第五章 ありがとう
体の感覚的にはまだ五分ぐらいしか経ってないような気がするのに、意外にも二十三時を過ぎていた。徘徊中の警察に見つかれば即学校に通報されるのに、躊躇することなく私たちはここに居続ける。
今が一番きれいであろう、澄み渡った空を二人で何時間も眺めた。
「私、嘘珀に謝りたいことがある」
「謝りたいこと?」
「あの時はウザイとか大っ嫌いとか、死ねばいいのにとが酷いこと言ってごめんないさい。嘘珀のことをたくさん傷つけてしまった。私、五年間、ずっと後悔してたの。なんであんなこと言ったんだろう、って。ずっと謝りたかった、反省はしてたの。でもいざ言おうと思ったら喉が締め付けられるような感じがして、謝れなかった。ほんとにごめんなさい……自分勝手だけど、許してほしい。わがまま言うけど、また嘘珀と話したい」
「すごくショックだった。俺、春子から嫌われてるのかなって。悲しかった」
「…ごめん、ごめんなさい」
「でもいつか、この日が来ることを願ってた。それが今叶って生きててよかったなって思う。俺もこれから、春子と話したいよ」
「……ありがとう。嘘珀」
泣きたいのはそっちだろうに、私が泣いてしまった。安心したからだろうか、嫌われなかったからだろうか。
きっと安心したからだろう。
ようやく言えたと。長い年月がかかってしまったけど、「ごめんないさい」って。ずっと言いたかった。面と向かって心から謝りたかった。
五年間、顔もまともに合わせきらず、自分から話しかけることもできなかった。
あの時、嘘珀が話しかけてくれなかった、今も合わせる顔がないまま、卒業していただろう。
ほんとにごめん。
そしてほんとにありがとう。
ありがとう。ありがとう。
「「ありがとう、えっ?ハモった?笑」」
同じタイミングで、全く同じことを言った。
久しぶりにお腹を抱えて笑った。
前に警官がいるのにも関わらず笑った。警官は私たちに気づくことなく前を通って行った。
やっぱり君には笑っていてほしい。
その笑顔が好きだ。大好きだ。たまらなく大好きだ。ずっと見ていたい、飽きることなんてない。
笑顔だけじゃない。全部好きだ。良いところも悪いところも全部。
好きで思い出した。
「ねぇ急なこと言ってもいい?」
「何?」
「嘘珀って愛莉と付き合って」
「ない。あんな奴と誰が付き合うもんか。死んでも嫌だわ。好きでいてくれるのは嬉しいけど、勝手に付き合ったことにされてるのは引いたわ〜。なんか、全部が受け付けられない。性格も性格も」
「性格二回言った意味笑」
「こう見えて俺…ずっと好きな人いるから」
「……」
照れ臭そうに笑う君を見て、あれは嘘だったということを知れた安堵感と誰なんだろうという疑いの眼差しを向けた。
「なぁ月が綺麗だよな。これからもずっと一緒に、月を見てくれるか?」
「前提あるからわかんないんだけど」
前の話の流れからしたら……恋愛のほうだけど、勘違いだったら恥ずかしい。
ふふと笑う嘘珀に小さな声で聞いた。
「……どっちの意味?期待してもいいの?」
「さぁどうだろう笑」
「勘違いだったら恥ずかしいからどっちか言って!」
「ロマンチックなほう、かなぁ……」
どう返そうか迷った。断る断らないではなく、なんという表現を使って返そうかだ。
悩んで悩んで、考えると逆に照れくさくなった。どうしよう。恥ずかしい。
でも返事は返さないと。
私は素直に好きと伝えられない。
迷った挙句、“月”を使うことにした。目線は上にして月を眺めながら。
「…綺麗な月を見れて嬉しいです。でも月は、ずっと前から綺麗ですよ」
「ほんとに!?」
「うん。ほんとに」
「よっしゃ!?マジで!?嘘じゃない!?」
「嘘じゃないって!」
「今日が満月でよかったぁ。半月とか三日月のときは言いたくなかったんだよね」
「いつでもいいよ。綺麗な月を見れたから」
生きててよかった。大好きな君に想いが届いたから。
最後の別れにキスをした。初めてのキスは少し塩辛かったけど、それに月が優しく微笑んだように感じたのは私だけじゃなかったようだ。
〜
明日、また会えたらいいな。さっきまでずっと一緒にいたのに、もう寂しいと感じた。別れ惜しかった。
でも一旦別れなきゃいけなかった。お互いにまだ、やらなきゃいけないことがあったから。
約一ヶ月ぶりに戻ってきた我が家。
玄関の前に立って大きく深呼吸をした。インターホンを押してドアを開けてもらう。
インターホン越しに「はぁーい」と聞き馴染みのある声が聞こえた。
なんて言おう。謝るべき?それとも名前を呼ぶべき?ただいまって言うべき?
そう考えてる間に鍵が開く音がした。
急に緊張してきた。怖い、怖い。
「は、春子……春子なんでしょ…?」
「ごめんなさ」
「あぁ……よかった。無事でよかったぁ」
あんなに怖かったお母さんが、目を鋭くとがらして睨みつけ、心臓を締め付けるような声だったお母さんが。
私に泣きながら抱きついた。
あんたではなく“春子”と名付けられた名前で呼んでくれた。
変わってしまったことが怖い、と言うよりも不思議のほうが大きかった。
後ろからバタバタとお父さんもやってきて、母と同様私に抱きつこうとした。
泣いてる……?
