「おれがノンケだったらどうするつもりだったんだよ?」
同性同士の恋愛は、基本的には同じ性的指向によって成り立つんだと思う。おれはなんとなく普通ではないと感じてはいたけど、今まで男が好きだと思ったことはなかった。かといって女に興味があったわけでもなくて。
だから、律はどうなんだろう。ちょっと意地悪な質問をしてしまったかなと思ったけど、律は何の迷いもなくおれに言った。
「僕には性的指向がどうのとか関係ないんです。男が好きとか女が好きとかじゃなくて、湊先輩が好きなんです。それ以上でもそれ以下でもないんです」
ああ、そうか。そういうことなのか。
律の言葉が、心にストンと落ちた。
「中学の時、部室で陰口を言われた時があったんだ」
「……先輩、あの時近くにいたんですか」
「ああ、お前がかばってくれたのも知ってる。……あの時はありがとな」
あの時を境に、おれの気持ちに変化が現れた。けど、トラウマが邪魔をして、自分の気持ちに気づかないふりをした。
今ならわかる。あの時から律を見る目が変わっていたんだ。
「あの出来事以降、大多数と同じ道を進まなきゃ、また気持ち悪がられる……そう思って生きてきた。だから、お前がおれ相手に胸キュンシチュを仕掛けてきた時、無意識に勘違いだと思い込もうとしたんだ」
「先輩、僕があんなにアピールしていたのに、反応がいまいちだったから脈がないのかなって思ってました」
「あはは。お前は女の子が好きだと思い込んでいたからな。まさかおれのことを好きなんて思わないだろう?」
ほんと、すべての出来事が今思えばだ。
律は一言も好きな女の子とは言ってないし、胸キュンシチュのことだってそうだ。あんな偶然が何個も続くなんてことはありえないだろう。
それでもおれは思い込みで、すんなりすべてを受け入れてしまっていた。
今思えばって振り返っても、笑い事でしかないけど。
「先輩にその気がないのなら、そろそろ諦めなきゃいけないのかなって。それなのに先輩は上目遣いしてくるし、僕、我慢するの大変だったんですから」
「あ! だからあの時顔を背けたのか?」
「そうですよ。どうせ諦めるならって、先輩をそのまま襲ってしまいたい衝動に駆られました」
「おそっ……!?」
律の言葉を一瞬にして理解したおれの顔は、一気に熱を帯びる。
コミュ障だった律は、どこに行ったのだろう。次から次へと恥ずかしくなるような言葉が飛び出してくる。
「……あ、先輩かわいい。顔真っ赤ですよ」
「な……っ」
真っ赤になったおれを見て、フッと気が抜けたような照れ笑いを浮かべた。
おれは恥ずかしくて仕方がないのに、律はすごく幸せそうだ。
けどふと視線を下げ、寂しげな表情を浮かべた。
先程あんなにグイグイ畳み掛けるように話していたのに、今度はぽつりぽつりと言葉を探しながら話しだした。
「返事をしてもらえなくなった時、本当に悲しかったんです。……嫌われちゃったかと思ったら、急に怖くなって、どうにかして先輩と連絡取らなきゃって、必死だったんです。……すみません、執拗なくらいに連絡をしてしまって」
「屋上前の踊り場での出来事で、おれは完全に勘違いをしてしまったんだ。律は好きな子と両思いになったのだろう。それなら、これ以上踏み込んではだめだ、距離を置かないとって思ったんだ。……その行動が、律を不安にさせてしまったんだな。ごめんな」
「いえ。僕が本当のことを早く言わなかったのがいけなかったんです。すごく後悔しました」
「おれが勝手に勘違いして、これ以上踏み込んじゃだめだってブレーキをかけようとした。でもそう思った時点で、もうおれの心は律にあったんだろうな」
泣きそうになっている律の手を取ると、手の甲にチュッとキスをした。
「先輩!?」
「お前の熱い気持ちを聞けて嬉しかったよ。ありがとな。……おれの気持ちも、お前と同じだ」
「それって……」
律はおれの言葉の真意を探るように、じーっとこちらを見つめている。ああ、随分と遠回りな言い方をしてしまったな。おれもちゃんと言葉にして伝えないと。
「律、おれもお前のことが好きだ。もう距離を置こうなんて思わない。ずっとそばにいたい」
おれの告白を受け止めた律は、信じられないといったふうに大きく目を見開いた。そしておれの横まで来ると、ぎゅっと嬉しそうに抱きついてきた。
「僕が先輩を好きになることは、生まれる前から決まっていたと思うんです。離れたくない、そばにいさせてください」
「ありがとう。……自分の気持ちをちゃんと伝えられるようになってよかったな。トラウマを持っていたなんて嘘のようだ」
「先輩とたくさんお話したくて頑張ったんです。他の人と話すのは、今も怖いです」
初めて会った頃の律は、守ってあげないとって思わせるような子だった。だからおれは思わず声をかけたんだと思う。
でも今の律は、自分の意志でこんなにしっかりと思いを伝えることができるようになった。
「そっか。頑張ったな、律」
おれは、律がとても愛おしくて、抱きしめられたままの姿勢で頭を頭ぽんぽんと撫でてやった。
律はおれの肩のあたりに、甘えるように首をぐりぐりと押し付け、スーハーと深呼吸をした。
「先輩、いい匂いです……」
ああ、忘れていた。律は幼い頃からおれを追いかけ続けていた、執着強めのストーカーだ。
でも律に甘いおれはそれを許してしまうし、むしろもっとと追い求めてしまう。
「おれは、一生律から離れられないんだろうな」
そして、おれもお前を離すつもりはない。
おれは律の頭を撫でながら、幸せを噛み締めた。
