日光の差し込む窓をカリカリと軽く引っ掻く音が聞こえた。それはあめが僕に送る合図だ。
「行くか、あめ」
「にゃぁん」
あめが微笑む。そんな気がした。
靴紐を結んで、行こうかと呟いた。扉の前で待ち構えるあめが鳴く。外に出た瞬間に全身が優しい温もりに包まれた。微かに甘い空気を胸いっぱいに取り込んで、あめと共に階段を降りた。軽い身のこなしで下りるあめは、地面についた途端に駆け出した。
先導するように前を走るあめについて行く形で僕も走りだす。一日を考えるとまだ涼しい時間帯。太陽が顔を全て露わにする前にあめの散歩をする。それが僕の、僕らの日課だった。
猫が飼い主と共に散歩することは珍しい。そもそも猫は、犬のように習慣的な散歩は必要ないらしい。キャットタワーなんかの上下運動だけでも十分だと。それに、猫は自由気ままなであり、飼い主に合わせて散歩するなどまず有り得ず、下手に外に出すと事故や怪我のリスクもあるといった情報をネットで見つけた。
だから、僕も最初は拒んでいた。あめが外に出たそうにしていても、どうしても不安が勝っていたが、愛くるしい瞳に見つめられて折れた。猫は気まぐれだとあめを送り出そうとしたが、あめは外に出ると僕をじっと見つめたまま動かなかった。それはまるで「付いて来て」と言っているようで、疑いを持ちつつも散歩についていった。あめは僕を気にしながらも地面を駆けた。僕が止まれば止まるし、走れば連動するように走る。突飛な行動は特になくて、出かけているような気分だった。それ以来、僕とあめはこうして散歩を日課としている。
僕と共に歩道を歩くこともあれば、塀の上に登って僕よりも高い目線で駆けることもある。縁石の上を走る姿は見ていて少しヒヤヒヤするけれど、あめはバランスを崩すことなく、むしろそこがあめだけの道のように走る。リードを付けることはない。物理的な繋がりがなくても、僕とあめは心で繋がっている。そんな気がする。
向かい側から歩いてくる柴犬を連れた女性に会釈をした。
木漏れ日の雨を浴びながら並木道を通った。
どこかで鳴いている鳥の囀りを聴きながら眩い太陽を見た。
線路の側の道でホームから出たばかりの電車と競争をした。
あめも僕も疲れることを知らなかった。アドレナリンのせいか、これは。走っている間は心も身体も軽い。あめとなら、どこまででも行ける気がした。
1年前の僕ならば、こんなにも晴れた心地で猫と散歩をしているだなんて、夢にも思っていなかった。大切な人を失ったことで空いた心の穴が、いつまでも埋まることなく、むしろ風にさらされてどんどん削れていくのだろうと、そう絶望していた。少なくとも、その当時は。
変わったのはあめと出会ってからだった。
「行くか、あめ」
「にゃぁん」
あめが微笑む。そんな気がした。
靴紐を結んで、行こうかと呟いた。扉の前で待ち構えるあめが鳴く。外に出た瞬間に全身が優しい温もりに包まれた。微かに甘い空気を胸いっぱいに取り込んで、あめと共に階段を降りた。軽い身のこなしで下りるあめは、地面についた途端に駆け出した。
先導するように前を走るあめについて行く形で僕も走りだす。一日を考えるとまだ涼しい時間帯。太陽が顔を全て露わにする前にあめの散歩をする。それが僕の、僕らの日課だった。
猫が飼い主と共に散歩することは珍しい。そもそも猫は、犬のように習慣的な散歩は必要ないらしい。キャットタワーなんかの上下運動だけでも十分だと。それに、猫は自由気ままなであり、飼い主に合わせて散歩するなどまず有り得ず、下手に外に出すと事故や怪我のリスクもあるといった情報をネットで見つけた。
だから、僕も最初は拒んでいた。あめが外に出たそうにしていても、どうしても不安が勝っていたが、愛くるしい瞳に見つめられて折れた。猫は気まぐれだとあめを送り出そうとしたが、あめは外に出ると僕をじっと見つめたまま動かなかった。それはまるで「付いて来て」と言っているようで、疑いを持ちつつも散歩についていった。あめは僕を気にしながらも地面を駆けた。僕が止まれば止まるし、走れば連動するように走る。突飛な行動は特になくて、出かけているような気分だった。それ以来、僕とあめはこうして散歩を日課としている。
僕と共に歩道を歩くこともあれば、塀の上に登って僕よりも高い目線で駆けることもある。縁石の上を走る姿は見ていて少しヒヤヒヤするけれど、あめはバランスを崩すことなく、むしろそこがあめだけの道のように走る。リードを付けることはない。物理的な繋がりがなくても、僕とあめは心で繋がっている。そんな気がする。
向かい側から歩いてくる柴犬を連れた女性に会釈をした。
木漏れ日の雨を浴びながら並木道を通った。
どこかで鳴いている鳥の囀りを聴きながら眩い太陽を見た。
線路の側の道でホームから出たばかりの電車と競争をした。
あめも僕も疲れることを知らなかった。アドレナリンのせいか、これは。走っている間は心も身体も軽い。あめとなら、どこまででも行ける気がした。
1年前の僕ならば、こんなにも晴れた心地で猫と散歩をしているだなんて、夢にも思っていなかった。大切な人を失ったことで空いた心の穴が、いつまでも埋まることなく、むしろ風にさらされてどんどん削れていくのだろうと、そう絶望していた。少なくとも、その当時は。
変わったのはあめと出会ってからだった。