「お母さん……?お父さん……?なんで泣いてるの?おかしいよ」
「泣くに決まってるでしょ!?一ヶ月も帰ってこなかったのよ!?おかしいのは春子のほうでしょ!?一ヶ月も姿表さないで!こんな泥まみれになって、服だって濡れてるじゃない!まさか、溺れたわけじゃないでしょね!?」
「あっ、いや、これは。そのぉ……」
「春子っ!どこに行ってたんだ!?ずっと探してたんだぞ!?連絡もしたのに返事もしないで!?無事に帰ってこれて泣かずにいられるかこのバカ者!」
「……だって私なんかいてほしくないでしょ。いなかったほうが二人とも清々すると思って……」
「んなわけないでしょ!このバカ!ほんとバカ!私たちがどれだけ探したか、知りもしないで、清々なんて言わないで!」
「…………」
「中に入って話そう。ここだと近所迷惑になる」
前とはまるで別人になった二人に背中を押されながら、久しぶりの我が家に帰ってきた。
何が起こってる、自分でもわからない。
汚れた衣服を脱ぎなさい、風邪引くからきれいなの着なさいと二人に急かされ、一ヶ月ぶりに新しい服に着替えた。
裾を通したが、なんだかすごくスースーした気持ち悪い。
リビングに連れて行かれると、二人は私の前に立って頭を下げた。
「ちょっと何。二人して」
「まずはごめんなさい。私たちが悪かったわ。春子には酷いことをしたって反省してる。警察の方にも酷く怒られたわ」
「警察?何言ってるの?」
「最初この家を出て行くって言ったとき、冗談かと思ったの。反抗期だし、こう言う時期かと思った、そのうちすぐ戻ってくるだろうって。甘い考えで特になんともなく過ごしてたけど」
「夜になっても春子は帰ってこなかった。連れ去られたんじゃないか、どこか遠くに行ってしまったんじゃないか。そう思ったら急に怖くなって。不安でしかなかった」
「お父さんね、心配して車ぶっ飛ばして、警察署に行って。娘が出て行きました。探してくださいって泣きながら頼んだのよ」
「……お父さんが?そうなの……?」
「愛してるたった一人の娘がいなくなったんだからな。そりゃ泣くに決まってるだろ」
“不安になった”“泣きながら”“愛してる”“一人の娘”
全ての言葉が信じられなかった。そんなふうに思っててくれたの?私のこと愛してくれたの?一人の娘として可愛がってくれてたの?聞きたいことがたくさんあった。
でも今は二人の話を聞きたかった。
「捜索願も出した。警察に捜査を依頼した。仕事を休んで街を探した。住民に写真を見せて見かけたら連絡するように言った。できることは尽くしたけどダメだった。探しきれなかった。親失格だ」
スマホの画面を見てびっくりした。電話帳やラインに見たことない人の名前が少なくとも五十人は載っていたから。
ほんとに探してくれてたんだ。
信じれた。ほんとに心配してくれてたんだ。
「……二人とも私のこと好きじゃないじゃん。なのにどうして、そこまで?」
「好きじゃないわけないじゃない!そりゃ腹立つときもあるよ。お前って言われたり口が悪かったり。髪だって高校生の間はきれいな黒髪でいてほしかったわ。せっかく枝毛もないストーレートなのに。痛むじゃない」
「ピアスだって一人で開けたんだろ?自分の手で耳に穴開けて痛くなかったか?怖くなかったか?」
「それは全然大丈夫…。耳たぶだから……」
「春子に思うことはいっぱいある。いいことも嫌なことも。それでも私たちは春子のことを愛してるわ」
「今まですまなかった……。許してくれ」
「悪いのは二人じゃない。謝らなきゃいけないのは私のほう。反抗的な態度とって、迷惑ばっかりかけてごめんなさい」
「ようやく生きた心地がするなぁ……」
「ほんと、その通りねぇ」
「……大袈裟だよ笑」
最後はみんなで笑った。
冷たく凍った団らんも、暖かく温もりを取り戻し、また穏やかな日常がスタートする。
月も私たちに微笑んでくれた。
〜
手や足についた砂を落とし、髪の毛を根本から毛先まで一ヶ月分ゴシゴシ洗った。おかげで頭の皮膚がハゲそうだった。
ふわふわなタオルで水滴を拭き取った。
「お風呂ってこんなに気持ちよかったっけ?笑タオルって肌に当たるとこんなにサラサラしてたっけ?笑」
一ヶ月家から離れるだけで感覚がこんなに変わるのかと正直びっくりした。
きれいに現れたパジャマに身を包み、衛生面を考えて金髪の髪はくるりとお団子にしてまとめた。
「わぁ、これ今の時間で作ったの?すごっ。めっちゃ美味しそう!」
リビングに行くと粒の大きさが同じでツヤが美しい炊き立ての白米に、薄すぎず濃すぎずがちょうど良い味噌汁。私の大好きなナスの味噌汁だ。それに五、六品ほどおかずが並べられており、ホテルバイキングに来た気分になった。
「やっぱ母さんの料理に限るなぁ」
「お父さんは夜ご飯食べんじゃないの?」
「第二弾ってやつだよ」
「私の分も残しておいてよ!?」
「足りそうになかったら追加で作るから。金銭気にしてあんまり思う存分食べれてないでしょ?食べ盛りなんだから思いっきり食べなさい」
「そうだけど、今夜中の十二時だから消化によくないけどね笑」
「今日は気にしない!ささ、食べなさい。お父さんは炭酸ジュースとおつまみでいいかな?」
炭酸ジュース?と首を傾げた。お父さんは酒好きだ。私が家を出て行く前の日も何倍も飲んで酔い潰れていたぐらい。
「お父さん、お酒やめたの?あんなに好きだったのに」
「これも春子への償いみたいなもんだよ。体にもいいし、これを機に辞めようと思ってな」
「お父さん、頑なに飲もうとしないのよ。褒めてあげて笑」
「わーすごーい」
「棒読みかよ笑」
「んー!この唐揚げ美味しい!やっぱコンビニの半額シール付きよりこっちのほうが美味しい〜!」
「それならよかったわ。こっちのもよかったら食べてみて。頑張って作ってみたから」
「美味しいぃ!家のご飯最高〜!」
私の箸は止まらない。ゆっくりよく噛んで食べたらお腹いっぱいになるはずなのに全くその気配が見えない。パクパク食べ進めてしまう。
その食欲の猛威に母は言葉を失った。けど嬉しそうだった。もっと食べろもっと食べろと甘やかしす。
誰も取る人なんかいないのに自分専用のお皿に先取りしたので、父には鼻で笑われた。
「ずっと考えてたんだけど、一ヶ月もどこで寝泊まりしてたんだ?ほら、あそこにある格安ホテルとか?学生証見せたらもっと安くなる……」
「生徒証ないし、そんな豪華な生活できないよ笑普通に近くの河川敷で寝てたよ」
二人が声を揃えて驚いた。表情もほとんど一緒で思わず笑ってしまった。
こんなに暖かく食卓を囲めるときが来るなんて思ってもなかったので嬉しい。お母さんもお父さんも笑顔で、ちょっとまだ人が変わったみたいで怖いけどそれでも、あぁ今は私のこと愛してくれてるんだなぁと思う。
「夜とかは寝そべったら星がきれいだったよ」
「レジャーシートとかもなしてそのまま?ダイレクトに?」
「うん、そのまま。地面にゴローンって」
「えぇ〜!痛くなかった?だって土の上でしょ?硬いし筋肉痛になりそう…」
私の後ろ、ソファーに座っていた母が私の肩を揉んだ。手は小さく華奢だけど力はゴリラ並みに強くて神経が切れるかと思った。
「いててて。お母さんこんなに力強かったっけ?お父さんより強いかもよ。相当痛いもん」
「ごめんっ!なんか思ったらつい……。痛かっただろうなぁて思って」
「筋肉痛にはならなかったけど、初めは全身バキバキになって朝起きるのが苦痛だったよ笑それも慣れたけどね。ありがと、気持ちよかったよ」
母からのごめん。こう言う戯れ合いでも、冗談でも。気持ちがこもってなくてもいいから聞いてみたかった。
それが今聞けた。嬉しかった。
「雨の日はどこで過ごしてたんだ?地面も一時濡れるだろ。一日中突っ立っとくわけじゃあるまいし……」
父はずっーと質問してくる。ウザいわけじゃないどそれ気になる!?ってことまで聞いてくる。
「雨の日〜?雨の日は午前中は図書館とか商店街とかに入って閉店ギリギリまで雨宿りさせてもらって、夜は公園の木の下に……」
突然父からの罵声が私の耳を貫いた。「こらっ」と言ったのか「おいっ」と言ったのか聞き取りづらかったけど、怒られたのは確かだ。
母は父を止めるように前に出た。
また前みたいに怒られるのかなぁ。私今、なんかやらかしたっけ。自分で理由を探したけどわからなかった。
父の顔は崩れていた。泣いてる…?
