「わっ、来たよ! ついにクラス対抗リレー!」
「花梨ほら、一緒に応援するよ!」

 莉奈たちに催促されて、ふたりの横に並ぶ。救護テントで捻挫をした足首を簡易的に固定してもらったおかげで、歩いてもそこまで痛くない。

「花梨、もう足は大丈夫なの?」

 美蕾が心配そうに表情をうかがってくれ、力強くうなずいた。

「うん、だいぶ和らいだよ」
「よかったよ……。りんりんが捻挫してたことに気づかなかったの、あたしたちほんとサイアクだよね……」
「ううん。そんなことないよ。我慢して出さないようにしてたのは私だもん」
「りんりん……っ、ごめんね。でも、青衣くんが代わりに走ってくれるようになったって聞いて、あたし含めクラスの皆んなびっくりしてたよね」

 莉奈の言葉に、口元が緩む。
 それは、つい数十分前のこと。あの後、青衣くんにおんぶされたまま、クラスのみんなのところへ向かったのだ。

『え、青衣?! なんでお前……って、え?! どうしたの芹名さん!』

 近づいてくる私たちに気づいた手塚くんが、そう素っ頓狂な声をあげ、他のクラスメイトたちもびっくりしたように私と青衣くんを交互に見ていた。

 数日間登校していなかった青衣くんと、その彼におぶわれている私。なにもかもちぐはぐで、みんなが混乱するのも無理はないと思う。
 恥ずかしかったけれど、状況が状況なため、青衣くんの背中から降りられるはずがなく。視線を集める中、彼が口火を切ったのだ。

『学年競技、出れんくてごめん。ここ数日のリレーの練習も来れんかったのも、ほんまにごめん。母親の体調が良くなくて、なかなか学校に行けんかったんや』

 私を背負ったまま、頭を下げた青衣くん。クラスのみんなと関わってこなかった彼は、もういなかった。
 しばらくその場は、沈黙が続いた。きっと、誠心誠意謝った彼のそのまっすぐさに、皆んなどう接して良いのかわからなかったのだろう。

 その静寂を切り裂いたのは、やっぱり手塚くんだった。彼は泣きそうになりながら唇を尖らせた。

『青衣なあ……っ! お前、連絡ぐらいしろよー!』
『それもごめん。そもそも俺、皆んなのライン知らんかった』
『……うわほんとだわ! 最初の方、クラスライン誘ったのに冷たく断られたのいまだに根に持ってんだぞ!』
『うん。あとでまた誘って』
『んなの当たり前だわ!』

 手塚くんの持ち前の明るさでみんなが笑顔になり、やっと空気が和らいで、各々青衣くんに声をかけ始めたのだ。
 クラスの男子と冗談を交わしたり小突きあっている青衣くんを見ると、彼も普通の男子高校生なのだなと当たり前のことを実感した。

 そうしているうちに、ついに私に視線が向く。

『それで、芹名さんはどうしたの?』

 手塚くんが首を傾げて尋ねてくれ、私は緊張しながらもなんとか声を振り絞った。

『実は……さっき捻挫、しちゃって。クラス対抗リレー、……出られなくなりました。私がやるって言ったのに、いっぱい練習したのに……ごめんなさい』

 伝えながら、涙が滲みそうになる。一緒に放課後バトンパスの練習した坂木さんや三木くんたちが、どんな顔をしているかなんて確認できなかった。
 だけど、私が悔やむより先に、坂木さんが温かい言葉をかけてくれたのだ。

『残念だけど、女子リレー頑張ってくれてたもんね。足、大丈夫? 救護テントまで一緒に行こう』

 彼女の言葉で気づいたことがある。私はぜんぜん、周りが見えてなかったのだと。青衣くんの言うとおり、もっと自分を甘やかして良いのだと。

 泣きそうになるのを堪えながら、なんとかうなずいた。ありがとう、と言えば、坂木さんは微笑んでくれた。

『青衣くんも芹名さんも、そんなに謝らなくていいよ! せっかくの体育祭なんだから、笑顔笑顔!』
『マジでそれな? 芹名さんなんかさっきすげえ速かったし、感動したもんな』
『青衣もきちんと事情話してくれたし、なんの問題もねえよ。あ、次のリレー期待してるからな?』

 クラスメイトが口々に私たちに声をかけてくれて、またもや涙腺が緩みそうになるのに必死だった。
 温かいクラスだと思った。青衣くんも、きっとこのクラスでよかったと感じていたに違いない。

『そのことやけど、俺が出れんくなった花梨の代わり走ってもいい?』
『え、まさか青衣、連続して2人分走ろうとしてんのか?! そんな無茶なことする?!』
『する。大丈夫、ぜったい1位取るから』
『なん……っ、マジか。うわ、言ったからな?』
『もち。手塚もコケんといてな』
『だからなんで俺コケる枠なんだよ!』

