月曜日の朝。
教室の扉を開け、オレは自分の席に向かう。
「おはよー!」
「……す」
「おはよう」
「おはよう〜」
オレはいつものようにいつもの顔ぶれにあいさつをする。
オレは高校からの付き合いだけど、信彦と裕太郎の二人は幼馴染み。ちなみに家は隣同士。会話の内容がツーカーすぎて、あれこれそれで通じている。
トキは、無表情で見下ろしながらオレの背後ぴったり12センチ空けて立っている。
トキ、信彦、裕太郎、そしてオレ。
なんとなく気の合うこの4人でいつも過ごしている。
「あ、そういえば裕太郎。あれ、あれだよな?」
「あれだよ信彦。あれ。あ、あとこれとこれも、それも……」
信彦と裕太郎のあれこれそれが始まった。しかも、この会話は延々と続く。
なんであれこれそれだけで通じるのかわからないけど……おもしろいよなぁ。
二人のやりとりをいつものように眺めていると、背後から重圧が。
「透」
振り向かなくてもわかる。トキがどんな顔をしているか。
「でもさぁ」
オレは振り返らず言う。だって怖いんだもん。
「透」
「……」
わかってる。トキが言いたいことは。
「透」
「……」
でもさぁ…………………
時は遡って先週の金曜日。
「透。オレたちが付き合ってること、信彦と裕太郎に言いたい」
いつものように帰り道を二人で歩いているとき(いわゆるひっそり下校デート)トキが言った。
「えっ!?」
オレは驚いて真横のトキをみあげる。頭一つ高いところにある顔は、相変わらず無表情だ。
「言いたい」
「なん、で?」
オレは恐る恐る聞く。
別に言わなくても何も困っていないのが現状。なんなら、言ったことで悪化する可能性だってある。それなのに、トキはなぜオレたちが付き合ってることをわざわざ言いたいんだろうか……
「だって、信彦と裕太郎、透に触るし」
「は?触るって言ってもデコピンくらいだし?別に普通じゃね?」
オレは眉間にぎゅっとシワを寄せる。トキは相変わらずの顔だけど。
「透が俺の恋人だって知ってて触るのと、知らないで触るのじゃ、だいぶ違う」
「そ、そういうもんなのか?」
オレは頭に???を浮かべるが、トキはオレをまっすぐ見て答える。
「そういうもん………でも、本当は」
立ち止まったトキに、一歩多く進んでしまったオレはくるりと振り返った。
そんなオレを、相変わらず見下ろすトキ。その顔は、いつもの無表情……ではなくて。
「透に触れていいのは、オレだけにしたい」
ほんの少しだけ上がった口角。
オレを映す瞳には柔らかい光が宿る。
「ト……」
トキのこの顔……メチャクチャ好きなんだよなぁ……………
「でもさぁ」
オレは心の中で頬をペチンペチンとして、流されないようにぐっと気合を入れた。
「じゃあ俺が言う」
オレを遮るようにトキは言った。そしてスンっといつもの無表情に戻ってしまう。
「!?ちょ、待て待て待てーい!」
信彦と裕太郎が触るって言っても指先くらいだしそれ触ったに入るんか!?………ってかトキが言うって!?こちらが恋人の透でーす!って紹介されんのか!?それなんか結構恥ずかしいんだけど!?!?
「じゃあ、いつ?」
「えぇぇぇと、えとえとえーとあれそれこれれれれれ」
問い詰めるようにぐっと顔を近づけてくるトキ。オレはその視線から逃げるようにくるりと向きを変え、歩き始めた。
「透。俺たちは、あれそれこれじゃ、会話はできない」
「……」
でもさぁ……
「じゃあ、来週で」
オレが無言で応戦していると、トキがスパッと言い切った。
「!?待っ……」
いつの間に到着していたのか、オレたちはいつもの分かれ道に来ていた。
電車通学のトキはオレとは反対の、駅へ向かう道を進む。コンパスの長さの違いからか、オレが振り向いたときには既にトキは米粒大で。
あーもーーーーーーーっ!
オレはしばらくその場で立ちつくしていた。
翌日は土曜日で学校は休みだ。オレはここぞとばかりに布団と仲を深める。
あーもーー……
時刻はそろそろ午前11時になろうとしている。でもまだ起き上がる気にはなれない。
オレたちが付き合ってることなんて別に言わなくったっていいじゃん!!
寝不足の原因は、もちろんトキとのこと……オレとトキが付き合ってることを、信彦と裕太郎に言いたいとトキが言い出したことだ。
もし言ったとして、信彦と裕太郎に変な気を使われるのも嫌だし!あと、もしも、もしも……………男同士でーとか、自分のことそんな目で見るなよーとか言われたりしたら……いつもの四人の関係が壊れてしまったら…………
今後の学校生活を想像し、背中が冷たくなるのを感じる。
あーもーっ!