「お父さん?なんで泣いてるの?」
「……辛い思いさせてたなぁと思ったら、申し訳なくなってなぁ。ごめんなぁ春子」
「春子、お父さんねすごく後悔してるの。春子が出て行ってあげるって言ったときも、ずっと電話かけたりさっき見せた電話帳に入ってる人全員に電話かけて目撃してませんかって。片っ端から聞き続けたのよ」
自分のスマホを見て、不思議に思ったことが今解けた。着信履歴には二人ともから連絡は来てたけど。
母よりも父からのほうが圧倒的に連絡がかかってた。
一日に三百件を超える日だってある。
「私のこと、ほんとに心配してくれてたの?こんな私でも二人は愛してくれてたの?」
「当たり前じゃないっ!何バカなこと言ってんのよ!やっぱ家出して頭のネジどこかに置き忘れたんじゃないの!?」
「既読無視でもよかった。見てくれるだけでもよかったのに、それすら春子はしてくれなかった」
「だって二人は私のことちゃんと愛してくれてなかった……!」
「「……それは…」」
あれは愛してくれてたって言えない。第一娘に手をあげる時点でもう。怪我だってした。これまで私の身体にも顔にも、心にも。たくさんの傷がついた。だから私は二人のストレス発散用のおもちゃとして扱われてた。そんなの私のこと愛してないって思っちゃう。
あんたって呼んでほしくない。
私にも名前はある。“春子”っていうか温かい名前が。
お母さんは私のお母さんだけど。お父さんは私のお父さんじゃなかった。お母さんは一回離婚して、今のお父さんと再婚した。
中学生の頃だった。このぐらいの年になれば離婚した原因も、再婚したした意味もわかってた。
お母さんにも相談をたくさん受けた。もし再婚しても春子は悲しまない?って。哀しみはしない。でも心のどこかではモヤモヤしてた。でもお母さんがそれで幸せになれるのなら私は構わなかったから賛成した。
初めは二人とも優しかった。上手くいきそうだった。お父さんも私のこと“いい子”って言ってくれて、いい家族になりそうだなぁって思ってた。
でもそれは長く続かなかった。すぐに崩壊した。もう二度と立て直せないんじゃないかって思うぐらい。
お父さんは仕事がクビになって、家でお酒ばっかり飲んで。そんな母さんは一人で仕事してお金稼いで。しんどそうだった。私だって働けるなら働きたいけど子どもだし、逆に邪魔になる。
家族を繋ぐ糸が切れそうになったとき、それに畳み掛けるようにしていじめが始まった。もともと“川野”だった。それが“桜田”に変わって、「お前ん家離婚したのか?笑」とか色々いじられる。
家に帰っても険悪なムード。そんな状況で相談できるわけがないじゃないか。言ってもどうせ、私のことなんか興味ないだろうし付き合ってられないだろうと思って黙っておいた。けど。
でも今なら聞き入れてくれるだろうか。ちゃんと最後まで話を聞いてくれるだろうか。
「私ね、お母さんが再婚して今のお父さんになったとき。いじめられたの」
「……えっ?」
「春子が、いじめ?られた……?」
「そう。私がいじめのターゲットだった」
「なんで早く教えてくれなかったんだ!?」
「お父さん、最後まで春子の話を聞きましょう」
激怒したお父さんは我に帰ったかのように咳払いを一つして私に続けるように言った。
「初めはね、なんともなかったよ。どうせすぐ収まるだろうって。まぁ結局、そんなこと全然なかったけどね」
「いつ、よくなったの……?」
恐る恐る母が尋ねてきた。父は顔を顰めている。やっぱり怒っているようにも見える。
「もうすぐよくなるかなぁ。助けてくれた人がいるの。こんな私に寄り添ってくれた人が」
「もうすぐよくなるって、高校になった今でも続いてたってこと……?何されてたの?」
「最近ではまぁ…私物隠されたり押されてほら、こんな感じで怪我したりとか。制服がないからもう一回買ってほしいな笑」
手首を見せた。父は口を開けて、母は口元に手を当てて驚いた。どこかいったと思えば保冷剤を持ってきて私に冷やすように促した。
俯きながら父は私に尋ねる。
「なんでないんだ、制服」
「いじめっ子たちにビリビリに破かれたの」
「……」
「まぁそう言うことだから。でももうすぐ終わると思うけどね」
「……なんで俺たちに言ってくれなかった?助けれたかもしれないのに。言ってくれてたら春子はそんな辛い思いしなくて済んでた!」
「……ごめんなさいっ。春子、私たち、春子のとこ助けられなかった。親は子どもを助けることが仕事なのに、何一つ手助けできなかった。ごめんなさいっ」
「私がダメだった。二人だけのせいじゃない。私からも謝らないといけない。迷惑かけてごめんなさい」
三人で抱き合った。もうすぐ大人になる私と大きな大人三人で。泣きながら抱き合った。苦しくなるぐらいギュッと。
小さな家、小さな部屋、ひっそりとした三人だけの空間に、三人の泣き声が響く。
私はあとどれだけ泣けばいいんだろう。ここ最近、泣くことしかできてない。
「これからは私たちに言って!あなたは子ども!子どもはね、迷惑をかけて生きる生き物なの。約束して。今ここで、三人で指切りしましょ。これからは頼って、話を聞きましょう」
「こんな俺だけど、春子には頼ってほしい。父親として、情けないことはやめる。俺からの約束だ」
「じゃあ……約束っ!」
三人の啜り泣く声はいつか笑いに変わるだろう。
この指を切れば私は二度目の人生がスタートする。
次はもっと、笑って生きられますようにと願いながら君にありがとうを伝えたい。
あの時私に声をかけてくれてありがとう。
こんな私に寄り添ってくれてありがとう。
私のことを叱ってくれてありがとう。
気づかせて、教えてくれてありがとう。
謝る勇気をくれてありがとう。
——大好きな君へ、ありがとう
エピローグ
「よく寝れたぁ。やっぱり芝生より家のベッドがいいよ〜」
私の一言に二人が微笑んだ。
「なんか生きた心地がするな」
「私たちもほっとして爆睡よ笑。実は夜も二人で泣いちゃった」
「そんな心配してたの?笑」
「朝からまたバカなこと言わないで!」
「俺は、死んでも春子を守るって心に決めてるからな。心配するに決まってる」
真剣な顔で死んでも守るって言われても、お父さんの口から出てきた言葉だからこそおもしろくて笑ってしまった。
「何笑ってる。俺は真剣だぞ」
「いや、前までなんか、やばかった人が何言ってんだろうって思って」
「それはごめんなさいって……」
「じゃあ守ってね笑」
穏やかな昼。平和な会話。何をしても何を話しても、笑って過ごせる。
この三人で感じる幸せはきっと本物だろうと思った。
朝目が覚めると川の音も蝉の鳴き声も、散歩する犬の鳴き声も、芝生がさらさら揺れる音も聞こえないことに「家に帰れたの、夢じゃなかったんだ」と改めて自覚した。
次の日、起きたのは正午過ぎだった。学校に行こうと準備したのに、疲れたのかほっとして熟睡したのか、全く目が覚めなかった。
二人はお昼ご飯を食べていて、どうして起こしてくれなかったのか聞いたら、一回起こしに来てくれたのらしいがいびきをかいてぐっすりだったらしい。
早く伝えたい。会って伝えたい。ちゃんと話せたよって。謝れたよって。嘘珀のおかげだよ、ありがとうって。
嘘珀もおじいちゃんと話ができてたらいいな。嘘珀ならきっとできてるはず。
「そう言えば、春子が言ってた助けてくれた人って誰なんだ?」
「あっそれ、私も気になってたの」
「んーとね……。幼稚園、引っ越してきたときからずっと一緒にいてくれて、優しくて、私の大好きな人。って言えばわかりやすいかな……?」
「「……誰だろう?」」
「誰だろうね?笑」
「その誰かさんにありがとうって伝えれた?」
「ううん、まだ。だから今日、会いに行ってくる。多分またあの河川敷に来てくれると思うから」
「そっか、春子にも好きな人がいるんだね」
「思ってること、ちゃんと伝えてこいよ」
「うん、わかってる笑」
〜
「じゃあ行ってきます」
「なんかあったらすぐ連絡してね、駆けつけるから」
「心配しないで、わかってるから。大丈夫」
「いってらっしゃい。あんまり遅くならないようにな。連絡ちょこちょこ入れるから」
「大丈夫だって!笑お父さん、心配性はほどほどに」
心配してくれるのをありがたいと思いながら、二人に見送られて家を出て行った。
日が沈んで真っ暗になりそうだがまだ若干薄明かりが私を河川敷を導いてくれる。
「えっーと。確かここを曲がったら……あっ」
「……やっぱり、来ると思ったよ」
「私もそう思った。嘘珀ならここにいるだろうって」
私の微かな声に反応して振り向いた。黒髪が優しく揺れる。体をこちらに向けて、お互い数秒見つめ合う。
会いたかったよ。
素直にそう伝えるのはまだちょっと恥ずかしかった。考えるだけで顔が熱くなるのはなんでだろう。好きって難しい、複雑だな。恋の病ってこういうの状態のこと言うのかな。
謎の緊張が私を襲う。ゆっくり獲物を狙う虎のように近づいて、嘘珀の横に座った。
心臓のバクバク聞こえてないかな。緊張してるのバレてなかったらいいな。手汗かいてるけど大丈夫かな。
「隣座ってもよかった、ですか?」
「なんで急に敬語?笑」
「いや、なんか……わかんない笑」
嘘をついた。ほんとは緊張してるのに。でもこんな嘘はついてもいいでしょ?嘘珀も許してくれるでしょ?
