こんなにも落ち着かない気持ちで迎える放課後は、初めてだ。
「おい、木瀬。そういえば、今日ネクタイ付けていないな?」
帰りのSHRが終わり、部活に行く生徒や友だちと帰り出す生徒たちがいる中。
「木瀬は風紀委員だろう。しっかりしてくれよ」
担任が俺の首元に目をとめて、そんなことを言ってきた。
今更かよ…とは、口が裂けても言えず。
「はは、すみません。今朝結び直してたら、落として汚れてしまったもので」
鍛え抜かれた営業スマイル…もとい作り笑いで、へらりと誤魔化す。
いい成績を求めるくせに、俺には興味もくれずに勉強だって見ようとしない。
現に、今この瞬間までネクタイがないことに全く気づかなかった。
「今日しっかり洗濯して、明日ちゃんと付けてきます」
だからといって、どうというわけではないけれど。
「あぁ、頼むぞ〜風紀委員。じゃあまた明日な」
「はい、さようなら」
自分のことを見てくれる存在は、きっとかけがえのない人なのだと思う。
だから───
「木瀬先輩、迎えに来ました」
皐月が俺の、かけがえのない人なのかもしれない…なんて。
「…って、聞いてます?せーんーぱーーい」
柄にもなく、そう思ってしまった。
「っ、聞いてるから!いちいち近いんだよ…ってか、なんで教室に…」
「だから、言ったでしょ?迎えに来たって」
「それは聞いたけど…」
「一分一秒も、木瀬先輩との時間を無駄にしたくない。そう思って、来たんですよ」
心臓が、ドクンと跳ねた。
皐月は伏し目がちに首を小さく傾げ、
「ダメ…でしたか?」
なんて、聞いてくる。

