「……ん! りんりんってば!」
「…………っわ、莉奈。ごめん、何だっけ?」
「もう、りんりん、青衣くんがいなくなっちゃってから、ずっと上の空だよねえ……。大丈夫?」
「うん……大丈夫だよ、ごめんね」
莉奈が心配そうに顔を覗き込んでくる。安心させようとニコッと微笑むけれど、うまく笑えた自信はない。
莉奈の隣に立っている美蕾ももちろん元気がなく、もっと言えばクラスの雰囲気も少し暗い。
「……ねえ花梨、本当に青衣くんから何も聞いてないんだよね?」
「うん……。わたしはまったく知らないよ」
「そっか……。手塚も知らないみたいだし、突然すぎて皆んなびっくりしてるよ」
青衣くんと会った最後の夜。どうしてか彼が消えてしまいそうな不安に駆られたのは、ただの杞憂ではなかった。
次の日から学校にも浜辺にも来なくなり、体育祭前のようにお母さんの体調が悪いのかと心配していた矢先、担任の先生から青衣くんが転校してしまったとの報告があった。
体育祭で仲が深まっていたからこそ、報告があったときクラスの皆んなはざわついていたけれど、誰かが呟いた言葉が、やけに教室内に響き渡ったのを思い出した。
『青衣って……俺らには想像もつかない何かと、戦ってんだろうなあ』
青衣くんは、ずっと見えない苦しさと戦っているのだ。それを少しだけ共有してくれた浜辺での夜を、わたしは繋ぎ止められなかった。
いま彼がどこでどうしているのか、わからない。誰も連絡先を知らないから、本当に連絡手段がないのだ。
もし、青衣くんが夜ひとりで泣いていたら。辛くて何もかも捨ててどこかへ行きたくなっていたら。
そう考えれば考えるほど、彼の隣にいたい衝動に駆られて仕方がなくなる。
わたしは無力だけれど、青衣くんにとっての少しの安らぎになれていたら良いと思っていた。だけどそばにいられないのなら、そんな小さなことさえも出来なくなってしまう。
「よしっ、じゃあ今日の放課後、りんりんと美蕾を元気付けようの会を開こう! 3人で可愛いカフェでも行こうよ!」
溌剌とした莉奈の声に、美蕾も乗っかる。ふたりの明るい声のおかげで、青衣くんがいなくなって落ち込んだわたしの心も、深く沈まずにいられるのだ。
「ありだね。花梨は行けそう?」
「……うん! もちろん行こう」
「やったあ、決まり! お店調べとくね〜」
3人で嬉しくて、ほおが綻んだ。それと同時に、お母さんへの罪悪感が胸の内を占めていく。
……今日も、塾をサボるんだ。
実は青衣くんと最後に話した夜を含め5日間、無断で塾を欠席していた。いままでは風邪を引いても無理やり通っていたから、塾だけでなく学校や習い事をサボったことなど一度もない人生だった。
だけど青衣くんに出会って、お母さんのレールに乗るのがもう嫌になり、反発することを覚えたのだ。そろそろバレて怒られるであろうことはわかっているけれど、だからといって自分の心を殺してまでして塾に行くのも辛かった。
それならいっそ、ふたりと遊んでいたいと思う。明るい友達といるだけで癒されるから。
多くの大人はこんなわたしを、甘えていると笑うのかもしれない。親の言うとおりにするのが正解だと諭してくるのかもしれない。
だけどいまのわたしは、自分で選んだ道を生きたいと強く願っている。それが甘えた夢でも、間違えた人生でも、自分の意思に素直になることが大事なのだと青衣くんに教えてもらった。
友達と遊ぶことも大切だ。ふたりの笑顔を見ていると幸せな気持ちになれるから、心が健康になっている気がする。
「じゃ、今日も授業頑張ろうね!」
「うん。莉奈は寝ないようにね?」
「あっ、りんりんひどーい! あたしだって寝たくて寝てるわけじゃないんだよ? 睡魔があたしにばかり会いに来るから……」
「はいはい、言い訳はなしね」
「ええ、美蕾もひどいっ……」
3人で笑いながら席に着けば、お母さんへの罪悪感も薄れる気がした。