オドオドしてる私に「何それ笑変なの笑」っていつもの笑いで緊張を和らげてくれた。本人はそんなことで緊張がほぐれるなんて思ってもないだろうけど。
「今日の放課後、あの動画先生たちに見せてきたから。安心して、もう大丈夫」
「なんか、わざわざありがとう。先生たちどんな顔してた?」
「相当怖かったよ。なんか俺が怒られてるんじゃないかって思ったよ。すぐ職員室言って家に電話してたし。部活中でも容赦なく引っ張り出して校長室行きだだだし。もし明日学校来たら本人から直接謝られると思う」
「そっか」
これでやめばいいな。
これからの生活が楽しくなればいいな。
「ありがとう」
「気にすんな。こっちこそ、言ってくれて嬉しかった」
言いたかったありがとうは、ちゃんと目を見てはっきり言えた。
私は変われたんだ。
これも全部、嘘珀のおかげだ。これからもどれだけ迷惑をかけるか。未来予知なんてできないけど
「また頼ってもいい……?」
「もちろん」
ピースサインをして、私の頭をわしゃわしゃ掻いた。髪が崩れるのに……。でもいっか。嘘珀だし。今日は特別に許してあげよう。
「あぁ疲れた〜。腹減った〜」
今にもお腹が空きすぎて死にそうな声で、少し傾斜のある芝生に寝転がった。
その額には少し、汗が滲み出ている。髪もボサボサだし、部活が終わってから来たらしい。いつも見る制服姿とは違って、試合用のユニフォームに身を包んだ姿は違和感があったけど新鮮で。
「……かっこいい」
「えっ」
つい思ってしまったことが口に出てしまった。恥ずかしい、心の中で言ったつもりなのに。私の顔が真っ赤になるのは当たり前だが、私よりも嘘珀のほうが赤かった。
「あっごめん、ちょっとつい思っちゃって…」
「なら謝らないでよ笑」
クスクスと笑う。何がおかしいのかわからない。
「なんで笑ってるの。私変な顔してる?」
「いや、褒め言葉言って謝る人初めて見たから。好きな人にかっこいいって言われても悲しくなんかならないんだし。むしろ嬉しい…」
「間に受けないでよね!じょーだんだよじょーだん!」
「はいはい。照れてるのはわかってるから笑」
「て、照れてないしっ!ちょっと黙って!」
なんで私のほうが照れてるのよ。おかしいじゃない。病院で診察してもらったほうがいいかもしれない。これは重症だ。もう治らないかもしれない。治療の余地なし。
川沿いの電柱にライトがつき始めた。もうこんな時間か。まだ来たばっかな気がするのに、意外にももう三十分が経った。
十八時……か。
「嘘珀はまだ、帰らなくていいの?」
「大丈夫。じいちゃんのことは気にしないでいいよ。今日は残り物で勘弁してもらうことにした。学校にも伝えた。明日休みだし、ちょっと相談窓口とか支援してくれる場所があるらしいから行ってみようかなって思ってる」
「……おじいちゃんと話せたんだね」
「あぁ。ちゃんと謝れたよ。じいちゃん、感動して泣いてた。辛い思いさせてごめんって逆に謝られてさ。俺まで泣きそうになったよ」
気づいてる?今もう泣いてること。笑顔だけどその目には確かに涙があった。月夜の光が嬉し涙が輝いて、宝石のように。
あぁよかった。私には関係ないことだけど、心からよかったって思う。
辛い思いをしていた同士。似たもの同士の私たち。
私はなんにも力になれなかったけど、役に立つことはできなかったかもしれないけど君が笑顔になれたなら、私は嬉しいな。
「そっか、よかったね」
「春子はどうだった?思ってたことちゃんと伝えれた?」
「ばっちり。嘘珀のおかげだよ。ありがとう」
「春子の力になれたならよかった」
「ちなみに私の親も泣いてたよ。ごめんごめんって。今日もここに来るまで大変だったんだから。すごい人が変わったみたいに心配しょうになってさ。私がいなくなって生きた心地しなかったとか言ってたし。なんかすごい心配してくれてたみたい」
「そりゃするだろ。愛してる一人娘が家出して一ヶ月も帰ってこなかったら」
急な突っ込みに動揺しつつも、二人でよかったねよかったねと抱き合った。
「昨日は満月だったけど、今日の月も満月みたいだね」
「そこらへんあんまり区別つかないよな。ならずっと満月だったらいいのにな」
「そんな欲望に溢れたこと言わない!」
こう言うところも昔から変わってない。欲望まみれでこうだったらいいのにな、こうなってほしいなっていう思いしかない。
そういうところも全部、好きだけど。
「私、そろそろ帰るね。お父さんからの着信がやばいから。まだ心配みたい笑」
「いいお父さんじゃん」
「そうなのかも笑私が知らなかっただけで、根はすごく優しいんだと思う笑ツンデレなのかな?笑」
「……明日は来る?」
「またあの道から連れて行ってくれるなら、ついて行ってあげてもいいけど?」
「じゃあここで待ってて。迎えに来るから」
反対の道、また朝が来るまで待たなきゃいけない。せっかく会えたのに、もうさよならを言わなきゃいけない。
ほんとはまだ、一緒にいたかったなぁ。でも帰んないとお父さんが鬼になっちゃう。
最後に聞きたいことがある。私のわがままを聞いてほしい。
「嘘珀っ!」
「何!?どした!?怪我した?気分悪い?」
「違う……そんなんじゃない……」
「なになに!?」
「……明日は晴れるかな?」
「えっ!?」
「意味わかる……?」
「もちろん届いてるに決まってる。心配すんな。今日も月が綺麗だから。——る」
「……」
「じゃな」と言って普通に立ち去っていく。
