「ねえ、いまから美蕾とプリ撮りに行こうって言ってるんだけど、りんりんはどうする?」
その日の放課後。
スクバに教科書を詰め込んでいると、莉奈がそう声をかけてきた。
朝のこともあって、気を遣って誘ってくれているんだろうことは、わかりたくなくてもわかってしまった。
おそろいのツインテールで、プリクラを撮る予定だったことは、言われなくても理解する。
私がいないほうがいいことは明瞭だ。
莉奈の長い髪が揺れているのを見て、迷うような表情を作ってから口を開いた。
「あー……今日は確か塾があるから遠慮しとくね」
「あ、そうなんだ! りんりん真面目だもんねえ」
その率直な言葉に苦笑いを浮かべる。
「そんなことないよ。楽しんできてね」
「うん! りんりんも頑張ってね!」
本当は塾の授業はない。
嘘をついてしまったことに少し罪悪感が湧いたけれど、ふたりのツインテールがゆらゆらと揺れているのを目にして、思わず小さくため息をついた。
……3人は、辛い。
女子の世界では、いつのまにか3人のうち2人が仲良くなってしまうのが相場だと思う。
といっても私たちの場合は、莉奈と美蕾は1年のときからクラスが一緒で、3年のクラス替えで私も加わって3人になったという状況だ。
始業式の日に、はじめから2人で行動していた莉奈と美蕾に声をかけてもらって、いまも一緒にいる。もう2ヶ月以上経つのに、未だに莉奈と美蕾に対して心を開けていない自分がいるのだ。もともと仲良いところに、ひとりで飛び込んでしまった私は、はっきり言えば“疎外者”感が否めない。
だけど、莉奈と美蕾は、はじめ人見知りをして困っていた私に笑顔を向けてくれた優しい子たちだ。あのときに話しかけてくれたことは、いまでも本当に感謝している。
でも居心地が良いとは決して断言出来ない日々を過ごしている。そんな空気のまま数ヶ月が経ったのだ。
帰る準備をして、教室を出る。
そのまま廊下を歩いていると、クラスメイトの手塚くんが、青衣くんに必死に話しかけているのを目撃した。
「なーあ、青衣! 俺新曲聴いたぜ! めっちゃ良かった!」
「あーそうなん。どうも」
「つれねえなあ! いまからカラオケ行くんだけど、青衣も来ねえ?」
「俺は帰るわ」
「そうかよ! しゃあねえなあ……じゃあ、またな!」
ぶんぶんと勢いよく手を振る手塚くん。それに青衣くんは、彼とは対照的にヒラヒラと軽く振った。
青衣くんが転校してきたあの日の出来事を忘れられない身からすれば、彼と手塚くんがこうやって仲良さげに話しているのに驚いてしまう。
あんなにはっきりと自分の感情を露わにしたのにも関わらず、青衣くんは手塚くんに受け入れられている。
その事実に勝手にショックを受けた私は、どうやら青衣くんのことを凝視してしまっていたらしく、彼とバチッと音がしそうなほど目が合った。
透き通るような瞳に見つめられ、ぐっと喉が締まる。
さっきと変わらない、少し不機嫌そうな表情。
本能的に、逃げなきゃと思った。
何かを話しかけられる前に、ぱっと視線を逸らして足早に靴箱に向かう。
青衣くんが言葉を投げかけることはなかったけれど、去っていく私に痛いくらいの視線を寄越してきたのは背中で感じた。
勝手に責められているみたいな気分になる。
わかってる。ぜんぶ考えすぎだって。
でも、自分の気持ちを表に出せないせいか私は、頭の中では色んなことをぐるぐると考えてしまう。
悪い傾向だと自負しているけれど、仕方のないことでもあると思う。
私の発言で何かが動くのが怖い。そういう意見だって、世の中にあってもいいはずだ。
それなのに。
いいと思っているはずの自分が、苦しくて息が出来なくなっている。こんな自分なんか、……大嫌いだ。
学校から家までの道をぼんやりと歩く。
制服のポケットに手を入れてスマホを取り出し、ラインを開くと、お母さんからの通知が届いていた。
『模試の結果はどうだったの? 今日はお母さんもお父さんも帰りが遅くなるからご飯は自分で作ってください』
模試、という単語を見た途端に嫌気がさす。
わざわざ、そんなことラインで送ってくる必要ないのに。もっと他に、言うことないの?
ぐるぐると不満が頭を支配して、挙句、はあ……っとため息が漏れる。
どうせ家に帰っても、ひとりだ。
両親が共働きで、自分で夕食を作るのは慣れているけれど、今日はなんだか自炊する気にはなれない。
コンビニかどこかで夜ご飯を買おうかと考える。
そうやって思考を巡らせていると、私の居場所はどこなんだろうと漠然と疑問を抱いた。
学校も、家も、息苦しい。私が居ていい場所なのか、わからない。
「塾……行こうかな」
家に帰りたいわけでもなく、かと言って学校に残る気分でもないから、塾の自習室に行くことにした。
つまらない人生な気がして、そんなことを考えている自分にも疲弊する。
学校よりもっと先にある塾へ向かうために、Uターンする。
ひとりで歩いていると落ち着くのに、その反面、世界には自分だけしかいないような錯覚に陥る。
そんなわけないのに。
漠然と襲ってくる孤独を振り払いながら、スクバを肩にかけ直し、足早に塾へと向かった。