(おわり)
同性同士の恋愛は、基本的には同じ性的指向によって成り立つんだと思う。おれはなんとなく普通ではないと感じてはいたけど、今まで男が好きだと思ったことはなかった。かといって女に興味があったわけでもなくて。
だから、律はどうなんだろう。ちょっと意地悪な質問をしてしまったかなと思ったけど、律は何の迷いもなくおれに言った。
「僕には性的指向がどうのとか関係ないんです。男が好きとか女が好きとかじゃなくて、湊先輩が好きなんです。それ以上でもそれ以下でもないんです」
ああ、そうか。そういうことなのか。
律の言葉が、心にストンと落ちた。
「中学の時、部室で陰口を言われた時があったんだ」
「……先輩、あの時近くにいたんですか」
「ああ、お前がかばってくれたのも知ってる。……あの時はありがとな」
あの時を境に、おれの気持ちに変化が現れた。けど、トラウマが邪魔をして、自分の気持ちに気づかないふりをした。
今ならわかる。あの時から律を見る目が変わっていたんだ。
「あの出来事以降、大多数と同じ道を進まなきゃ、また気持ち悪がられる……そう思って生きてきた。だから、お前がおれ相手に胸キュンシチュを仕掛けてきた時、無意識に勘違いだと思い込もうとしたんだ」
「先輩、僕があんなにアピールしていたのに、反応がいまいちだったから脈がないのかなって思ってました」
「あはは。お前は女の子が好きだと思い込んでいたからな。まさかおれのことを好きなんて思わないだろう?」
ほんと、すべての出来事が今思えばだ。
律は一言も好きな女の子とは言ってないし、胸キュンシチュのことだってそうだ。あんな偶然が何個も続くなんてことはありえないだろう。
それでもおれは思い込みで、すんなりすべてを受け入れてしまっていた。
今思えばって振り返っても、笑い事でしかないけど。
「先輩にその気がないのなら、そろそろ諦めなきゃいけないのかなって。それなのに先輩は上目遣いしてくるし、僕、我慢するの大変だったんですから」
「あ! だからあの時顔を背けたのか?」
「そうですよ。どうせ諦めるならって、先輩をそのまま襲ってしまいたい衝動に駆られました」
「おそっ……!?」
律の言葉を一瞬にして理解したおれの顔は、一気に熱を帯びる。
コミュ障だった律は、どこに行ったのだろう。次から次へと恥ずかしくなるような言葉が飛び出してくる。
「……あ、先輩かわいい。顔真っ赤ですよ」
「な……っ」
真っ赤になったおれを見て、フッと気が抜けたような照れ笑いを浮かべた。
おれは恥ずかしくて仕方がないのに、律はすごく幸せそうだ。
けどふと視線を下げ、寂しげな表情を浮かべた。
先程あんなにグイグイ畳み掛けるように話していたのに、今度はぽつりぽつりと言葉を探しながら話しだした。
「返事をしてもらえなくなった時、本当に悲しかったんです。……嫌われちゃったかと思ったら、急に怖くなって、どうにかして先輩と連絡取らなきゃって、必死だったんです。……すみません、執拗なくらいに連絡をしてしまって」
「屋上前の踊り場での出来事で、おれは完全に勘違いをしてしまったんだ。律は好きな子と両思いになったのだろう。それなら、これ以上踏み込んではだめだ、距離を置かないとって思ったんだ。……その行動が、律を不安にさせてしまったんだな。ごめんな」
「いえ。僕が本当のことを早く言わなかったのがいけなかったんです。すごく後悔しました」
「おれが勝手に勘違いして、これ以上踏み込んじゃだめだってブレーキをかけようとした。でもそう思った時点で、もうおれの心は律にあったんだろうな」
泣きそうになっている律の手を取ると、手の甲にチュッとキスをした。
「先輩!?」
「お前の熱い気持ちを聞けて嬉しかったよ。ありがとな。……おれの気持ちも、お前と同じだ」
「それって……」
律はおれの言葉の真意を探るように、じーっとこちらを見つめている。ああ、随分と遠回りな言い方をしてしまったな。おれもちゃんと言葉にして伝えないと。
「律、おれもお前のことが好きだ。もう距離を置こうなんて思わない。ずっとそばにいたい」
おれの告白を受け止めた律は、信じられないといったふうに大きく目を見開いた。そしておれの横まで来ると、ぎゅっと嬉しそうに抱きついてきた。
「僕が先輩を好きになることは、生まれる前から決まっていたと思うんです。離れたくない、そばにいさせてください」
「ありがとう。……自分の気持ちをちゃんと伝えられるようになってよかったな。トラウマを持っていたなんて嘘のようだ」
「先輩とたくさんお話したくて頑張ったんです。他の人と話すのは、今も怖いです」
初めて会った頃の律は、守ってあげないとって思わせるような子だった。だからおれは思わず声をかけたんだと思う。
でも今の律は、自分の意志でこんなにしっかりと思いを伝えることができるようになった。
「そっか。頑張ったな、律」
おれは、律がとても愛おしくて、抱きしめられたままの姿勢で頭を頭ぽんぽんと撫でてやった。
律はおれの肩のあたりに、甘えるように首をぐりぐりと押し付け、スーハーと深呼吸をした。
「先輩、いい匂いです……」
ああ、忘れていた。律は幼い頃からおれを追いかけ続けていた、執着強めのストーカーだ。
でも律に甘いおれはそれを許してしまうし、むしろもっとと追い求めてしまう。
「おれは、一生律から離れられないんだろうな」
そして、おれもお前を離すつもりはない。
おれは律の頭を撫でながら、幸せを噛み締めた。
(おわり)

