月島湊(つきしまみなと)先輩」

 (りつ)は改まっておれの名前を呼ぶと、真っ直ぐな瞳をこちらに向けた。

「僕からの話、聞いてくれますか?」
「あ、ああ……」

 律の話を聞くというより、さっさとこちらから話をして、すぐ帰るつもりでいた。本当は、もうずっと距離を置いたままにしようと思ってたんだから。
 だけど、こうも改まって名前を呼ばれまっすぐ見つめられたら、逃げてないでちゃんと律の話を聞いてやらなきゃって思った。

「先輩、ありがとうございます。……あの、屋上に呼び出しておいてなんですけど、すみません、夕方にもなると屋上って寒いですよね。場所を移動しましょう。先輩が風邪引いたら困ります」
「……え?」

 覚悟を決めて、律からの報告を聞こうとしたのに、ここから移動??
 さっきまで無理をしていたんだろうな。律を見たら、腕をさすさすとさすっている。たしかに、日が落ちてきて寒くなってきている。
 そんな緊張感の緩んだ律を見ていたら、思わずぷっと吹き出してしまった。さっきまでの緊張はなんだったんだろう。
 律は、こういう変なところで抜けていることがある。普通、少女漫画に出てくるような胸キュンチュなんて、本気で再現すると思うか? それなのに律は大真面目だった。頭はいいのに、抜けているところがある。言い方が悪いけど、愛すべきバカだ。

「そうだな。たしかに寒くなってきた。……いつものファミレスでいいか?」
「いえ、僕の家はどうですか? ……ちょっと、外では話し辛い内容もあって……」

 ああ、緊張の糸が切れて忘れかけてたけど、これから律のプライベートな話をするんじゃないか。

「わかった。律の家に行こう」
「ありがとうございます!」

 湧に連絡だけ入れて、律の家に向かった。

 律の家に行くと、お手伝いさんが紅茶とケーキを持ってきてくれた。

「こんな時間ですけど、もしよかったら食べてください。あとで、夕飯も食べていってください」
「ああ、ありがとう」

 そんなに長居するつもりはなかったのだけど、学校の帰り道に約束を取り付けられてしまった。やっぱりおれは律に甘いらしい。
 大切な話を控えているけど、とりあえずケーキを頂くことにした。

「ご両親は?」
「仕事です。今は海外に飛んでるようで、半月ほど顔を合わせていません」
「そうか。ご挨拶したいと思ったんだけど、いないならしょうがないか」

 律の両親は仕事で家を空けることが多い。小さい頃にも(ゆう)と何度か遊びに来たけど、ご両親に会えた記憶はほとんどなかった。だから兄弟のいない律は、おれを兄のように慕い、懐いてくれてるんだと思う。

 律から話があると言われてるのに、おれから切り出すのはちょっとずるい気がするけど、これはやっぱり言っとかないと。そう思っておれは先に話をさせてもらうことにした。

「なぁ、今日もさ、胸キュンシチュを試してたけど、もう練習はやめて本命に実践したらどうだ?」
「……もう、実践してます」
「え?」

 そうですねという同意の言葉が出てくると思ったのに、律は想定外の言葉を放った。あれだけおれにべったりついて回っていたのに、いつ本命に実践する時間があったんだ?

「僕の好きな人……振り向いてもらいたい人に、実践してます」
「……どういう……ことだ?」
「いつ気付いてくれるかなって、ずっとドキドキしながら待ってました。……でも、なかなか気付いてもらえなくて」
「だって、実践してた相手って、おれで。……でもお前が好きなのは、あの女の子で……」

 律の言ってることと、おれの最近の出来事と照らし合わせようとするけど、理解が追いつかない。こいつは何を言ってるんだ?  律の好きなのはあの子で、告白も成功して、両思いになって……。

「僕の好きな人は、ちょっと鈍感なんです。……そこが可愛いところなんですけどね」
「鈍感って!」

 律の言葉は、おれが言われたわけではないのに、なぜか言い返したくなってしまう。鈍感ってなんて言い草だよって。

「僕があんなにアピールしてるのに、なかなか気付いてもらえなくて。……だから、クラスメイトを利用させてもらいました。ヤキモチやいてくれるかなって」
「クラスメイト? やきもち?」
「あの転校生は、僕に恋愛感情なんて一切ないんですよ。興味があったのは、僕の頭脳らしいです。呼び出されたからなにかと思ったら、勉強教えてもらえないかって言われました」
「あの時の……!?」
「やっぱり見てたんですか。おかしいと思ったんですよ。急に避けられたから」
「別に、避けたわけじゃ……」
「ずっと練習だと勘違いしてるし、誤解して距離を取ろうとするし、焦っちゃいましたよ。──でも、今日話を聞いてもらえてよかった。湧には感謝しないとですね」
「そうだ! お前、鬼電しすぎだ! 湧が困ってたぞ!」
「先輩が出てくれないからじゃないですか」
「それは、おれはお前とあの子が……」

 ──と、そこまで言ってはたと言葉が止まった。
 この会話だと、まるで律のいう鈍感な人っておれみたいじゃないか!

 律が恋愛相談をしたあの日の言葉が蘇る。
『ずっと気になっていたんですけど、やっぱり僕の気持ちを知ってほしいなって思って……』
 脳内で何度も何度も律の言葉を繰り返した。考えれば考えるほど、ひとつの答えしか導き出せなかった。

 律の好きな人は、おれ、なのか?
「僕の好きな人は、月島湊先輩です」

 おれの脳内の声と、律の声が重なった。