世良くんの部活の兼ね合いで今日にずらした放課後のデートは、相変わらず乗り気にはなれなかった。けれど、そんな私に反して世良くんは楽しそうに自分の話をしていた。

カフェに入り、それぞれフルーツタルトを頼んだ。甘いものは好きだけど、週に一回行くほどじゃない。映画もショッピングも 、思い立ったときにひとりで行けたらそれでいいし、写真は撮ったところでSNSに乗 せることはないのに、私の隣にはいつも世良くんがいて、突き放すことができない。

私が別れを切り出せば、この日常は簡単に終わる。

わかっているのに、私には現状を変えようとする強い意思がない。そうしているうちにいつまでも続いてしまうような気がして、ため息が出た。

『世良のことちゃんと好き?』『体裁のために世良と付き合ってるなら別れてほしいんだけど』

昨日からずっと、私は名島くんの言葉ばかり思い出している。無駄なものを含まない言葉の棘。わざわざ言われたくないことだったからこそ、こんなにもモヤモヤしてしまうのだろう。

名島くんのことがわからない。わかる必要もないと思っているくせに、こんなにも思考を(むしば)まれている。

「それでさ、そんときにコーチが──」

「……ねえ」

「ん?」

適当に相槌を打つだけだった世良くんの話題を遮って、私は聞いた。

「名島くんってどんな人、なのかな」

その質問をしてすぐ、私はなんでこんなことを聞いているんだろうと我に返った。

「名島? なんで急に」

「あ、いや……ごめん急に。深い意味はなくて」

正面に座る彼が不思議そうに私を見つめている。聞き返されることなんて簡単に想像できたのに、どうして聞く前に止まれなかったのか、自分が不思議でならなかった。

目の前にあるフルーツタルトのいちごにフォークを刺したまま、私は思考をめぐらせる。

深い意味はない。けれども、なぜと聞かれて、本当の理由を伝えることもできない。

「栞奈?」

「名島くんうしろの席になってから初めてくらいにまともに話したんだけど、よくわかんない人だったから。ごめん、今急に思い出しちゃったから聞いてみただけなの。……ちょっとだけ、苦手だったっていうか」

嘘はついていない。むしろ正直に話しすぎているくらいだ。「 世良くん、ときどき一緒にいるから」と付け足すと、「まあたしかに」と納得したように零した。

名島くんと世良くんは、特別仲が良いわけではないけれど、全然関わらないほど遠い関係でもない。それは、この半年彼女という立場にいれば自然とわかることだ。

名島くんは、どこのグループにも属さない。世良くんのように、運動部のいわゆる陽キャな生徒ばかりが集まっているグループで行動していることもあれば、消極的な生徒たちと一緒にいることもあるし、ひとりでいるところもときどき見かける。男子も女子も関係ない。分け隔てなく平等に全員と関わるというのは、名島くんのような完璧に出来上がった人にしかできないことなのだと思う。

「名島かあ。まあ、ミステリアスだよな。あとめちゃくちゃモテる」

「ああ……そうだよね」

「勉強もスポーツもできるじゃん。イケメンだし。なのにそれをひけらかしたりもしないから印象いいんだよなぁ、多分。俺も思うし、俺以外も多分みんな思ってるんじゃない? 名島マジでいいやつ」

これは、光を宿しているときの名島くんの話だ。私が二日前まで持っていたイメージと同じもの。

運動もできる、勉強もできる、さらには顔もよし。誰のことも見捨てない、完全無欠の優しい王子様。

けれどもそれが彼のすべてではないことを、私はもう知ってしまった。

これ以上世良くんの話を聞いていても何も情報は追加されないと思い、話を切り上げようとすると、「ああ、あと」と世良くんが思い出したように言った。

「名島、彼女いたことないんだって」

それを聞いた瞬間、たったそれだけで、すべてが(つな)がった気がした。

「絶対嘘だと思うんだけどさ。あんなモテるんだしありえないじゃん? でもそもそも恋愛系の話あんましないっていうか、聞いたことないんだよなぁ」

「……そうなんだ」

「ときどき昼休みとかも消えてるときある。俺らもいつも一緒にいるわけじゃないんだけどさ、昼飯誘おうとしたらいない、みたいなこと結構あるんだよね。俺らん中ではふざけて、女と会ってんじゃね?って噂にしてる」

実際どこで何してるか は聞いたことないけど、と付け足され、私は適当に相槌を打つ。