オレは八つ当たりするかのように布団を投げ飛ばした。
ぜっっっってえ言わねえぇ!
そして月曜日に戻る。
背後からのプレッシャーがすごい。なんか背中がじりじり焦げ付きそうだ。
「透」
「……」
言わない。絶対に言うもんか!
「透」
「……」
隣では信彦と裕太郎の楽しそうなあれこれそれが聞こえてくる。
「透」
あぁぁぁぁもうっ!
「あの……」
オレが口を開いたその時、始業を報せるチャイムが鳴り響いた。
ナイスタイミング!!
オレは三人から逃げるように自分の席に着いた。
腹の虫が騒ぎはじめると共に、午前の授業が終了した。
昼食もだいたいいつもの四人だ。オレはパンを持っていつものように信彦と裕太郎がいる辺りに集合した。今日は用事があるからパスって言って逃げちまえば……なんて思いついた頃にはすでに遅し。トキが袖をつかんでいた。
オレはしぶしぶ椅子に座った。隣では信彦と裕太郎のあれこれそれが始まっている。
オレは八つ当たりするように両手でパンの袋を開いた。その勢いで飛び出すチョココロネ。このまま床に落ちたらオレの貴重な昼メシが……と思った瞬間、コロネはそのまま袋に帰宅。なんだか今日は運が良い日?だ。
パンをモシャモシャと齧っていると、隣からプレッシャーを感じる。二個目のチョココロネを開ける頃には、ついでに腕をツンツンしてくる指も現れた。
でもさぁ……
オレはチラリと横目でトキを見る。一瞬だけ絡んだ視線が、早く言えと訴えてくる。
でもさぁ……
無視すればするほど、ツンツン虫の攻撃は激しくなる。
あーもうっ!
手でしっしっと腕を払うと、凶暴化したツンツン虫がオレの手に噛みついた。
あーーもうっ!
逃げようにも、トキが手をがっちりつかんで離さない。
あーーーもうっ!
オレはパンを口の中に押し込むと、いちご牛乳で流し込んだ。
どーーーーにでもなれぇっ!
「ぁぁあのなっ、信彦、裕太ろ……ぅ!」
オレはトキの手を振り払うと、すぐさま口をおさえた。胃の中から、先程いちご牛乳と一緒に飲み込んだ空気がせり上がってくる気配がする。
「ンッ……!」
これは公衆の面前で致したらヤバいデカさの予感……!
オレは勢いよく立ち上がると、教室の扉目指して走り出した。
「透!?」
後ろからトキが負ってくる気配がするが、そんなの構ってられない。オレは無我夢中で廊下を走った。
放課後。
なんか今日は、いろんなことがタイミング悪……良いなぁ。
宿題を忘れていた授業がたまたま自習になったり、飛んできたボールを偶然避けられたり。
ちなみに午後の授業の間にある休憩時間は、先生に呼び出しをくらったため職員室に行っていた。(なんでも授業中にやった小テストが0点でどうしたんだと呼ばれるも、解答欄を一つずつ間違えてただけで大笑いされた。)
この調子でいったら、トキから逃げられるかもー!
ふふふ〜とそんなことを考えながら帰り仕度をしていると、音もなく背後に……
うぉっ!
「透」
オレは瞬時に逃げの体勢に入る。しかしトキは、今朝からの教訓を活かしオレの腕をがっちりつかむ。オレは非常口のポーズで固まった。
「透」
「……」
「透」
「……」
その時偶然にも、オレのスマホがピンコン♪と通知音を鳴らした。
つかまれてない方の手でスマホを取り出すと、裕太郎からメッセージが。
『本日限り!たまご一パック98円!!お一人様一パックまで!無くなり次第終了!を買いに行かないと母にアレされるから!!』
どうやら裕太郎は母親からおつかいを頼まれたため、急いでスーパーに向かったらしい。お一人様一パックまでということは、信彦も戦力ってことだ。
ナイス裕太郎ママさん!!!