 どっと笑いが起きて、空気が緩む。そのときやっと、クラスがひとつになったのだと感じた。

『ほんと……青衣くん、カッコいいね』
『どうしよう。ずっと冷たい印象あったから、こんなふうに話してるの見たら好きになっちゃいそう』
『後輩たちにもファン続出だろうな……』

 周りから聞こえる声が、少しだけ心を沈ませた。だって、青衣くんがこれ以上人気になるのは嬉しい反面、ちょっとだけ嫌だから。
 青衣くんのかっこいいところも優しいところも、……わたしだけが知っていたら良いのにな。
 そんなのはわがままで、きっと傲慢だけれど、彼がもっと遠い存在になってしまうことを阻止したい気持ちはわかってほしい。

 そして同時に、美蕾に対して申し訳ない気持ちが湧き出ていて。
 青衣くんにおぶわれて皆んなのところにやって来た私を見て、彼女はきっと、疑問がたくさんあったに違いない。

 それなのに、美蕾は何も聞いてこなかった。それが彼女の優しさなのだと私はわかっていたのに、その優しさに甘えて何も言えなかったのだ。
 美蕾に嫌われるのが怖い。
 彼女が先に好きだと言った人を、好きになってしまっただなんて言えない。

 もしかしたら、美蕾や莉奈に軽蔑されるかもしれない。そうなれば、3人からひとりになってしまう。そんなことが怖い私はいつだって弱くて、保身が大事な最低な人間だ。

 3人グループが少し辛いからといって、ひとりになりたいわけじゃなかった。
 彼女たちに何度も救われてきたし、ひとりでは出来ないことをたくさんさせてもらった。

 だけど、どうしても青衣くんだけは、彼だけは、誰にも手を伸ばしてほしくない人になってしまった。私だけが彼を知っていたい、そんなふうに思う存在になってしまったのだ。

「りんりん? 俯いてどうしちゃったの?」

 莉奈の声にハッとして顔を上げると、彼女はきょとんと私を見つめていた。
 慌てて口角を上げて、愛想笑いをする。だってこれ以上、心配させられない。

「ううん! なんでもないよ」
「ほんとに……? 本当はまだ足痛むんじゃない?」
「ぜんぜんだよ? グルグルに固定してもらってるし」
「そっかあ……」

 莉奈がしょぼんと肩を落とす。その様子を見て、いまの私の返答は間違ったんだと思う。

 ……やっぱり壁を作っているのは、きっと、私だ。
 私が本音を言わないことは、彼女たちは気付いている。だけどそれを責めないで、いつも私から話し出そうとするのを待ってくれている。

 いままでは自分のことに精いっぱいで。莉奈たちはふたりの方が楽しいのだから私なんかいらないと、私の言葉など興味ないんだと、そんなひねくれた想いが大きく膨らんで、自分の本音を押し潰していた。
 だから彼女たちの温かさに、気付けていなかった。
 きっと、気を遣わせていたんだ。そして美蕾も、私から話し出すのを待っている。

 青衣くんとどういう関係なのか、どうして2人で戻ってきたのか、聞きたくて仕方ないはずなのに。

「やっぱり……私、ぜんぜん、ダメだね」

 ふと、泣きそうな声が漏れ出てしまう。こんな弱音を、友達に話すときが来るとは思わなかった。
 家族にも言えず、友達にも言えず、ずっと抱えて溢れ出そうだった私の気持ちを掬ってくれたのは、紛れもなく青衣くんだ。彼が私を救ってくれたから、少しずつでも、莉奈や美蕾にも本音をぶつけられる気がしたのだ。

「りんりん……? 泣きそうだよ、何かあった? 大丈夫?」
「ううん、違うの……。いままでずっと、2人に気を遣わせてたなって、私ってダメだなって、急に後悔しちゃって」

 私がなんとかそう言葉を紡ぐと、莉奈と美蕾はふたりで顔を見合わせた。
 莉奈はきっと、状況が把握できていないのだろう。
 その天真爛漫な純粋さが、私たち3人には必要だった。

