「僕、実は気になる人がいるんです……」

 俺の目の前に座っている東雲律(しののめりつ)が口を開いたのは、全員がタブレットで注文を済ませ、ドリンクバーに行こうと腰を上げた時だった。

「え? ……今なんて?」

 おれも(ゆう)も予想もしていなかった言葉を聞き、二人顔を見合わせた。
 だって律は、高校生になるまで一度たりとも、異性に興味を持ったことなんて無かったんだ。年頃の男の子なら、あの子が可愛いとか好きとかお付き合いしたいとか、そんな欲望が出てくるじゃないか。なのにクラスメイトが盛り上がっていても、一切興味を示すことはなかった。
 その律が、だよ?

「ずっと気になっていたんですけど、やっぱり僕の気持ちを知ってほしいなって思って……」

 おれ達が戸惑っているのを全く気にしない様子で、律は話を続けた。

 放課後、学校近くのファミレスに集まったのは、おれ、月島湊(つきしまみなと)と、弟の月島湧(つきしまゆう)、そして東雲律の幼馴染の三人だ。
 今日は部活がないから、帰りにファミレスに寄ろうぜと、弟の湧から連絡があったのは、昼休み。
 特に何があるわけでもなく、ふらりと集まったのだと思っていたのに、律が突然爆弾を落としてきたんだ。

「……でもまぁ、律にもやっと春がやってくるのかもしれないと思うと、オレは感慨深いよ」

 早々にこの状況を受け入れた湧は、まるで保護者みたいなことを言う。
 そんな湧を見ていたら、おれもこの律から飛び出た恋愛相談の行方が気になり、半分上げた腰を下ろした。

「で、律はどうしたいんだよ?」

 グイッとテーブルに身を乗り出すように湧が律に近付くと、律もそれに応えるように顔を近付けた。

「僕は……他の人の前ではうまく話せないから、先輩や湧に相談したいなって思って……」

 近付いてきた律を真正面から直視してしまったおれは、思わずうっと目を瞬かせた。
 律は、まるで少女漫画から飛び出てきたような正統派のイケメンで、男のおれでも見惚れてしまうほどだ。しかも、頭脳明晰な上に運動神経まで良いときた。
 こんな非の打ち所のないスーパーマンのような律だけど、人とのコミュニケーションを取るのは大の苦手だ。まともに話せるのは、家族とおれと湧くらいしかいないと律はいつも言っている。

「そっかそっか。……うーん、なにか良い提案はないだろうか」

 湧はそう言いながら、前に乗り出していた身を緩めると、ドサッとソファーに背を預けた。
 律も同じタイミングで座り直したから、おれは少しホッと息を吐いた。
 イケメンは目の保養だと言うけれど、近すぎる距離で直視するのは、逆に毒のような気がする。

 湧は頭をガシガシとかき、おれは唇を尖らせ、二人でほぼ同時にうーんと唸った。

「気になる女の子に振り向いてもらいたいってことはさ、女の子が喜ぶようなことをしてみたら?」
「喜ぶようなこと?」
「例えば、そうだなぁ……。プレゼントをあげるとか?」
「なんか、下心があるようで……」
「──確かに」

 湧が出した提案に、律がちょっと申し訳無さそうに答えた。
 うん、それはおれも思う。そんなに親しくもない人から急にプレゼントを貰っても、逆に警戒するんじゃないか?

 その後も、重い荷物を持ってあげるとか……これはまぁ普通に人助けだな。掃除を代わってあげるとか、購買でお昼を代わりに買ってあげるとか、宿題を代わりにやるとか……っておい、それじゃまるでパシリじゃないか!
 おれの脳裏には、律が手もみをしながら媚びへつらっている姿が浮かんできて、思わずぷっと吹き出してしまった。

「なんだよ、オレが真剣に考えてるっていうのに」
「ごめんごめん」
「それなら、兄貴はなんか策があるのかよ?」

 湧のその言葉に、再びうーんと唸る。そう言われてしまうと、おれは特に何も思い浮かんでいない。
 そんな時、ピロン♪とスマートフォンが鳴った。
 普段は消音にしているのだけど、今日は大好きなアニメの舞台挨拶の当落がわかる日だ。すぐ結果を知りたくて、学校を出てからすぐに音量設定を上げていた。

 ……あ!
 メールを開き、当落の確認をすると同時に、おれの脳裏にあることが閃いた。

「やった当たった! そうだ! その手があったじゃないか!」

 おれの口からは、当落の喜びと閃いたって喜びがいっぺんに口に出た。うん、ナイスアイデアが浮かんだぞ!
 一人納得して嬉しそうにしているおれを、律も湧もわけがわからないといった様子で見つめている。
 そんな二人に、おれはふふんっと鼻高々に究極のアイデアを披露することにした。

「女の子が好きそうなシチュエーションをさり気なく再現して、律に興味を持ってもらうんだよ!」
「好きそうなシチュエーション?」
「そう。題して、少女漫画みたいな胸キュンシチュで、あの子のハートをGETしちゃおう作戦!」
「うわ、ださっ」

 意気揚々と声高々に宣言するおれに、湧は冷たい視線とともにぼそっと辛辣な言葉を投げ捨てた。

「それ、良いかもしれないです!」
「え? 良いのかよ?」

 おれに辛辣な言葉を浴びせた湧に対して、予想外に話に乗ってきた律は、キラキラと目を輝かせた。

「湊先輩が考えてくれるんですよね? 僕、振り向いてもらえるようにがんばります!」

 何故か律はおれの手をガシッと握り、めちゃくちゃ嬉しそうに微笑んだ。