朝焼けの中を、二人並んで歩く。始発電車はまだ動いていなくて、自宅の最寄駅まで、一時間以上かけて歩いた。
 梨斗の家は、なんと私の家と同じ地域にあった。そうとも知らずに今まで遊園地でしか会ったことがなくて、純粋に驚いた。

「こんなに近くに住んでたんだね」

「びっくり。一度くらい、すれ違ってそう」

 聞けば、小学校や中学校も隣の学校だった。一歩、運命の糸が掛け違えていたら、同じ学校に通っていたかもしれない。現に彼の弟は私と同じ城北高校の生徒なんだし。
 梨斗と学校で楽しく話している姿を妄想すると、胸がきゅっと切なさと喜びに溢れた。
 駅からまた少し歩いて、ひとまず二人で私の自宅へと向かった。
 玄関の前まで辿り着くと、彼が右手を挙げる。

「また後で会おう」

「うん」

 梨斗は今日、私が学校から帰ってくるまで、ネットカフェで過ごすらしい。家に帰れば、また両親から家に閉じ込められるかもしれないから。そんなことになれば、彼ともう二度と会えなくなるかもしれない。念のため、今日は家に帰らない方が良いという結論に至った。

「あの人たち、僕が一日帰ってこないからといって、僕のことを心配したりしないだろうし」

 眉を下げてそう言う梨斗があまりにも不憫で、思わずそっと抱きしめた。梨斗は私の行動に驚いていたけれど、すぐに受け入れて「ありがとう」と呟いた。

「大丈夫。絶対に梨斗の居場所は見つかるから」

「そうであることを願ってるよ」

 玄関先で別れた後、梨斗はそのままネットカフェのある街までまた歩いて行った。

「ただいま」

 時刻は午前五時過ぎ。母も祖母もまだ眠っている時間だ。音を立てないように居間へと続く扉を開けると、なんと食卓に母の姿があった。

「おかえり」

 眠っていないことがすぐに分かった。どうして、と開きかけた私の口を制するように、「おかえりって言いたかったの」と細く笑う。

「日彩にね、最近『おかえり』って言えてなかったなぁって思って。おばあちゃんも、実はあの後二時間くらい起きてたんだよ。しかも『日彩ちゃんはどこ?』って、あんたのこと探してた。一緒に待っていようって話になったんだけど、途中で眠たくなったらしくて、寝ちゃったんだけどね。でも、日彩のことちゃんと思い出してて、私はすごく嬉しかった」

 細められた母の瞳に、涙が滲んでいる。つられて流れてしまいそうになった涙を堪えながら、「私ね」と母にこの夜のことをすべて話した。

「今日、学校が終わったら梨斗の居場所を一緒に見つけに行く。もう彼と夜中には会わない。その代わり、ちゃんと普通に会えるように頑張ってくる」

「そっか。その梨斗くんって子が、昔遊園地で迷子になったあんたを助けてくれたんだね。お母さんはね、日彩のこと一番信じてるから。梨斗くんのこと、助けてあげて」

「うん、任せて」

 母の前で精一杯胸を張って笑ってみせる。
 本当は不安もたくさんあったけれど、母に信じてもらえるなら、大丈夫だと思えた。


 その日は授業中、ずっと眠くて、毎回授業の際に船を漕いでしまい、先生に小言を言われた。おかげでクラスメイトの注目を浴びてしまい、「また深町が怒られてる」というみんなの心の声が聞こえて恥ずかしかった。

「日彩、今日どうしたの!? ずっと眠そうじゃん」

 昼休みに、美玖と恵菜が私の元に駆け寄ってきて、笑いながら心配してくれた。

「昨日眠れてなくて」

「そうなの? またおばあちゃんの介護で?」

「ううん、別の理由なんだけど……」

 私は、きょとんとしている二人に、梨斗のことを話した。
 出会ってから今日まで、夜の観覧車で仲良くなって、恋人になったこと。梨斗の弟が、美玖の恋人だった雄太であること。彼を救いた
いと思っていることを、全部。

「えー! 日彩にそんな素敵な出会いがあったなんて、知らなかった!」

「なんで教えてくれなかったの〜!」

 今まで一度も色恋ネタを話したことがなかった私に、二人は純粋に驚いた様子でぐっと身を乗り出してきた。

「ごめん、あまりに非現実的な出会いだったし、彼の正体が分からなくて、言い出せなくて」

「そっかぁ、でもそうだよね。そんな運命的な出会い、聞いたことない」

「でもまさか、雄太のお兄さんだなんて、そこもびっくり」

 美玖が目を丸くしている。

「うん。二人は義理の兄弟だから性格は全然違うみたい」

「話聞いてると、雄太のやつ、梨斗くんにもひどいことしてたんだね。こりゃ別れて正解だわ」

「本当だよ。このまま付き合い続けてたら、日彩ともなんか気まずい関係になっちゃいそうだしね」

「よおし、私と雄太との別れに、そして日彩と梨斗くんの出会いに、今度みんなで乾杯しようよ!」

「お、いいねえ。次の部活の休みに、みんなでお出かけしよう」

 二人が妙に高いテンションで私にきらきらとした瞳を向ける。

「う、うん。ぜひ、また遊んで」

 美玖や恵菜と仲良くお出かけができるなんて、いつぶりだろう。具体的な日程はまだ決まっていないというのに、すでに心躍っている自分がいた。

「梨斗くんに伝えといて。日彩は私たちのもんだからって」

 美玖が舌を出しながらへへっと笑う。

「美玖、会ったこともないのに、そんな敵対しなくても」

「冗談冗談。でも本当に良かったね。梨斗くんによろしくね」

 二人が私の幸せを願ってくれていることに、胸がじんと熱くなる。そうだ。私は、こんなにも大好きな友達に愛されていたんだ。幸せってきっと、今みたいな瞬間を言うんだろう。

「ありがとう。二人にもまた紹介するね」

 美玖と恵菜、梨斗がそばにいてくれるということ。
 それは私にとって、何よりも代えがたい、生きる希望だった。