耳元で囁いた君はなんとも思ってないだろう。私があんな質問したのが間違えだったのかもしれないけど、顔がもう真っ赤だよ。
今日も雨が止みませんねって、聞こえないように後ろ姿を向ける君に言ったけど。
街灯に照らされた君の顔は——なぜか赤くなっていた。
私から嘘つきな君へ、好きだよと。
いつか素直に伝えれる日が来ますようにと。
星に願った。
体の感覚的にはまだ五分ぐらいしか経ってないような気がするのに、意外にも二十三時を過ぎていた。徘徊中の警察に見つかれば即学校に通報されるのに、躊躇することなく私たちはここに居続ける。
今が一番きれいであろう、澄み渡った空を二人で何時間も眺めた。
「私、嘘珀に謝りたいことがある」
「謝りたいこと?」
「あの時はウザイとか大っ嫌いとか、死ねばいいのにとが酷いこと言ってごめんないさい。嘘珀のことをたくさん傷つけてしまった。私、五年間、ずっと後悔してたの。なんであんなこと言ったんだろう、って。ずっと謝りたかった、反省はしてたの。でもいざ言おうと思ったら喉が締め付けられるような感じがして、謝れなかった。ほんとにごめんなさい……自分勝手だけど、許してほしい。わがまま言うけど、また嘘珀と話したい」
「すごくショックだった。俺、春子から嫌われてるのかなって。悲しかった」
「…ごめん、ごめんなさい」
「でもいつか、この日が来ることを願ってた。それが今叶って生きててよかったなって思う。俺もこれから、春子と話したいよ」
「……ありがとう。嘘珀」
泣きたいのはそっちだろうに、私が泣いてしまった。安心したからだろうか、嫌われなかったからだろうか。
きっと安心したからだろう。
ようやく言えたと。長い年月がかかってしまったけど、「ごめんないさい」って。ずっと言いたかった。面と向かって心から謝りたかった。
五年間、顔もまともに合わせきらず、自分から話しかけることもできなかった。
あの時、嘘珀が話しかけてくれなかった、今も合わせる顔がないまま、卒業していただろう。
ほんとにごめん。
そしてほんとにありがとう。
ありがとう。ありがとう。
「「ありがとう、えっ?ハモった?笑」」
同じタイミングで、全く同じことを言った。
久しぶりにお腹を抱えて笑った。
前に警官がいるのにも関わらず笑った。警官は私たちに気づくことなく前を通って行った。
やっぱり君には笑っていてほしい。
その笑顔が好きだ。大好きだ。たまらなく大好きだ。ずっと見ていたい、飽きることなんてない。
笑顔だけじゃない。全部好きだ。良いところも悪いところも全部。
好きで思い出した。
「ねぇ急なこと言ってもいい?」
「何?」
「嘘珀って愛莉と付き合って」
「ない。あんな奴と誰が付き合うもんか。死んでも嫌だわ。好きでいてくれるのは嬉しいけど、勝手に付き合ったことにされてるのは引いたわ〜。なんか、全部が受け付けられない。性格も性格も」
「性格二回言った意味笑」
「こう見えて俺…ずっと好きな人いるから」
「……」
照れ臭そうに笑う君を見て、あれは嘘だったということを知れた安堵感と誰なんだろうという疑いの眼差しを向けた。
「なぁ月が綺麗だよな。これからもずっと一緒に、月を見てくれるか?」
「前提あるからわかんないんだけど」
前の話の流れからしたら……恋愛のほうだけど、勘違いだったら恥ずかしい。
ふふと笑う嘘珀に小さな声で聞いた。
「……どっちの意味?期待してもいいの?」
「さぁどうだろう笑」
「勘違いだったら恥ずかしいからどっちか言って!」
「ロマンチックなほう、かなぁ……」
どう返そうか迷った。断る断らないではなく、なんという表現を使って返そうかだ。
悩んで悩んで、考えると逆に照れくさくなった。どうしよう。恥ずかしい。
でも返事は返さないと。
私は素直に好きと伝えられない。
迷った挙句、“月”を使うことにした。目線は上にして月を眺めながら。
「…綺麗な月を見れて嬉しいです。でも月は、ずっと前から綺麗ですよ」
「ほんとに!?」
「うん。ほんとに」
「よっしゃ!?マジで!?嘘じゃない!?」
「嘘じゃないって!」
「今日が満月でよかったぁ。半月とか三日月のときは言いたくなかったんだよね」
「いつでもいいよ。綺麗な月を見れたから」
生きててよかった。大好きな君に想いが届いたから。
最後の別れにキスをした。初めてのキスは少し塩辛かったけど、それに月が優しく微笑んだように感じたのは私だけじゃなかったようだ。
〜
明日、また会えたらいいな。さっきまでずっと一緒にいたのに、もう寂しいと感じた。別れ惜しかった。
でも一旦別れなきゃいけなかった。お互いにまだ、やらなきゃいけないことがあったから。
約一ヶ月ぶりに戻ってきた我が家。
玄関の前に立って大きく深呼吸をした。インターホンを押してドアを開けてもらう。
インターホン越しに「はぁーい」と聞き馴染みのある声が聞こえた。
なんて言おう。謝るべき?それとも名前を呼ぶべき?ただいまって言うべき?
そう考えてる間に鍵が開く音がした。
急に緊張してきた。怖い、怖い。
「は、春子……春子なんでしょ…?」
「ごめんなさ」
「あぁ……よかった。無事でよかったぁ」
あんなに怖かったお母さんが、目を鋭くとがらして睨みつけ、心臓を締め付けるような声だったお母さんが。
私に泣きながら抱きついた。
あんたではなく“春子”と名付けられた名前で呼んでくれた。
変わってしまったことが怖い、と言うよりも不思議のほうが大きかった。
後ろからバタバタとお父さんもやってきて、母と同様私に抱きつこうとした。
泣いてる……?
