名を知らない小さな花々が咲き乱れる小さな丘の原っぱで、ちょこんと座るあめの隣に寝転がった僕は、次に目を開けた時、仰向けで空を見る凪葉先輩を見つけた。
「凪葉先輩」
愛おしい人の名前を呼ぶ。桜並木の土手で微睡んだあの日以来、不思議と僕は夢の中で凪葉先輩と会うようになった。それも、記憶の追体験などではなく、全く知らない光景で、まるで、本当に先輩と会っているような気分になる。
「浅緋くんはこんなところでも眠るんだね」
「そう言う先輩も寝転がっているじゃないですか」
「私は土に体を預けて陽の温もりを感じているだけだよ。眠りには落ちていない」
ほとんど同じようなものじゃないかと、口に出す代わりに微笑む。草花に囲まれて胸の前で手を組んで目を閉じているその姿は、まるで妖精のようだった。あるいは、自然を愛する女神か。
じっと見つめていると、凪葉先輩は片目を開けて、なんだいと尋ねてきた。顔をこちらに向けた拍子に日光を反射したピアスに目が行って、僕は脈が少し早くなる感覚を味わいながら口を開いた。
「それ、ずっと付けていますよね」
「それ?」
「耳の、そのピアスです」
「ああ」
凪葉先輩の瞳が僕を捉え、きゅっと細くなって笑みを浮かべる。深い意味を込めたつもりは全く持ってないけれど、なんだか気恥ずかしかくなった。
「もちろん。誰かさんが送ってくれた、すごく大事なものだからね。四六時中と言っていいほど身につけているよ」
「そうなんですね」
「そう言う浅緋くんは付けないのかい?」
まさか質問されるとは思わなくて面食らう。話を逸らすためだったから。少し考え、正直なことを口にした。
「付けたいんですけど、無くしてしまいそうで怖くて」
別に他者に見せつけたいわけじゃない。むしろ、大切なものは、誰の目にも触れない、自分だけの場所に隠しておきたかった。
それを聞いた先輩はなるほどねと頷く。
「その気持ちは分かるけど、折角なんだから付けたほうがいいと思うよ。勿体無い。それに」
交換できないじゃないか。小さく先輩が呟いた声を、僕は聞き逃さなかった。ほんのり紅が差す表情は、シルバーとゴールドどちらのピアスがいいかと悩んで、じゃあお互いに違う色のを買って交換すればいいじゃないですかと提案した時を思い出させる。その時も凪葉先輩は顔を赤くしながら名案だと言って、僕らは互いに色違いのピアスをプレゼントした。いまだに覚えてくれているのだと嬉しくなる。
「へえー」
「……なんだい?」
「照れたところも可愛いなって」
「へ、え?」
驚いた表情が、次第に売れたリンゴの様に赤く色づいていく様子を見ているのは、いつもの立場が逆転した様で面白かった。
照れが最高潮に達したのか、先輩はふいとそっぽを向いてしまう。
「そろそろ起きたほうがいいんじゃないかい」
「そうですね」
本当はもっと先輩と一緒にいたいけれど、あめも待っている。名残惜しさを感じながら、僕は目を閉じ、眠りについた。



