君とそこら辺の石ころについて語り合いたいのだけど




俺の淡い恋はこうして幕を閉じたように思えた。
忘れようと必死に部活や勉強に取り組んだ。

だが、なぜか天使のことは頭の中にこびりついて離れない。相手が男だとしても、だ。
一目惚れとはおそろしいものである。

時間が解決してくれるだろうと思っていたが、そうでもないらしい。
あれから4ヶ月ほどが経過していた。


「あ、ちょっとすみません」


なぜだろう。今まで接点などひとつもなかったのに神様は俺にどうしろというんだ。
俺は少々身構えながら足を止めた。ゆっくりと俺の前に立ったそいつ。

長い前髪で綺麗な瞳は隠れているが、本当はめちゃくちゃかわいいんだよな、なんて変なことを思った。まじ俺やばいって。


「南崎くんですね」

「あ、うん、なに」

風紀委員、東田の手が俺の方に伸びる。その人差し指が俺の胸元あたりに向いた。


「第一ボタンがあいています」

「第一ボタン?」

俺は平然を装い、自分のシャツのボタンに両手を持っていく。ただのしめ忘れだ。そういえば原田は変に格好つけてよく制服を着崩していたから風紀委員に止められていた。

ーーーまさか、接点ってそういうこと。


「南崎くん」

「え」

「たぶんそれ、ボタンないですよね」

「え?」

「おそらく取れてしまっています」


俺は胸元のシャツを少し前に伸ばして確認した。本当だ取れてる。
東田は小さく笑った。え、かわいい。


「珍しいですね、南崎くんのような人がこういうの」

「なんで俺のこと?」

「え、だって南崎くん有名じゃないですか。頭が良くて、人気者で、爽やかで、モテる」

「持ち上げすぎだよ、俺なんてそこら辺に転がる石ころだし」

東田は驚いたように俺の方を見た。
俺はしまったと手のひらで口元を覆う。こんなことを言っても東田を困らせるだけだ。

「石ころ…」

「ああ、いや、気にしないで何でもない。ボタンは明日までには着けておくよ」

俺は早口でそう言って足早に校舎へと向かう。
やらかした。ききたいことは山ほどあったのに訳の分からないことを言って逃げるように去ってしまった。もう東田と話すことはないかもしれないのに。

東田はなんで女の子の格好をしていたのだろう。そんな純粋な疑問は今の関係性では到底きけることではない。

俺は、女の子だと思ってあの子を好きになったはずだ。あの子が男だったとしたら、すでに俺の恋心はあの子から離れているはずなのになぜそうはならない。

ただの好奇心か、それとも俺、


「…男も好きになれるのかな」


ぽそりと呟いたそれ。いやいや、と首を横に振る。無理だって、今まで好きになった子も女の子だったし。

「おはよう南崎」

ぽんっと背後から肩を叩かれた。俺は驚きながら後ろを振り向くとそこにいたのは原田である。


「おはよう、原田」

「今日も話しかけられなかったんだろ」

「何の話」

「すっとぼけんな、風紀委員だよ」

「バカ、声でかいよ」

「悪い悪い」と悪びれるそぶりもなくヘラヘラしながら上履きに履き替えた原田。
そうか、俺が今まであまりこの感情に疑問を持たなかったのはこいつのせいでもある。
俺は上履きに履き替えて荒々しく靴をロッカーに入れて閉めると原田の横に並んだ。


「なあ、そうやってあの子のことなんてことないように話すけどさ、おかしいとか思わないの」

「どういうことだよ」

「女の子だと思ってたら、男だったんだよ。普通は諦めるだろう」

「まあな、俺が南崎だったら確実に諦めて他の子好きになるわ」

「じゃあどうして」

「そりゃ、お前が忘れられないって顔してるから」

「どういう顔、それ」

「こういう顔」

原田は真っ暗になっているスマホの画面を俺にみせる。反射して自分が写っていた。呆れた。
それを手で押しのけて俺は原田を睨む。


「そんな睨むなよ」

「…今日風紀委員と話したよ」

「え!?まじ?何話したんだよ」

俺は、自分の胸元のシャツを前に少し引っ張る。


「第一ボタン、外れてたから」



原田は期待外れだったのか「なんだ」と前を向く。
なんだとはなんだ。俺からしたら大きな一歩だ。
いや待て、前進したところでどうなるんだって話だけど。


「普通に風紀委員から足止めくらったって話かよ」

「風紀委員は東田で、東田はあの子だろ」

「そうだけど風紀委員の東田としてじゃなくて、あの子と話がしたいんじゃないのお前は」

「あの子と東田は同一人物だろ」

「そうだけど風紀委員として門で立ってる東田と、女の格好してる東田は同じなようで違うだろ」

「外見の話?」

「いや、内面も。いや、違うか、うん?俺たち今結構小難しいこと言ってるよな」

「うん哲学的」

「だな。一回黙るわ」

2人して静かに教室までの廊下を歩く。この4ヶ月正直似たような会話を幾度となくした。それでも俺たちの中で結論は出ない。
東田は男で、風紀委員で、あの子で、あの子は天使で。俺は東田があと少しで触れそうだったシャツの第一ボタンのあたりを指先でいじる。毎朝、第一ボタンを外していれば東田と話すことができるのだろうか。

「あ」

原田が何かを思い出したように声を出す。
そして、俺の肩に腕を回して顔を寄せた。


「一個、風紀委員以外で関われる可能性あるかもよ」

「なに」


原田は不敵な笑みを浮かべていた。