「お母さん……?お父さん……?なんで泣いてるの?おかしいよ」
「泣くに決まってるでしょ!?一ヶ月も帰ってこなかったのよ!?おかしいのは春子のほうでしょ!?一ヶ月も姿表さないで!こんな泥まみれになって、服だって濡れてるじゃない!まさか、溺れたわけじゃないでしょね!?」
「あっ、いや、これは。そのぉ……」
「春子っ!どこに行ってたんだ!?ずっと探してたんだぞ!?連絡もしたのに返事もしないで!?無事に帰ってこれて泣かずにいられるかこのバカ者!」
「……だって私なんかいてほしくないでしょ。いなかったほうが二人とも清々すると思って……」
「んなわけないでしょ!このバカ!ほんとバカ!私たちがどれだけ探したか、知りもしないで、清々なんて言わないで!」
「…………」
「中に入って話そう。ここだと近所迷惑になる」
前とはまるで別人になった二人に背中を押されながら、久しぶりの我が家に帰ってきた。
何が起こってる、自分でもわからない。
汚れた衣服を脱ぎなさい、風邪引くからきれいなの着なさいと二人に急かされ、一ヶ月ぶりに新しい服に着替えた。
裾を通したが、なんだかすごくスースーした気持ち悪い。
リビングに連れて行かれると、二人は私の前に立って頭を下げた。
「ちょっと何。二人して」
「まずはごめんなさい。私たちが悪かったわ。春子には酷いことをしたって反省してる。警察の方にも酷く怒られたわ」
「警察?何言ってるの?」
「最初この家を出て行くって言ったとき、冗談かと思ったの。反抗期だし、こう言う時期かと思った、そのうちすぐ戻ってくるだろうって。甘い考えで特になんともなく過ごしてたけど」
「夜になっても春子は帰ってこなかった。連れ去られたんじゃないか、どこか遠くに行ってしまったんじゃないか。そう思ったら急に怖くなって。不安でしかなかった」
「お父さんね、心配して車ぶっ飛ばして、警察署に行って。娘が出て行きました。探してくださいって泣きながら頼んだのよ」
「……お父さんが?そうなの……?」
「愛してるたった一人の娘がいなくなったんだからな。そりゃ泣くに決まってるだろ」
“不安になった”“泣きながら”“愛してる”“一人の娘”
全ての言葉が信じられなかった。そんなふうに思っててくれたの?私のこと愛してくれたの?一人の娘として可愛がってくれてたの?聞きたいことがたくさんあった。
でも今は二人の話を聞きたかった。
「捜索願も出した。警察に捜査を依頼した。仕事を休んで街を探した。住民に写真を見せて見かけたら連絡するように言った。できることは尽くしたけどダメだった。探しきれなかった。親失格だ」
スマホの画面を見てびっくりした。電話帳やラインに見たことない人の名前が少なくとも五十人は載っていたから。
ほんとに探してくれてたんだ。
信じれた。ほんとに心配してくれてたんだ。
「……二人とも私のこと好きじゃないじゃん。なのにどうして、そこまで?」
「好きじゃないわけないじゃない!そりゃ腹立つときもあるよ。お前って言われたり口が悪かったり。髪だって高校生の間はきれいな黒髪でいてほしかったわ。せっかく枝毛もないストーレートなのに。痛むじゃない」
「ピアスだって一人で開けたんだろ?自分の手で耳に穴開けて痛くなかったか?怖くなかったか?」
「それは全然大丈夫…。耳たぶだから……」
「春子に思うことはいっぱいある。いいことも嫌なことも。それでも私たちは春子のことを愛してるわ」
「今まですまなかった……。許してくれ」
「悪いのは二人じゃない。謝らなきゃいけないのは私のほう。反抗的な態度とって、迷惑ばっかりかけてごめんなさい」
「ようやく生きた心地がするなぁ……」
「ほんと、その通りねぇ」
「……大袈裟だよ笑」
最後はみんなで笑った。
冷たく凍った団らんも、暖かく温もりを取り戻し、また穏やかな日常がスタートする。
月も私たちに微笑んでくれた。
〜
手や足についた砂を落とし、髪の毛を根本から毛先まで一ヶ月分ゴシゴシ洗った。おかげで頭の皮膚がハゲそうだった。
ふわふわなタオルで水滴を拭き取った。
「お風呂ってこんなに気持ちよかったっけ?笑タオルって肌に当たるとこんなにサラサラしてたっけ?笑」
一ヶ月家から離れるだけで感覚がこんなに変わるのかと正直びっくりした。
きれいに現れたパジャマに身を包み、衛生面を考えて金髪の髪はくるりとお団子にしてまとめた。
「わぁ、これ今の時間で作ったの?すごっ。めっちゃ美味しそう!」
リビングに行くと粒の大きさが同じでツヤが美しい炊き立ての白米に、薄すぎず濃すぎずがちょうど良い味噌汁。私の大好きなナスの味噌汁だ。それに五、六品ほどおかずが並べられており、ホテルバイキングに来た気分になった。
「やっぱ母さんの料理に限るなぁ」
「お父さんは夜ご飯食べんじゃないの?」
「第二弾ってやつだよ」
「私の分も残しておいてよ!?」
「足りそうになかったら追加で作るから。金銭気にしてあんまり思う存分食べれてないでしょ?食べ盛りなんだから思いっきり食べなさい」
「そうだけど、今夜中の十二時だから消化によくないけどね笑」
「今日は気にしない!ささ、食べなさい。お父さんは炭酸ジュースとおつまみでいいかな?」
炭酸ジュース?と首を傾げた。お父さんは酒好きだ。私が家を出て行く前の日も何倍も飲んで酔い潰れていたぐらい。
「お父さん、お酒やめたの?あんなに好きだったのに」
「これも春子への償いみたいなもんだよ。体にもいいし、これを機に辞めようと思ってな」
「お父さん、頑なに飲もうとしないのよ。褒めてあげて笑」
「わーすごーい」
「棒読みかよ笑」
「んー!この唐揚げ美味しい!やっぱコンビニの半額シール付きよりこっちのほうが美味しい〜!」
「それならよかったわ。こっちのもよかったら食べてみて。頑張って作ってみたから」
「美味しいぃ!家のご飯最高〜!」
私の箸は止まらない。ゆっくりよく噛んで食べたらお腹いっぱいになるはずなのに全くその気配が見えない。パクパク食べ進めてしまう。
その食欲の猛威に母は言葉を失った。けど嬉しそうだった。もっと食べろもっと食べろと甘やかしす。
誰も取る人なんかいないのに自分専用のお皿に先取りしたので、父には鼻で笑われた。
「ずっと考えてたんだけど、一ヶ月もどこで寝泊まりしてたんだ?ほら、あそこにある格安ホテルとか?学生証見せたらもっと安くなる……」
「生徒証ないし、そんな豪華な生活できないよ笑普通に近くの河川敷で寝てたよ」
二人が声を揃えて驚いた。表情もほとんど一緒で思わず笑ってしまった。
こんなに暖かく食卓を囲めるときが来るなんて思ってもなかったので嬉しい。お母さんもお父さんも笑顔で、ちょっとまだ人が変わったみたいで怖いけどそれでも、あぁ今は私のこと愛してくれてるんだなぁと思う。
「夜とかは寝そべったら星がきれいだったよ」
「レジャーシートとかもなしてそのまま?ダイレクトに?」
「うん、そのまま。地面にゴローンって」
「えぇ〜!痛くなかった?だって土の上でしょ?硬いし筋肉痛になりそう…」
私の後ろ、ソファーに座っていた母が私の肩を揉んだ。手は小さく華奢だけど力はゴリラ並みに強くて神経が切れるかと思った。
「いててて。お母さんこんなに力強かったっけ?お父さんより強いかもよ。相当痛いもん」
「ごめんっ!なんか思ったらつい……。痛かっただろうなぁて思って」
「筋肉痛にはならなかったけど、初めは全身バキバキになって朝起きるのが苦痛だったよ笑それも慣れたけどね。ありがと、気持ちよかったよ」
母からのごめん。こう言う戯れ合いでも、冗談でも。気持ちがこもってなくてもいいから聞いてみたかった。
それが今聞けた。嬉しかった。
「雨の日はどこで過ごしてたんだ?地面も一時濡れるだろ。一日中突っ立っとくわけじゃあるまいし……」
父はずっーと質問してくる。ウザいわけじゃないどそれ気になる!?ってことまで聞いてくる。
「雨の日〜?雨の日は午前中は図書館とか商店街とかに入って閉店ギリギリまで雨宿りさせてもらって、夜は公園の木の下に……」
突然父からの罵声が私の耳を貫いた。「こらっ」と言ったのか「おいっ」と言ったのか聞き取りづらかったけど、怒られたのは確かだ。
母は父を止めるように前に出た。
また前みたいに怒られるのかなぁ。私今、なんかやらかしたっけ。自分で理由を探したけどわからなかった。
父の顔は崩れていた。泣いてる…?
