックが怖くなってしまって、俺は飛べなくなった」
これがつばさ君の本音。
彼を隠しているのは、彼自身のトラウマだった。
「推薦で入った俺が部活から逃げるには転校しかなかったんだ。バレーから逃げてここに来たら、自分の信念を貫いてキラキラしてる姫川さんがいた。辛かったんだ。叱られてるようで。冷たく当たって、ごめん」
下を向いて、子供のように謝る彼が幼くて少しかわいかった。
「毎日早く登校しているのは少しバレーに対して未練があるから?」
「うん。ここで靴の擦れる音やボールが跳ねる音を聞いてるんだ。本当は、バレーが好きだから。今も」
そういうつばさ君に「じゃあもっかいやってみようよ」と軽率に言えないのは
「でも、怖いんだ」
トラウマはそう簡単に拭えるものじゃない。それはなんとなく想像がついた。
でも、その“好き”って気持ちを大切にしてほしい。
本気で何かを好きになれることもそう簡単じゃないから。
「一度、部活覗いてみる? うちのバレー部あんまり部員いなくて試合出れる人数ギリギリとかだけど、皆一生懸命やってるよ。少人数ながら県大会出場とかしてるし」
少し、考えて、何かをグッとこらえて、「行ってみる」
短く言うけど、瞳に一筋の光が見えた気がした。
****
「わ、久々だ…」
つばさ君が言うには、ゲーム練習中らしい。
人数の少ないうちのバレー部は近所の大学生に体育館を少し貸す代わりに、練習相手をしてもらってるんだって前聞いたことがあった。
今のいい角度だな~。とか、あそこでクロス打つと効くんだよ。とか、時間差の制度たか。とか。
とにかく興奮気味のつばさ君。
初めて見る。
そんなつばさ君がやっぱりかわいらしくてすくすくと笑ってしまう。
「そう言えばもうすぐ大会なんじゃない?」
「そうなの?」
「うん、この時期は夏の大会があるんだ。確かもうすぐだったと思うよ」
そんな話をしている時だった。
「おいっ大丈夫か⁉」
嫌な声が体育館に響く。
「え、どうしちゃったの? あの子」
「多分、靭帯(じんたい)やっちゃったんだ。着地したときに…」
体育館に横たわる男の子は自分の足を抱え、強く顔をゆがませる。
ただ事じゃないことは嫌でも分かった。
一気に不安の色で埋め尽くされる体育館。
気づけばつばさ君は走り出していた。
さすが強豪校にいただけあってなのか、すばやい指示。
あっという間に担架で運ばれていった。
でも、まだ暗い空気なのは
「どうしよ…。明日大会なのに…」
「え、明日、ですか」
「はい。明日は三年生の引退試合なんです。でも、彼がいないと出場人数に届かなくて」
皆が俯いてしまう。
暗いどんよりとした空気が埋め尽くされていた。
「つばさ君が出場するのは無理なのかな」
思いつきで出た言葉に皆の顔が上がる。
「え、君バレーできるの⁈」
「ルールさえ知ってくれれば大丈夫なんだ」
「試合出てくれたりする⁈」
皆が口々に言ってつばさ君を囲む。
「いや、俺は…」
「つばさ君! 好きを思い出すチャンスだよ!」
もう一度つばさ君にバレーを感じてほしい。トラウマを好きで塗り替えてほしい。
最高の機会だと思った。
怪我してしまった彼には申し訳ないけど、これが運命なんじゃないかとも。
皆のまなざしに負け、つばさ君が出した答えは
「僕で、よければ…」
「よっしゃーーー‼」
試合を棄権しなくてもよい状況になったバレー部は飛んで喜んだ。
でも実際問題試合は明日。
つばさ君の顔には不安が沢山。
でも、
「応援してる」
そう強くエールを送った。
****
試合当日。
会場は熱気であふれていた。
色んな高校の応援歌、メガホンを叩く音、歓声、選手の叫び声、笛の音、ボールが床に叩きつけられる音。
そのどれもがつばさ君たちを活気建てた。
「おい、つばさ⁈ つばさなのか⁈」
突然呼ばれたつばさ君の名前。
「キャプテン…」
そういうつばさ君は申し訳なさそうに下を向いた。
「お前、転校までする必要なかったのに…。皆お前のこと待ってたんだぞ」
「すみません。俺、戻れなくて」
「つばさの責任を俺が果たせなかったのが悪いんだ。またバレーに戻ってきてくれて嬉しいよ」
その言葉につばさ君の背筋が伸びた。
「ありがとうございます…! 精一杯頑張ります!」
そして二人はグッと力強い握手をして、お互いに背を向けた。
つばさ君が練習をしたのは昨日の部活の時間だけ。
正直不安ばかりだけど、でも全力で頑張ると彼は言った。
私は全力で応援!
