[02] 交わした約束
数日前――
「主演、やってくれないか?」
放課後の体育館裏で、良樹はそう言った。
奈穂は驚きつつも、すぐに断った。
「ごめん、私は映画よりミュージカルが大事なの」
ミュージカルに命を懸けている自分が、映画に関わる意味はない。だが、良樹は諦めなかった。
「だったら、俺が手伝う。お前の演技がもっと良くなるように」
「…は?」
「お前は感情を込めた演技が苦手だろう?」
奈穂は言葉に詰まった。核心を突かれたからだ。
「俺が演技指導をする。その代わり、お前は俺の映画に出る」
「…でも、それって」
「1年間、恋人になってみないか?」
「――!」
一瞬、時が止まったようだった。
「恋人を演じれば、感情の出し方が分かるかもしれない。ミュージカルのオーディションにも役立つだろ」
「……」
「1年間だけ。期限が来たら、終わりにする」
奈穂は考えた。
このままでは、自分は一生“感情を表に出せない女優”のままだ。
「……分かった。でも、本当に1年だけだからね?」
「もちろん」
2人は静かに手を握った。この時はまだ、お互いの気持ちが本物になるとは思っていなかった――。