夢の中で先輩と言葉を交わす日々を過ごしていたある日のこと。
僕は土砂降りの雨の中、カッパを着て街中を走る。とてつもなく焦っていた。今日は朝からひどく雨が強かった。今日は散歩に行けないなと残念に思っていたところ、あめの気配がないことに気づいた。驚いた僕は部屋のあちこちを探しまわり、僅かにベランダの窓が開いていることに気づいた。そして、そこから小さな足跡が外に伸びていることも。あめ1匹だけで外に出た。まさかとは思うが、その可能性しかあり得なかった。僕は弾かれた様に家を飛び出してあめを探した。いつもの散歩道、桜並木の土手、小高い丘、初めてあった河川。しかし、何処にもあめの姿は見えず、約2時間、僕は一度家に戻ることを決めた。もしかしたらすでに帰ってきているかも。そんな淡い希望も、家の物静けさが打ち砕く。
僕は途方に暮れていた。こんなことは初めてだった。一体どうして。涙が込み上げてきた。
その時だった。窓が開く音がして、控えめな猫の声が耳に届いた。顔を上げた先、ベランダからずぶ濡れのあめがいた。
「あめ!」
僕はあめを強く抱きしめた。案の定、全身が冷たく濡れていた。慌ててバスタオルを持ってきて、全身を拭いてやる。
「あめ!何処行ってたんだよ!心配したんだからな」
怒りと、喜びと、大きな安堵。複雑な感情にグチャグチャになりながらあめを拭いていると、ふと、何かがきらりと光る。
その口元には、小ぶりの、あの見慣れたピアスがあった。凪葉先輩の、ピアス。
それを見た瞬間、凪葉先輩の親友が僕に教えてくれた言葉を思い出す。先輩が事故にあった道路の周辺で、その先輩は何かを探していた。尋ねたところ、凪葉先輩がいつも付けているピアスだと言う。
『自転車にぶつかった時、多分弾みで取れちゃったんだと思う。病院に運ばれた時、片方だけ付いてなくて。あれ、凪葉めっちゃ大事そうにしてたから、見つけて渡してあげたいって思ったんだけど』
『こんなに探し回ってないんじゃ、もう見つからないかな』
『側から見たら変な人だよね』
僕も一緒になって探したけど、結局見つからなくて諦めていた。
「あめ、なんでこれ……」
言い終わらないうちにあめは口に咥えたピアスを僕の耳元に運び、耳たぶに押し付ける。まるで今つけてた言わんばかりに。
「あ……」
その仕草に、ぶわっと涙が溢れてきた。
僕は慌てて引き出しからシルバーのピアスを取り出した。綺麗に箱に収まっていたそれを片方だけ取り出し、洗面所に向かう。付けるのは久しぶりで、穴もほとんど塞がっていたが強引に入れた。少し痛い。けれど、懐かしい感覚。シルバーのピアスをつけ終え、残りにゴールドを付ける。
『まるで指輪の交換だね』
いつだか、照れながら、けれどすごく嬉しそうに凪葉先輩がそんなことを言っていた。両耳にピアスをつけ終え、あめの元に戻る。
「どう、かな?」
恐る恐る尋ねると、あめはにっこり笑ってにぁあんと言った。そんなあめを抱き上げ、目線を合わせる。ほんのり茶色がかった瞳。
心の何処かでは薄々気づいていた。けれど、そんな奇跡があるわけないと自分に言い聞かせ、目を背けていた。でも、今なら分かる。
あめ、君は──いや、貴女は。
「ようやく、交換できましたね」
僕は小さな額に自分の額を当てて、それから、小さな口に、そっと唇を重ねた。
僕は土砂降りの雨の中、カッパを着て街中を走る。とてつもなく焦っていた。今日は朝からひどく雨が強かった。今日は散歩に行けないなと残念に思っていたところ、あめの気配がないことに気づいた。驚いた僕は部屋のあちこちを探しまわり、僅かにベランダの窓が開いていることに気づいた。そして、そこから小さな足跡が外に伸びていることも。あめ1匹だけで外に出た。まさかとは思うが、その可能性しかあり得なかった。僕は弾かれた様に家を飛び出してあめを探した。いつもの散歩道、桜並木の土手、小高い丘、初めてあった河川。しかし、何処にもあめの姿は見えず、約2時間、僕は一度家に戻ることを決めた。もしかしたらすでに帰ってきているかも。そんな淡い希望も、家の物静けさが打ち砕く。
僕は途方に暮れていた。こんなことは初めてだった。一体どうして。涙が込み上げてきた。
その時だった。窓が開く音がして、控えめな猫の声が耳に届いた。顔を上げた先、ベランダからずぶ濡れのあめがいた。
「あめ!」
僕はあめを強く抱きしめた。案の定、全身が冷たく濡れていた。慌ててバスタオルを持ってきて、全身を拭いてやる。
「あめ!何処行ってたんだよ!心配したんだからな」
怒りと、喜びと、大きな安堵。複雑な感情にグチャグチャになりながらあめを拭いていると、ふと、何かがきらりと光る。
その口元には、小ぶりの、あの見慣れたピアスがあった。凪葉先輩の、ピアス。
それを見た瞬間、凪葉先輩の親友が僕に教えてくれた言葉を思い出す。先輩が事故にあった道路の周辺で、その先輩は何かを探していた。尋ねたところ、凪葉先輩がいつも付けているピアスだと言う。
『自転車にぶつかった時、多分弾みで取れちゃったんだと思う。病院に運ばれた時、片方だけ付いてなくて。あれ、凪葉めっちゃ大事そうにしてたから、見つけて渡してあげたいって思ったんだけど』
『こんなに探し回ってないんじゃ、もう見つからないかな』
『側から見たら変な人だよね』
僕も一緒になって探したけど、結局見つからなくて諦めていた。
「あめ、なんでこれ……」
言い終わらないうちにあめは口に咥えたピアスを僕の耳元に運び、耳たぶに押し付ける。まるで今つけてた言わんばかりに。
「あ……」
その仕草に、ぶわっと涙が溢れてきた。
僕は慌てて引き出しからシルバーのピアスを取り出した。綺麗に箱に収まっていたそれを片方だけ取り出し、洗面所に向かう。付けるのは久しぶりで、穴もほとんど塞がっていたが強引に入れた。少し痛い。けれど、懐かしい感覚。シルバーのピアスをつけ終え、残りにゴールドを付ける。
『まるで指輪の交換だね』
いつだか、照れながら、けれどすごく嬉しそうに凪葉先輩がそんなことを言っていた。両耳にピアスをつけ終え、あめの元に戻る。
「どう、かな?」
恐る恐る尋ねると、あめはにっこり笑ってにぁあんと言った。そんなあめを抱き上げ、目線を合わせる。ほんのり茶色がかった瞳。
心の何処かでは薄々気づいていた。けれど、そんな奇跡があるわけないと自分に言い聞かせ、目を背けていた。でも、今なら分かる。
あめ、君は──いや、貴女は。
「ようやく、交換できましたね」
僕は小さな額に自分の額を当てて、それから、小さな口に、そっと唇を重ねた。



