ショーウィンドウに反射してうつる自分の姿を瞳にうつす。
髪型を変えて、メイクをして、着たかった服を身につけた。
泣きそうになり、僕は上を見ながら歩き始める。
「どしたの東田」
「嬉しくて、つい」
「よかったじゃん。ね、これからも付き合うよこういうの」
僕が言葉を詰まらせると、西之宮さんは僕の肩をぽんっと叩いた。
「ずっと気持ち押し込めてきたんでしょ、もったいないよ」
「でも」
「言ったでしょ、はっきりしないといけないことばっかりじゃない。風紀委員長の東田も東田で、あたしの目の前にいる東田も東田だよ」
綺麗に制服を身につけて毎朝人の格好を取り締まる。その違和感を僕は気づかないふりをしていた。やりたいことを、『自分』をさらけ出すことは恥だとずっと思っていた。ただ、さらけ出す勇気がなかっただけだった。
学校、家の中にいる僕だって紛れもなく僕で、今やりたいことをやっている僕も、僕だ。
それでいいじゃないか。曖昧は今しか抱えられない特権である。
「ね、そこのおふたり」
不意に声が聞こえて僕たちは声の方に顔を向ける。
そして顔を顰めた。「げ」と小さく声がもれる。
「君、話題の1年ちゃんじゃん、ほらスケバンの!
なあ、南崎みてみろよ」
ーーー南崎
そう呼ばれた男が少し顔を歪めて声をかけた男の後ろから顔を出す。見たことがある男2人だった。
というのも、同じ学校であり、同じ学年。クラスは違うし、僕が関わることのない人達である。
この人たちが僕を知っている可能性はゼロに近い。
だが、妙に気持ちがそわそわした。
それに先ほどから黙っている南崎くんは、ひときわ目立つ男子であった。
バスケットボール部に所属し、その端正な見た目から絶えず周りには人が集まっている。
「君はスケバンちゃんの友達?俺たちと同じ学校?」
茶髪の髪の男子が僕にそう声をかけた。
ああ、同じ学校だ。ちなみに僕は君に朝学校の門で声をかけさせてもらっている。
いつも舌打ちされて終わっているけれど。
今向けられている瞳は毎朝の嫌悪感の瞳とはかけ離れている。
僕が口を開けて言葉を発そうとした時、なぜか西之宮さんが僕の口を手のひらでおさえた。
「む」
「先輩たちこそナンパなんて暇ですね」
西之宮さん、『先輩』と『敬語』知ってたんだ。
と、そんなことを思った。
口から手が離れて僕は困惑しながら西之宮さんと絡んできた男を交互に見つめる。
「別にスケバンちゃんと絡んでみたかっただけだよ、マフィアの娘って噂ほんと?」
「違いますけど」
「おい、原田やめろって」
ようやく止めに入った南崎くんが呆れ顔で原田という男を制止する。
そしてなぜか僕に目を向けた。
「ごめんねいきなり声かけて。こいつバカでさ」
そう言って原田くんの頭を軽く叩いた。
どうやら僕には気づいていないらしい。隣の西之宮さんと目配せをした。
「君、名前なんていうの」
南崎くんはそう言って僕に一歩近づく。
名前、え、名前。
どうしよう、僕は僕なんだけど。それは今ここでは伏せたい。さすがに学校の人たちにこの格好を知られたくはない。
逃げたい。
そう思ったのも束の間、西之宮さんが僕の手を握った。
「行こう、走るよ」
「え」
ぐんっと体が前のめりになる。いきなり走り出したものだから軽く舌を噛んだ。少し涙目になりながら繋がれている手を視界に入れた。
照れくさくて、なんだかむず痒くて、離れたいけど離れたくないような、そんな矛盾だらけの気持ち。
西之宮さんの長いスカートが後ろに靡いている。
しばらく走って僕たちは駅裏の公園まで戻ってきた。
息を切らしながら、西之宮さんがブランコに座る。僕も隣のブランコに座った。
隣をみると、西之宮さんが俯いて肩を震わせていた。
「くくくく」と笑いを堪えるような声。
僕もつられて笑いが込み上げてきた。
「あいつら、完全に東田のこと女の子だと思って声かけてきたよね」
「ふっ、はは、うんっ、そうだね」
「はあ、面白い!」
そう言って西之宮さんは地面を蹴り、ブランコを揺らす。上下に大きく動き始める西之宮さんを僕は目で追った。
「西之宮さん」
「ん〜?」
「ありがとう」
僕の言葉に西之宮さんは何も答えずただ楽しそうにブランコを漕いでいる。
「今日、西之宮さんのおかげで楽しかった」
最低な気持ちで家を飛び出して、ここに来て西之宮さんと一緒にやりたかったことができて純粋に僕は楽しかった。まだ堂々と僕の奥底の気持ちを色んな人に言えるわけではないけれど、このスケバン西之宮さんのおかげで少し前に進めたような気がしている。
「西之宮さん」
僕はもう一度名前を呼んだ。久々に見た高さである。
「結構真面目な話してんだけど、そんなに本気でブランコ漕いでて疲れない?」
「疲れない」
「そこは答えるんだ…」