≪○○高校 △△高校は第2コートにお入りください≫
ついに私達の高校が呼ばれた。
「頑張ってね!」
「うん、行ってきます」
つばさ君とハイタッチをして見送る。
予選は勝ち進んでいたらしく、県大会一回戦目。
相手は…。
さっきつばさ君と握手を交わしていた人がいる…。
「つばさ君の学校の人たち…⁈」
応援団の人たちの話をこっそり聞いていると、なんでも優勝候補らしい。
つばさ君、そんなすごいところにいたんだ。なんて勝手に関心しているのもつかの間、試合開始のホイッスルが鳴った。
やはり優勝候補は強い。
スパイクの迫力がすさまじくて、触ったら腕もげそう…。
「つばさ! 頼む!」
この試合初めてのつばさ君。
トスが上がって、つばさ君が…。
打たれるはずのボールはそのまま床に落ちてしまい虚しく相手に得点が入ってしまった。
つばさ君は、小さく震えている。
トラウマが、彼を飛ばしてくれないんだ。
その後も何度かつばさ君にトスが上がるけど、つばさ君は飛べない。
その度に辛そうな顔でメンバーに謝っている。
「助っ人って言うから期待してたのに。何あの子、全然打たないじゃん」
観客席からもそんな声が聞こえる。
それでもレシーブやブロックではさすがの腕前で、試合はかなり接戦だった。
三年生の引退試合と言う事で皆かなりアドレナリンが出ているらしい。
それでもやっぱり相手のマッチポイント。
これを決められてしまえば、相手の勝ち。
でもここで点を取ればデュースに持ち込めるんだって。
優勝候補にまさかの接戦で、会場の熱気はマックスまで登っていた。
手に汗を握って、観客席側も喉をからしている。
ラリーが続く。
打っても打っても両者ボールを床に落とさない。
でも、こちら側のスパイカーはかなり体力に限界が来ているようだった。
最後の、とりでは…。
「つばさ! 頼む…!」
その声にびくっと肩をあげ、でも飛ぶために助走距離をとる。
自信のなさそうな表情。
バレーが大好きでたまらないはずなのに。彼の思い出をただのトラウマにしたくない。
つばさ君は、できる。
私は、信じてる。
「つばさ君! 飛べるよ‼」
その声が会場に響いて、彼の表情が変わった。
十分に取られた助走
踏み込む音は芯があって
そしてつばさ君は
「飛んだ…!」
高く、高く飛び、スパイクを打ち込んだ。
そのボールは相手の床へ。
この試合、始めてつばさ君が点を決めた瞬間だった。
「つばさーー! ナイスー‼」
歓声が歓声を呼び、メンバーも彼をワシワシともみくちゃにした。
つばさ君が、つばさ君自身でトラウマを乗り越えた瞬間だった。
****
「おつかれ様」
水を流し込むつばさ君にトトトと近づく。
「ありがと」
そういう彼の顔は今までで一番清々しそう。
うちの高校は負けてしまった。
でも、今まで一番奮闘したと皆満足そうな顔をしていた。
「つばさ、力貸してくれてありがとう」
皆が口々に言う。
少し申し訳なさを含んでいたつばさ君だけど皆からのその言葉に吹っ切れたような笑顔で返していた。
「やったねつばさ君。かっこよかったよ」
思ったことをなんの恥じらいもなくいってしまう。
だって本当のことだもん。
かっこよかった。
つばさ君が飛べた、
私も、嬉しい。
「姫川さんの声、ちゃんと届いた。ありがとう。姫川さんが僕に羽根をくれたんだ」
そう言ってフッと微笑むつばさ君を見て、そして私の中でトクンと何かが跳ねる音がした。
「つばさ君は私の王子様だ…!」
私の言葉をどう受け取ったのか分からない。口走ってしまったことに恥ずかしさが後で追いついてきて、ぶわっと顔が熱くなる。
でも、
私の顔を見て、優しく頬を緩めた彼の顔を顔を私は絶対に忘れない。
****
信じていれば、いつかきっと。
ママの言っていた言葉を信じてよかった。
私は私が好きな私を生きていくの。
そしていつか、王子様に。
今日もツインテールを揺らして
「おはよ! つばさ君!」