「お父さん?なんで泣いてるの?」
「……辛い思いさせてたなぁと思ったら、申し訳なくなってなぁ。ごめんなぁ春子」
「春子、お父さんねすごく後悔してるの。春子が出て行ってあげるって言ったときも、ずっと電話かけたりさっき見せた電話帳に入ってる人全員に電話かけて目撃してませんかって。片っ端から聞き続けたのよ」
自分のスマホを見て、不思議に思ったことが今解けた。着信履歴には二人ともから連絡は来てたけど。
母よりも父からのほうが圧倒的に連絡がかかってた。
一日に三百件を超える日だってある。
「私のこと、ほんとに心配してくれてたの?こんな私でも二人は愛してくれてたの?」
「当たり前じゃないっ!何バカなこと言ってんのよ!やっぱ家出して頭のネジどこかに置き忘れたんじゃないの!?」
「既読無視でもよかった。見てくれるだけでもよかったのに、それすら春子はしてくれなかった」
「だって二人は私のことちゃんと愛してくれてなかった……!」
「「……それは…」」
あれは愛してくれてたって言えない。第一娘に手をあげる時点でもう。怪我だってした。これまで私の身体にも顔にも、心にも。たくさんの傷がついた。だから私は二人のストレス発散用のおもちゃとして扱われてた。そんなの私のこと愛してないって思っちゃう。
あんたって呼んでほしくない。
私にも名前はある。“春子”っていうか温かい名前が。
お母さんは私のお母さんだけど。お父さんは私のお父さんじゃなかった。お母さんは一回離婚して、今のお父さんと再婚した。
中学生の頃だった。このぐらいの年になれば離婚した原因も、再婚したした意味もわかってた。
お母さんにも相談をたくさん受けた。もし再婚しても春子は悲しまない?って。哀しみはしない。でも心のどこかではモヤモヤしてた。でもお母さんがそれで幸せになれるのなら私は構わなかったから賛成した。
初めは二人とも優しかった。上手くいきそうだった。お父さんも私のこと“いい子”って言ってくれて、いい家族になりそうだなぁって思ってた。
でもそれは長く続かなかった。すぐに崩壊した。もう二度と立て直せないんじゃないかって思うぐらい。
お父さんは仕事がクビになって、家でお酒ばっかり飲んで。そんな母さんは一人で仕事してお金稼いで。しんどそうだった。私だって働けるなら働きたいけど子どもだし、逆に邪魔になる。
家族を繋ぐ糸が切れそうになったとき、それに畳み掛けるようにしていじめが始まった。もともと“川野”だった。それが“桜田”に変わって、「お前ん家離婚したのか?笑」とか色々いじられる。
家に帰っても険悪なムード。そんな状況で相談できるわけがないじゃないか。言ってもどうせ、私のことなんか興味ないだろうし付き合ってられないだろうと思って黙っておいた。けど。
でも今なら聞き入れてくれるだろうか。ちゃんと最後まで話を聞いてくれるだろうか。
「私ね、お母さんが再婚して今のお父さんになったとき。いじめられたの」
「……えっ?」
「春子が、いじめ?られた……?」
「そう。私がいじめのターゲットだった」
「なんで早く教えてくれなかったんだ!?」
「お父さん、最後まで春子の話を聞きましょう」
激怒したお父さんは我に帰ったかのように咳払いを一つして私に続けるように言った。
「初めはね、なんともなかったよ。どうせすぐ収まるだろうって。まぁ結局、そんなこと全然なかったけどね」
「いつ、よくなったの……?」
恐る恐る母が尋ねてきた。父は顔を顰めている。やっぱり怒っているようにも見える。
「もうすぐよくなるかなぁ。助けてくれた人がいるの。こんな私に寄り添ってくれた人が」
「もうすぐよくなるって、高校になった今でも続いてたってこと……?何されてたの?」
「最近ではまぁ…私物隠されたり押されてほら、こんな感じで怪我したりとか。制服がないからもう一回買ってほしいな笑」
手首を見せた。父は口を開けて、母は口元に手を当てて驚いた。どこかいったと思えば保冷剤を持ってきて私に冷やすように促した。
俯きながら父は私に尋ねる。
「なんでないんだ、制服」
「いじめっ子たちにビリビリに破かれたの」
「……」
「まぁそう言うことだから。でももうすぐ終わると思うけどね」
「……なんで俺たちに言ってくれなかった?助けれたかもしれないのに。言ってくれてたら春子はそんな辛い思いしなくて済んでた!」
「……ごめんなさいっ。春子、私たち、春子のとこ助けられなかった。親は子どもを助けることが仕事なのに、何一つ手助けできなかった。ごめんなさいっ」
「私がダメだった。二人だけのせいじゃない。私からも謝らないといけない。迷惑かけてごめんなさい」
三人で抱き合った。もうすぐ大人になる私と大きな大人三人で。泣きながら抱き合った。苦しくなるぐらいギュッと。
小さな家、小さな部屋、ひっそりとした三人だけの空間に、三人の泣き声が響く。
私はあとどれだけ泣けばいいんだろう。ここ最近、泣くことしかできてない。
「これからは私たちに言って!あなたは子ども!子どもはね、迷惑をかけて生きる生き物なの。約束して。今ここで、三人で指切りしましょ。これからは頼って、話を聞きましょう」
「こんな俺だけど、春子には頼ってほしい。父親として、情けないことはやめる。俺からの約束だ」
「じゃあ……約束っ!」
三人の啜り泣く声はいつか笑いに変わるだろう。
この指を切れば私は二度目の人生がスタートする。
次はもっと、笑って生きられますようにと願いながら君にありがとうを伝えたい。
あの時私に声をかけてくれてありがとう。
こんな私に寄り添ってくれてありがとう。
私のことを叱ってくれてありがとう。
気づかせて、教えてくれてありがとう。
謝る勇気をくれてありがとう。
——大好きな君へ、ありがとう
エピローグ
「よく寝れたぁ。やっぱり芝生より家のベッドがいいよ〜」
私の一言に二人が微笑んだ。
「なんか生きた心地がするな」
「私たちもほっとして爆睡よ笑。実は夜も二人で泣いちゃった」
「そんな心配してたの?笑」
「朝からまたバカなこと言わないで!」
「俺は、死んでも春子を守るって心に決めてるからな。心配するに決まってる」
真剣な顔で死んでも守るって言われても、お父さんの口から出てきた言葉だからこそおもしろくて笑ってしまった。
「何笑ってる。俺は真剣だぞ」
「いや、前までなんか、やばかった人が何言ってんだろうって思って」
「それはごめんなさいって……」
「じゃあ守ってね笑」
穏やかな昼。平和な会話。何をしても何を話しても、笑って過ごせる。
この三人で感じる幸せはきっと本物だろうと思った。
朝目が覚めると川の音も蝉の鳴き声も、散歩する犬の鳴き声も、芝生がさらさら揺れる音も聞こえないことに「家に帰れたの、夢じゃなかったんだ」と改めて自覚した。
次の日、起きたのは正午過ぎだった。学校に行こうと準備したのに、疲れたのかほっとして熟睡したのか、全く目が覚めなかった。
二人はお昼ご飯を食べていて、どうして起こしてくれなかったのか聞いたら、一回起こしに来てくれたのらしいがいびきをかいてぐっすりだったらしい。
早く伝えたい。会って伝えたい。ちゃんと話せたよって。謝れたよって。嘘珀のおかげだよ、ありがとうって。
嘘珀もおじいちゃんと話ができてたらいいな。嘘珀ならきっとできてるはず。
「そう言えば、春子が言ってた助けてくれた人って誰なんだ?」
「あっそれ、私も気になってたの」
「んーとね……。幼稚園、引っ越してきたときからずっと一緒にいてくれて、優しくて、私の大好きな人。って言えばわかりやすいかな……?」
「「……誰だろう?」」
「誰だろうね?笑」
「その誰かさんにありがとうって伝えれた?」
「ううん、まだ。だから今日、会いに行ってくる。多分またあの河川敷に来てくれると思うから」
「そっか、春子にも好きな人がいるんだね」
「思ってること、ちゃんと伝えてこいよ」
「うん、わかってる笑」
〜
「じゃあ行ってきます」
「なんかあったらすぐ連絡してね、駆けつけるから」
「心配しないで、わかってるから。大丈夫」
「いってらっしゃい。あんまり遅くならないようにな。連絡ちょこちょこ入れるから」
「大丈夫だって!笑お父さん、心配性はほどほどに」
心配してくれるのをありがたいと思いながら、二人に見送られて家を出て行った。
日が沈んで真っ暗になりそうだがまだ若干薄明かりが私を河川敷を導いてくれる。
「えっーと。確かここを曲がったら……あっ」
「……やっぱり、来ると思ったよ」
「私もそう思った。嘘珀ならここにいるだろうって」
私の微かな声に反応して振り向いた。黒髪が優しく揺れる。体をこちらに向けて、お互い数秒見つめ合う。
会いたかったよ。
素直にそう伝えるのはまだちょっと恥ずかしかった。考えるだけで顔が熱くなるのはなんでだろう。好きって難しい、複雑だな。恋の病ってこういうの状態のこと言うのかな。
謎の緊張が私を襲う。ゆっくり獲物を狙う虎のように近づいて、嘘珀の横に座った。
心臓のバクバク聞こえてないかな。緊張してるのバレてなかったらいいな。手汗かいてるけど大丈夫かな。
「隣座ってもよかった、ですか?」
「なんで急に敬語?笑」
「いや、なんか……わかんない笑」
嘘をついた。ほんとは緊張してるのに。でもこんな嘘はついてもいいでしょ?嘘珀も許してくれるでしょ?
