「…先輩、なに頭振ってるんですか?犬みたいですよ?」

「誰が犬だ。…って、もうこんな時間か」


時計台が視界の端に映り、もうすぐSHRの時間であることに気がつく。
結ぶのに時間を取られすぎたみたいだ。


「ネクタイも付けられたことだし、そろそろ行くぞ」

「あ、待って先輩」

皐月のそばを離れようとした瞬間、その声とともに重心が後ろに傾くのを感じたが、あまり身体能力のない俺にはどうにもできず。

「な……、」

気づいたときには、シトラスの香りの中にいた。
…だから、なんでこうる?!
これをデジャブと言わず何と言おうか。
さすがに文句のひとつでも言ってやらないと気が済まない。
動揺している俺とは反対に、当の本人は気にせず喋り出す。

「これ、もらっちゃダメですか?あ、交換って意味ですよ?さすがに。全学年同じ色だし問題な───」

「〜っわざわざそんなことを言うために抱きしめるなこのバカ!!」


昨日の如く、鉄拳をお見舞いしてやろうとして───失敗した。
真正面にある端正な顔がこちらを覗く。
振りかぶった手のひらが包まれて、ぎゅっと握られる。
そこからじわりと伝わる熱が、全身を駆け巡るようで。