君とそこら辺の石ころについて語り合いたいのだけど








「ただいま」


正直、あまりの楽しさと充実さで自分が今している格好を忘れていた。
案の定仕事から帰ってきていた母が僕の姿を見て手に持っていたトマトが床に落ちた。
トマトは少し形が変形してしまっている。

母はトマトの心配より、僕のことの方が心配のようだ。


「…それ、どうしたの」

母が僕に近づく。慌てた様子で弟の宏光が割って入ってきた。

「母さん、落ち着いて。兄貴は…」

「宏光いいから」

僕は宏光の肩に手を置いて母と僕から少し距離を離す。
母に近づけば、母はより困惑していた。


「昔から、こういう格好してみたかった」

「み、光影、は、女の子になりたいの?」

「分からない」

「分からないって、じ、じゃあ、恋愛対象は男の子?」

「人を好きになったことがないから分からない」

「光影」


母が怒りを滲ませて僕の名を呼ぶ。僕はまっすぐ母を見つめた。


「白黒はっきりしないとダメなの?」


母の瞳が大きく開かれる。僕は妙に落ち着いていた。この格好をしているからだろうか。なんだか日曜の朝にやっている戦隊モノに出てくるヒーローになった気分だ。変身をしたら力がみなぎってくる。


「なんでもカテゴライズして、こうじゃなくちゃいけないって枠にはめないと本当にダメなのかな」

「ダメじゃない」

そう言ったのは側で話を聞いていた宏光だった。
宏光は僕を見て小さく頷いた。俺も味方だぞ、とそう言ってくれている気がした。

母は何か言いたそうに口を開いてまた閉じた。
そしてため息をついてトマトを拾う。

僕に背を向けた。


「母さん」

母は台所に戻って料理をし始めている。僕はまた間違えたのだろうかと少し心配になった。
だが、


「そのアイシャドウ」

「え」

母は僕に背を向けたままであるが、声色は幾分か先ほどより優しさを帯びている。


「いいわね、どうやったか後で母さんに教えて」


僕は泣きそうになりながらもすぐにその母の言葉に頷いた。


「うん、これねラメ入りのシャドウで目の幅を大きく見せるために外側から内側にグラデーションしててそんで中央に大きめのラメを別に買ってつけて、それから」


「いきなりめっちゃ喋る…宏光メモって」


「おけえ」



僕は、そこら辺の小さな石ころであるが淡い青みのピンクが似合うかわいい、そんな、石ころである。