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 同窓会、当日。

 ……足が痛い。どうしよう。
 家に引き返すような時間の余裕はもう、ない。

 はあ。やっちゃった。
 うなだれた由紀子(ゆきこ)は、深いため息をついた。

 気合いを入れて新調した、下ろしたての白いサンダル。

 はじめてのバイト代、ちょっとおとなっぽいデザインに一目ぼれしてしまい、バーゲンの前だったのに迷わず買った。 

 なのに、履くのがもったいなくて、しばらく自分の部屋の棚に飾っていた。
 いつ履こうか、考えるだけで楽しかった。

 そっと足もとを見下ろすと、かかとがサンダルにこすれて、真っ赤だった。

 慣れない靴はいつもこうなる。バカだな自分。こんなこと、分かりきっていたのに。

 家の鍵を閉めているとき、すでにいやな予感はあった。かかとがこすれているのに、気がつかないふりをした。
 まさか、こんなに早く、痛みに襲われるなんて。

 由紀子は電車のドアに、ぐったりと寄りかかった。少しだらしないけれど、この痛みには代えられない。

 ……お願い、誰も見ないで。そっと軽く、目を閉じる。
 だいじょうぶ。耐えられる。耐える。足の痛みどころじゃないぐらい、心がざわついていた。


 今日は高校卒業後、はじめての同窓会。

 当時、あのクラスに深い思い入れがあったわけではないけれど、卒業したあとはふっつり音信が途切れたみんながどうなっているのか、好奇心が動いた。勉強とバイトの予定をどうにかやりくりして、由紀子は出かけた。

 ターミナルの終着駅まで、あと二十分。電車は加速して走り続ける。
 いつも乗っている電車。どの場所を通り過ぎるときに大きく揺れるかまで、熟知している。

 開いている文庫本を前にしているのに、目が泳ぐ。活字が躍っているように見えるのは、由紀子の錯覚。
 だって、文章はずっと整然と並んでいる。文字を頭に入れようとしないのは、由紀子の問題。
 
 心がどこかに飛んでいる。

 車内ではガンガンにクーラーが効いていて、肌寒い。外には真夏の陽射しが照りつけているのに。
 通過する駅のホームに立っている人の、暑くてつらそうなこと。
 これは快速なの、ごめんね。もう少しで後続の各駅停車が来るから。由紀子は窓越しに、見知らぬ人たちへエールを贈った。

 ふふ、心に余裕、あるじゃない。だいじょうぶ、平常心。
 浮かれてなんかいない。足も、痛くなんかない。

 由紀子は自分に言い聞かせ、ちょっぴり得意になった。