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 時は少し、遡る。梅雨の、ある日のこと。


 由紀子の目にふと飛び込んできた、それ。

「待った。今のページ、ちょっとだけ見せて?」

 一限始業のチャイムは、とっくに鳴っていた。

 隣に座っていた友人がぺらぺらとめくっていた、ファッション誌の目次。
 思わず立ち上がって、友人の手を止めさせる。由紀子は食い入るようにして見た。

『今、話題の人。情熱マシンガン 佐藤克哉』。

「これ、どうかした?」

「う、うん」

「『情熱マシンガン』って売れない芸人みたいだけど、この子、顔かわいいよね。今、人気みたい」

「……そうなんだ」

 友人の問いかけにも、すぐには答えられない。随分と投げやりな態度だなと思ったが、笑ってごまかす。

 ……克哉だ。
 由紀子の高校のクラスメイト、佐藤克哉。

 昔、由紀子がほんの思いつきで命名した『情熱マシンガン』をそのまま、自身のキャッチコピーにして使ってくれている。

 以前と変わらない明るい笑顔。でも、痩せた? 茶色い髪とメイクのせい?
 由紀子が知っている克哉よりも、ぐっとあか抜けている。もしかして、都会擦れってやつ? だったらイヤだな。

「あ、ありがと。もういいや」

 語学の先生が来た。
 怪訝そうに首を傾げる友人に、閉じた雑誌を突き返して素早く席に着いた。

 雑誌の特集記事に載っているなんて。けっこう、売れてきているんだ、やるじゃん克哉。いいぞ克哉。

 由紀子は嬉しくなって、机の下で拳を握り締めた。

 自分のことのように、心が浮き立つのがわかる。
 どきどきなんてものじゃない。よかった、なんて簡単なことばじゃ済ませられそうにない。胸が苦しい。
 今なら空だって飛べそう。雨の音も先生の声も耳に入らない。

 克哉は夢をつかもうとしている。
 生きている克哉を見つけた。

 うらやましい。近づきたい。

 そんな素直なことばが出てきたのは、久しぶり。
 由紀子の中で、それまで感じていた行き場のない焦りが、すとんと落ちた。

 ……心、軽くなった?