[04] 初めての距離感
「き、キスって…お前、正気?」
映画館のロビーを出た後、奈穂は思わず良樹の肩を叩いた。周囲のカップルが振り返る。
「声がでかい」
「だって、いきなり何言い出すのよ!」
「本物の恋人にならなきゃダメだって言ったのはお前だろ」
「でも、キスは違うでしょ!?」
良樹は腕を組んで、ため息をついた。
「まあ、冗談だよ」
「……っ!」
奈穂は一気に力が抜けた。
「そんな顔するなよ。お前がどうやったら感情を出せるようになるか、俺も考えてるんだ」
「……」
確かに、今の自分の演技は“作り物”のまま。ミュージカルでも、ただ歌って踊るだけで、心がこもっていないと評価される。
「でも、だからって…そんな無茶なこと言わないでよ」
「分かったよ。でも、もっとお互いに慣れる必要はあるな」
良樹の声は冷静だったが、その目には真剣さがあった。
「まずは、自然に手を繋げるようにならないとな」
「え、ちょっ…また?」
次の瞬間、良樹の手が奈穂の指を絡めるように握る。先ほどよりも優しく、でも離れないように。
奈穂は内心、胸がどくんと鳴るのを感じた。
これはただの“契約”のはずなのに――。