君とそこら辺の石ころについて語り合いたいのだけど




お店を出て僕たちは一度カラオケボックスに入った。
歌うことはなく個室に入って早々ウィッグを被せられる。

「イメージあるんなら自分で整えて」

被せられたウィッグはどこが前だか後ろだか分からないため面倒くさくなったのかそう言い放って西之宮さんは袋からコスメを取り出してテーブルに並べていく。
僕はそんな様子を確実に向きが間違えているウィッグの毛からのぞいた。
楽しそうに1つ1つを取り出して眺めては口角を上げている。
自分のじゃないのになんでそんなに楽しそうなんだよ。僕はウィッグの向きを直しながらそんなことを思った。

テーブルに置かれた大きめの手鏡を手に取り、自分の姿を視界に入れる。
長い髪の毛、それだけなのに心が弾んだ。


「まずは下地からだよね」


そう言って西之宮さんが僕の偽物の前髪をヘアクリップで留める。
慣れた手つきで下地を一度手の甲に出して指先につけると僕の額と両頬、それから顎につける。

「慣れてるね」

西之宮さんの指の腹が弱い力で僕の肌を滑っていく。西之宮さんはふっと小さく笑った。

「まあ、毎日やってることだし」

「でもサングラスしててよく見えるね」

「流石に自分のやる時は外してるわ」

「そっか」

なんとなくだけど、このサングラスの意味を聞くことは西之宮さんの心の奥底に潜む何かに触れる気がして少し憚られた。関係が、距離が、少しずつ変わってきているからだろうか。
気持ちや繋がりを感じると、人間はその人を傷つけまいと慎重になるのだと思う。

「アイシャドウとかは色がよく分かんないから自分でやってくれる?てかできる?」

「まあ、やったことはないけどなんとなくのイメージでなら」

「やったことないんだ。女の子の格好したかったのになんで今までやらなかったの」

「…なんでだろうね」

僕は4色のアイシャドウパレットを開いた。
そして小さく笑みをこぼす。なんだ、こんなに簡単なことだったのに、と。


「これが絶対に正解じゃないってことだけは分かってたから」

「正解だとか正解じゃないとか、そんなの誰にも分かんないよ。はっきりしなくてもいいことだってあんじゃん」

「うん、そうだね」

僕は1番薄い色のアイシャドウを人差し指のはらにつけて鏡に自分の顔をうつす。
そしてそっと瞼にのせていく。

少し緊張して指先は震えていた。未知で、だけど憧れていたものに僕は少しずつ近づいている。

「西之宮さん、あんまり見られるとやりにくいんだけど」

「いいじゃん、あたしも参考にしたいの」

「参考にならないよ」

「いや、すごいよ。初めてやるとは思えない」

ーーー毎日、イメトレしてたし。

という言葉は少し恥ずかしいので飲み込んだ。


「それ何やってんの」

「涙袋の線書いてんだよ、ほらここにこうやると」

「おお、すごい!」

西之宮さんが興奮したように少し腰を浮かせた。
僕は気恥ずかしさで「そんなすごいことしてないし」などとスカしたようなことを言ってしまった。まったくらしくない。

チークや、マスカラなどを終えて僕は最後の濃い赤色のティントを手に取った。

そして薄いピンク色の唇の中央に軽く乗せていく。

上唇と下唇を擦り合わせて馴染ませた後、僕は改めて自分の顔をみた。


「かわいいじゃん、東田」


僕が言われたかった言葉だった。
西之宮さんの方をみる。


「さっきの服、着てみたい」


僕がそう言うと、西之宮さんは自分のことのように嬉しそうに笑って頷いた。