「起きなよ、浅緋くん」
誰かが肩を揺さぶる。ゆるりとした刺激で、頭にかかっていた霧が晴れていく。目を開けて、何度か瞬きを繰り返したら、視界の歪みも無くなった。
「こんなところで寝ていたら、風邪を引くよ」
声が聞こえた方を向いたら、ふふっと可愛らしい笑顔があった。
「凪葉、先輩……?」
「ようやく目覚めた」
小ぶりの耳飾りが揺れる。僅かな動きでさえ魅了されてしまうほどの雰囲気と容姿。紛うことなき僕が焦がれた先輩だ。空いたい人は誰かと質問されれば真っ先に思い浮かぶ人が、隣にいる。
「……えっ、は、あ?」
その異常さに、僕の脳はようやく気がついた。
ばっと辺りを見渡す。しかし、そこは来た時と何一つ変わらない土手の上だった。花びらが流れる川も、さわさわと揺れる桜の木も、僕が座るベンチも。間違い探しのように違和感を挙げるとするならば、あめがいない。代わりに、凪葉先輩がいる。
「えっ、ええ……っ?なんで……」
「どうしたんだい。そんな、狐に化かされたような顔をして」
いや、狸に化かされると言うのだっけと、顎に指を当てて考える凪葉先輩は、まるで普通だった。僕は目を白黒させる。一体どうして凪葉先輩がここに居るのか。これは夢か幻か。頭がこんがらがる。思考回路が回らない僕を、茶色がかった瞳が見上げた。
「まあ、どっちでもいいか。それよりも、いくら心地よいからって、春の空の下でうたた寝するのはあまり良くない」
「あ……、はい。というか、寝てました?」
「うん、寝ていたね。それもがっつりと」
おかしそうに笑う凪葉先輩を見つめていたら、心のつっかえなんてどこかへ行ってしまった。そうだったんですかと頷いて、再びベンチに腰を下ろした。
「起こしてくれてありがとうございます」
「ん、いいよ。むしろ、穏やかな睡眠を邪魔してすまない。でも、やっぱり少し心配になっちゃってね」
普通、人はそんなことで他人を起こさないだろう。程よい友人関係だったら戸惑うし、親友だったら面白半分で寝かしたままにするだろうし。やっぱり、凪葉先輩は優しい。そして、先輩はそういう人だ。
「いいね、この場所」
「良いですよね。特に、座りながら春を拝めるところが」
「ふふっ、最もだよ。桜並木の下で、小川を前に、空を仰ぐ。春を目一杯詰めた景色だね」
素敵な言い方だと思った。凪葉先輩はいつも言葉選びが上手い。輪廻転生とか魂とか哲学的なことを考える人は、言葉にも博識があるのだろうか。
「心地よいなあ。ずっとここに居たいくらいだ」
「そうですね」
強く共感する。きっと、僕と先輩のここに居たい意味は違うんだろうな。僕は、貴女という人と一緒にいたい。それが叶うなら、別にここじゃなかったって良い。殺風景な場所でだって良い。
足を組んで斜めに顔を傾ける先輩の姿をそっと盗み見た。春風に吹かれてさらさらと流れる髪に触れたい衝動が込み上げる。アーモンド型と言うのだろうキリッと整った瞳も、桜の花びらで色付けたような唇も、血色の良い滑らかな頬も、その全てに惹きつけられる。
と、先輩と目が合った。
「ん、どうしたんだい?」
そう言って悪戯っぽい微笑みを見たら、途端に恥ずかしさが襲ってくる。ぱっと視線を外した僕を面白そうに笑う声が聞こえたかと思ったら、凪葉先輩は立ち上がった。
「そろそろ行こうか」
「え、行くって……?」
何処にと聞く前に、すらりと細長い指が額をポンっと叩く。
「さあ、起きなよ、浅緋くん」
誰かが肩を揺さぶる。ゆるりとした刺激で、頭にかかっていた霧が晴れていく。目を開けて、何度か瞬きを繰り返したら、視界の歪みも無くなった。
「こんなところで寝ていたら、風邪を引くよ」
声が聞こえた方を向いたら、ふふっと可愛らしい笑顔があった。
「凪葉、先輩……?」
「ようやく目覚めた」
小ぶりの耳飾りが揺れる。僅かな動きでさえ魅了されてしまうほどの雰囲気と容姿。紛うことなき僕が焦がれた先輩だ。空いたい人は誰かと質問されれば真っ先に思い浮かぶ人が、隣にいる。
「……えっ、は、あ?」
その異常さに、僕の脳はようやく気がついた。
ばっと辺りを見渡す。しかし、そこは来た時と何一つ変わらない土手の上だった。花びらが流れる川も、さわさわと揺れる桜の木も、僕が座るベンチも。間違い探しのように違和感を挙げるとするならば、あめがいない。代わりに、凪葉先輩がいる。
「えっ、ええ……っ?なんで……」
「どうしたんだい。そんな、狐に化かされたような顔をして」
いや、狸に化かされると言うのだっけと、顎に指を当てて考える凪葉先輩は、まるで普通だった。僕は目を白黒させる。一体どうして凪葉先輩がここに居るのか。これは夢か幻か。頭がこんがらがる。思考回路が回らない僕を、茶色がかった瞳が見上げた。
「まあ、どっちでもいいか。それよりも、いくら心地よいからって、春の空の下でうたた寝するのはあまり良くない」
「あ……、はい。というか、寝てました?」
「うん、寝ていたね。それもがっつりと」
おかしそうに笑う凪葉先輩を見つめていたら、心のつっかえなんてどこかへ行ってしまった。そうだったんですかと頷いて、再びベンチに腰を下ろした。
「起こしてくれてありがとうございます」
「ん、いいよ。むしろ、穏やかな睡眠を邪魔してすまない。でも、やっぱり少し心配になっちゃってね」
普通、人はそんなことで他人を起こさないだろう。程よい友人関係だったら戸惑うし、親友だったら面白半分で寝かしたままにするだろうし。やっぱり、凪葉先輩は優しい。そして、先輩はそういう人だ。
「いいね、この場所」
「良いですよね。特に、座りながら春を拝めるところが」
「ふふっ、最もだよ。桜並木の下で、小川を前に、空を仰ぐ。春を目一杯詰めた景色だね」
素敵な言い方だと思った。凪葉先輩はいつも言葉選びが上手い。輪廻転生とか魂とか哲学的なことを考える人は、言葉にも博識があるのだろうか。
「心地よいなあ。ずっとここに居たいくらいだ」
「そうですね」
強く共感する。きっと、僕と先輩のここに居たい意味は違うんだろうな。僕は、貴女という人と一緒にいたい。それが叶うなら、別にここじゃなかったって良い。殺風景な場所でだって良い。
足を組んで斜めに顔を傾ける先輩の姿をそっと盗み見た。春風に吹かれてさらさらと流れる髪に触れたい衝動が込み上げる。アーモンド型と言うのだろうキリッと整った瞳も、桜の花びらで色付けたような唇も、血色の良い滑らかな頬も、その全てに惹きつけられる。
と、先輩と目が合った。
「ん、どうしたんだい?」
そう言って悪戯っぽい微笑みを見たら、途端に恥ずかしさが襲ってくる。ぱっと視線を外した僕を面白そうに笑う声が聞こえたかと思ったら、凪葉先輩は立ち上がった。
「そろそろ行こうか」
「え、行くって……?」
何処にと聞く前に、すらりと細長い指が額をポンっと叩く。
「さあ、起きなよ、浅緋くん」



