遠くの方で蠢く負の集合体に、咲夜は溜息交じりに肩を落とす。
 第二監視所に居た者たちは、既に第一監視所へと移動を開始しており、余力のある者はそのまま桜花へと向かうよう指示もしておいた。
 この騒動が収まった後、臨時の拠点を建てるつもりだからだ。

「百鬼夜行――あと十年、巡礼を終えるまでは、この目で見たくは無かったのですが」

 悪鬼酒呑童子の妖気、そして『妖を滅する』という唯一つの意思に呼応した妖魔らが、群れを成して侵攻し、辺り一面を焦土と化すまで暴れまわる現象、百鬼夜行。
 酒呑童子の復活と共に訪れる千年に一度の災厄故、今生きている妖の中にその目で見た者はおらず、伝え聞く文献と口伝でしか、咲夜もその詳細を知らなかった。
 よもや、ここまで地獄のような光景だとは。

『だが事実、こうして既に起こってしまっている。何を言ったところで詮方なかろう』

 隣で、遠くの方を見つめながら妖気を練り上げるハクが言う。

「ハクはいつでも現実的ですね」

『夢見がちな巫女の世話をしているからな』

「ふふっ、言ってくれます」

 皮肉を込めた目で笑うと、咲夜は担いでいた長巻の柄に手を添えた。

「臭いですね、本当に。酒呑童子らしい妖気とは初めて相対しますが、これほど噎せ返るようにおどろおどろしいものだとは」

『悪鬼羅刹を束ねる主のものだ、綺麗な筈がなかろう』

「それもそうですね」

 迫り来る軍勢の中に、伝え聞くその姿こそ確認は出来ないけれど。
 一等強く感じる最奥に、きっとその姿が隠れていることだろう。

「悪い咲夜、遅くなった」

 ふとして掛けられる声に、咲夜は振り返ることなく不敵な笑みを浮かべた。

「部隊の方は良いのですか?」

「既に命は通達している。私と、お前、そしてハクが全力を出せば、却ってあいつらを巻き込みかねんからな。事が全て終わった後の始末だけで良かろう」

「もう、また私の指示を無視して……でもまあ、それには私も同感ですけれどね」

 可笑しそうに笑うと、一息、大きく呼吸をしてから、

「じゃあ――それで済むよう、お姉さんたちも頑張らないとね」

 力強く、長い刀身を抜き払った。

「無論だ。汚泥に塗れた下劣な連中に、これ以上の無秩序な侵攻は許さん。一匹残らず屠ってやろう」

 揃って強く地面を踏み鳴らすと、ふたりは津波のように迫り来る妖魔の群れへと突進していった。