オドオドしてる私に「何それ笑変なの笑」っていつもの笑いで緊張を和らげてくれた。本人はそんなことで緊張がほぐれるなんて思ってもないだろうけど。
「今日の放課後、あの動画先生たちに見せてきたから。安心して、もう大丈夫」
「なんか、わざわざありがとう。先生たちどんな顔してた?」
「相当怖かったよ。なんか俺が怒られてるんじゃないかって思ったよ。すぐ職員室言って家に電話してたし。部活中でも容赦なく引っ張り出して校長室行きだだだし。もし明日学校来たら本人から直接謝られると思う」
「そっか」
これでやめばいいな。
これからの生活が楽しくなればいいな。
「ありがとう」
「気にすんな。こっちこそ、言ってくれて嬉しかった」
言いたかったありがとうは、ちゃんと目を見てはっきり言えた。
私は変われたんだ。
これも全部、嘘珀のおかげだ。これからもどれだけ迷惑をかけるか。未来予知なんてできないけど
「また頼ってもいい……?」
「もちろん」
ピースサインをして、私の頭をわしゃわしゃ掻いた。髪が崩れるのに……。でもいっか。嘘珀だし。今日は特別に許してあげよう。
「あぁ疲れた〜。腹減った〜」
今にもお腹が空きすぎて死にそうな声で、少し傾斜のある芝生に寝転がった。
その額には少し、汗が滲み出ている。髪もボサボサだし、部活が終わってから来たらしい。いつも見る制服姿とは違って、試合用のユニフォームに身を包んだ姿は違和感があったけど新鮮で。
「……かっこいい」
「えっ」
つい思ってしまったことが口に出てしまった。恥ずかしい、心の中で言ったつもりなのに。私の顔が真っ赤になるのは当たり前だが、私よりも嘘珀のほうが赤かった。
「あっごめん、ちょっとつい思っちゃって…」
「なら謝らないでよ笑」
クスクスと笑う。何がおかしいのかわからない。
「なんで笑ってるの。私変な顔してる?」
「いや、褒め言葉言って謝る人初めて見たから。好きな人にかっこいいって言われても悲しくなんかならないんだし。むしろ嬉しい…」
「間に受けないでよね!じょーだんだよじょーだん!」
「はいはい。照れてるのはわかってるから笑」
「て、照れてないしっ!ちょっと黙って!」
なんで私のほうが照れてるのよ。おかしいじゃない。病院で診察してもらったほうがいいかもしれない。これは重症だ。もう治らないかもしれない。治療の余地なし。
川沿いの電柱にライトがつき始めた。もうこんな時間か。まだ来たばっかな気がするのに、意外にももう三十分が経った。
十八時……か。
「嘘珀はまだ、帰らなくていいの?」
「大丈夫。じいちゃんのことは気にしないでいいよ。今日は残り物で勘弁してもらうことにした。学校にも伝えた。明日休みだし、ちょっと相談窓口とか支援してくれる場所があるらしいから行ってみようかなって思ってる」
「……おじいちゃんと話せたんだね」
「あぁ。ちゃんと謝れたよ。じいちゃん、感動して泣いてた。辛い思いさせてごめんって逆に謝られてさ。俺まで泣きそうになったよ」
気づいてる?今もう泣いてること。笑顔だけどその目には確かに涙があった。月夜の光が嬉し涙が輝いて、宝石のように。
あぁよかった。私には関係ないことだけど、心からよかったって思う。
辛い思いをしていた同士。似たもの同士の私たち。
私はなんにも力になれなかったけど、役に立つことはできなかったかもしれないけど君が笑顔になれたなら、私は嬉しいな。
「そっか、よかったね」
「春子はどうだった?思ってたことちゃんと伝えれた?」
「ばっちり。嘘珀のおかげだよ。ありがとう」
「春子の力になれたならよかった」
「ちなみに私の親も泣いてたよ。ごめんごめんって。今日もここに来るまで大変だったんだから。すごい人が変わったみたいに心配しょうになってさ。私がいなくなって生きた心地しなかったとか言ってたし。なんかすごい心配してくれてたみたい」
「そりゃするだろ。愛してる一人娘が家出して一ヶ月も帰ってこなかったら」
急な突っ込みに動揺しつつも、二人でよかったねよかったねと抱き合った。
「昨日は満月だったけど、今日の月も満月みたいだね」
「そこらへんあんまり区別つかないよな。ならずっと満月だったらいいのにな」
「そんな欲望に溢れたこと言わない!」
こう言うところも昔から変わってない。欲望まみれでこうだったらいいのにな、こうなってほしいなっていう思いしかない。
そういうところも全部、好きだけど。
「私、そろそろ帰るね。お父さんからの着信がやばいから。まだ心配みたい笑」
「いいお父さんじゃん」
「そうなのかも笑私が知らなかっただけで、根はすごく優しいんだと思う笑ツンデレなのかな?笑」
「……明日は来る?」
「またあの道から連れて行ってくれるなら、ついて行ってあげてもいいけど?」
「じゃあここで待ってて。迎えに来るから」
反対の道、また朝が来るまで待たなきゃいけない。せっかく会えたのに、もうさよならを言わなきゃいけない。
ほんとはまだ、一緒にいたかったなぁ。でも帰んないとお父さんが鬼になっちゃう。
最後に聞きたいことがある。私のわがままを聞いてほしい。
「嘘珀っ!」
「何!?どした!?怪我した?気分悪い?」
「違う……そんなんじゃない……」
「なになに!?」
「……明日は晴れるかな?」
「えっ!?」
「意味わかる……?」
「もちろん届いてるに決まってる。心配すんな。今日も月が綺麗だから。——る」
「……」
「じゃな」と言って普通に立ち去っていく。
耳元で囁いた君はなんとも思ってないだろう。私があんな質問したのが間違えだったのかもしれないけど、顔がもう真っ赤だよ。
今日も雨が止みませんねって、聞こえないように後ろ姿を向ける君に言ったけど。
街灯に照らされた君の顔は——なぜか赤くなっていた。
私から嘘つきな君へ、好きだよと。
いつか素直に伝えれる日が来ますようにと。
星に願った。



