ふたりの手が一瞬だけ、重なった。
 克哉、意外に指が長くて細い。驚いた由紀子は手を引っ込めた。

「冷たいよ、由紀子さん。これ、個人情報満載のレアアイテムですよ?」

 そんなこと言われたって。

 見ると、名刺には克哉の名前と携帯電話の番号など、連絡先が書いてあった。ふーん、確かに個人情報。
 ほかの女の子なら飛び上がって喜びそうなものだ、と由紀子は他人事のように感じた。

「ねえ、由紀子さんのも教えてよ」

「やだ」

「ほんとに、つれないなあ。せっかく同じ名字なんだから、仲よくしたいのに。ほら、名字のせいで混同されたらお互い面倒だから、どういう人物なのか、まずは知っておこうよ。名づけて、『名字さん』。なんてね」

 話を勝手に進める克哉に、由紀子は容赦なく突っ込んだ。

「『佐藤』なんて、ありふれていてイヤじゃない? 甘くもないのに佐藤。辛くても佐藤。画数が多いだけで、太いマジックで書いたら字面が真っ黒、なんて書いてあるのかさっぱり分からない。よくある名字。それが佐藤」

「おや、平安貴族藤原氏の流れを汲む、由緒あるいい名字だよ。源義経の側近を務めた、佐藤兄弟とか知らない?」

 かわいい顔して、こやつ家系図オタク? 由紀子は克哉を怪訝そうに再び睨んだ。

「そんなこと、よく知っているね」

「ひいおばあちゃんの受け売り。あ、でも、ひいおばあちゃんは明治生まれだから、信憑性は高いよ」

 意味不明。だけど、克哉のひいおばあちゃんに免じてそれ以上突っ込むのをやめ、ついでに名刺も丁寧に受け取っておいてあげた。

「でも、私は名前だって平凡だし」

「由紀子? いい名前。季節外れの、春の雪の降る日に生まれたんだろ。ドラマみたい。『雪子』だったらひねりがないけど、由紀子なら可憐じゃん」

 確かに、由紀子は三月生まれ。クラスの中では、ほぼいちばん年下。
 幼いころは体の小ささが目立ってイヤな思いをしたし、生まれた日の天気なんて、親から聞いたことがない。

 しかも、クラスメイト相手に可憐って言うか? 

 か、可憐。可憐って……考えれば考えるほど、恥ずかしい。
 思い直せば直すほど、恥ずかしさが込み上げる。