二人はもう帰路についていることを報せると、トキは不満そうにオレの腕を離した。
その後、二人の帰り道(こっそり下校デート)。
いつもの別れ道まで、トキはいつものように車道側を歩いてくれる。
「なぁトキ」
オレは俯きながらトキに話しかける。
「なに?」
今日一日は逃げ切ったけど、明日、明後日もこう上手く行くとは限らない。こんなジリジリした気持ちで過ごしたくない。
「あの、な……………」
今日は偶然が重なって言えなかった。けど、本当は、言いたくない。
「……」
オレはぎゅっと拳を作ると、トキを見上げた。
「オレたちが付き合ってるっての、言うの、やめにしねぇか?」
その瞬間、トキは立ち止まった。相変わらず無表情だけど、苛立ってるのが伝わってくる。
「なんで?」
一歩多く進んでしまったオレは、くるりと振り返った。
「なんでって…………言う必要ねぇ、から」
「必要はある」
「ねぇよ!」
トキの苛立ちが移ったのか、オレも言葉が強くなる。
「触る触らないって、もともと信彦と裕太郎は殆ど触ってこねぇし!……むしろ、言うことで今の仲を悪化させるかもしれないんだぞ?そんなことになったら、オレは……」
オレは土曜日に感じた、背筋がスッと冷たくなる感覚を思い出す。できたら二度と感じたくない。
「あの二人なら、大丈夫」
「何を根拠に!」
訳のわからないトキの自信に、オレはますます苛立つ。
「俺は、二人に知ってほしい。透と俺の間にあるのは、恋愛の好きだってこと」
「なんだそれ……」
またトキの笑顔に上手く丸め込まれるのか……そう思ったオレは、トキから目を逸らした。
「友達の好きじゃない、好きがあること」
でも、トキから伝わってくる柔らかい眼差し、オレが好きだって気持ち……それが心地良い。
「んなの、二人に言う理由になんねぇよ!」
トキの気持ちは嬉しい。けれど、それとこれとは別問題だ……!
「特別な、好きがあること」
「とくべつ……」
オレはその言葉にハッとした。
確かに、オレとトキの間には、オレと信彦、裕太郎の間には無い……特別な好きがある。この好きは特別だ。
……でも、それは二人に言う理由にはならない。
「だからもし透に、信彦と裕太郎たちと俺とで選択しないといけない場面が出てきたら、その選択で全員が傷つかないように……言っておきたい」
あ……
オレはトキを見た。
見上げるトキの顔は、口角が少しだけ上がり、目には優しい光が宿る。
それが、特別な好きと、そうじゃない好きの違い……
オレはトキの言葉に、恋人の好きと友達の好きの違いを見つけた気がした。
「確かに、そう、だ……」
もし信彦と裕太郎じゃなくて、恋人だからという理由でトキを選んでしまったら……トキが恋人だって知らない二人との間には、友情にヒビが入ってしまうかもしれない。
それは、いやだ。
「でも、さ」
でも、オレたちの交際を言うことで二人に嫌われてしまう可能性も……
「透」
「……」
「透。信彦と裕太郎は、そんなことで透と俺を嫌いになるような奴らか?」
「それは…………ない」
「ん」
オレは信彦と裕太郎を思い浮かべる。二人ほど長い付き合いではないが、信頼できる奴らだってことは知ってる。
「言う……言えるよう、がんばるからさ………トキも、力を貸してよ」
「ん」
見上げるトキの顔は、口角が少しだけ上がり、オレを映す目には優しい光が宿る。その大好きな笑顔に、オレも特別な笑顔を返した。
一方の頃、信彦と裕太郎は……
「なんだ?裕太郎」
「んー、透とトキ、まだ言ってこないなって」
「だな。付き合ってるのなんか、誰がどう見てもわかるってのにな」
「透がなんか言いたそうにモジモジしてる間になんやかんや重なってタイミングが合わず結局言えないこと早数回」
「さっさと言えってんだ馬鹿共!こっちがどんだけ気を使ってやってんのか……」
「まぁまぁ。たぶん透は、このいつもの四人の関係が壊れるかも……なんて悩んでるんだと思うよ?」
「ふんっ!それくらいで壊れるもんか!目の前でモジモジされる方が迷惑だ」
「でもさ。とことんまで悩みに悩んでる悩みまくる、しかもそれを隠そうとするところ……透らしいよね」
「それで寝不足になって目の下に二匹のクマを飼ってるところもな」
「それだけ俺たちとの友情を大切に思ってくれてるってことだよね」
「いくら大切だからって、ときには覚悟を決めてだな……」
「まぁまぁまぁまぁ。あ、これ食べる?」
「なんだこれは?」
「あれだよ。信彦の好きなあれ」
「あれか。じゃあもらう……ん、美味いな」
「二人を見てると、すごいなって思う。恋愛と友情なんてよくわからないものの間に、きっちり線を引いてさ」
「それは同感だ。透とトキの間ではこうだけど、それ以外ではこう……って決めてるのは正直すごいな」
「だよね。今後、来年再来年、そらからもっと後……二人はどうなってくのかな」
「んー……まぁ、なるようになるだろ。気にはなるが」
「じゃあさ、俺らはさ。この二人の行く末を、温かく気長に見守っていこうよ」
「だな。気長に待ってやるか」