 話をして、美蕾に嫌われたくない。
 それなのに、話したくて仕方がない。

 本当はずっと、私の話を聞いてほしかった。だけどなぜか声が出なくて、2人の話を笑って聞くことしかしていなかった。

「ねえ、花梨はダメなんかじゃないよ」

 美蕾の言葉に、視線を上げる。美蕾と目が合うと、彼女は心なしか、怒ったような悲しんでいるような表情を私に向けていた。

「花梨は優しいから、私に気遣ってるんでしょ? 私が先に、青衣くんを好きって言ったから」
「……美蕾」
「言ってよ、花梨の本音。気なんて遣わなくていいよ。だって友達じゃん。私が先に好きになったのにとか、言わないよ。……確かにちょっとはそう思うけど、花梨だって、本気なんでしょ? その気持ちを否定するわけないよ」
「……っ、」
「私も莉奈も、待ってるよ。花梨の本音を聞きたくて、ずっと待ってる。好きなだけ、吐き出しなよ。ぜんぶ受け入れるからさ」

 いつもの美蕾は、こんなふうに言葉を真っ正面からぶつけたりしない。きっといままで、私にずっと、言いたかったのだろう。
 莉奈も隣でこくこくと頷いていて、彼女たちがどれほど私に気を揉んでいたのかが伝わってくる。

「……ふたりに嫌われるのが、怖かったの」

 私がいなくても楽しそうなふたりが、いつか私から離れてしまうんじゃないかと思って、辛かった。
 震える声で話し出すと、美蕾も莉奈も、大丈夫だよというふうに頷いてくれる。
 まだ、リレーは始まらない。選手入場のアナウンスがグラウンドに響いていて、だけどいまはそれどころじゃなかった。

「ふたりは、1年のときのクラスから……仲良いよね。だから、私ずっと、……よそ者なんじゃないか、とか、邪魔してるんじゃないかな、とか。そういうことばかり、考えてて」

 3人ということが辛かったのではない。ふたりの間にしかない絆を見てしまうのが苦しかった。

「……勝手に引け目を感じてたの。私の両親、勉強に対してすごく厳しくて、放課後は毎日塾ばかりで。……それは、高校受験を失敗してしまったからなんだけれど。ふたりが見たドラマの話とか聴いた音楽の話とか……入れないのも、寂しかったんだ」

 ずっとどこか鬱々とした気持ちを抱えて、ふたりと接していた。いま思えば、こんなふうに自分の本音を言ったとしても、ふたりが私を嫌いになることなんてあるはずないのに。

「あたし……りんりんのこと、誤解してたかも」

 莉奈がポツリとそうこぼした。莉奈に視線を向けると、彼女は困ったように眉を下げて口を開いた。

「りんりん、毎日すごく勉強頑張ってるから、塾行って頑張ってるの知ってたから、遊びに誘っても迷惑かもしれないって思ってた。……いや、違うかも。りんりんがあたしたちに誘われて断る苦しさを味わってたら嫌だなって、思ってたんだ」

 ……誘われて断る、苦しさ。
 莉奈に言われて、ハッとする。彼女たちに遊ぼうと誘われたとき、嬉しいはずなのにいつも悲しかった。放課後には塾が待っていて、本当はふたりと遊びたいのに、遊べない悲しさが勝っていた。その感情が、無意識のうちに表情に出ていたのかもしれないと。

 莉奈がそんなことを考えていただなんて知らなかった。きっと、わかろうとしていなかったのだ。

「りんりんが“一緒に遊ぼう”って言ってくれるのを、待ってたんだ。でも、それじゃあ伝わらないよね。それにあたしいつも、“りんりんはあたしたちとは違うね”って言っちゃってたよね? ごめんね、……全然わかってなかった。なんにも違くないよね、同じだよね」
「……莉奈」

 莉奈が眉を下げて微笑んだ。彼女も我慢していたのかもしれない。私ばかりが苦しいわけじゃ、なかった。当たり前のことを、いまさら気付かされる。

「こんなこと、あたしが言うべきじゃないかもだけど……あたしたち、りんりんから壁を感じてたんだ。本当は嫌々あたしらと一緒にいるんじゃないかな、とか、無理やり話合わせてくれてるんじゃないかなって」
「……そんなこと、ないよ」

 そんなこと、あるはずない。だってクラス替えの後、私が友達を作れずひとりでいたときに、とびきりの笑顔で話しかけてきてくれたのは、紛れもない莉奈と美蕾だったから。

「私は……ふたりの邪魔をしてるんじゃないかって、怖かった。でもそれ以上に、莉奈と美蕾に嫌われたくなかった」
「……邪魔だなんて、思うわけないじゃん。花梨と仲良くなりたくて、わたしたち勇気出して話しかけたんだもん。それに話しかけたとき、花梨すっごく嬉しそうに笑ってくれたから、莉奈とふたりで本当に喜んでたんだよ?」
「……美蕾」
「それにさ、花梨は優しすぎるの! もっと真正面からぶつかってきてくれていいのに、花梨の気持ちが大切なのに、押し殺しちゃダメだよ」

 そんなふうに言ってくれる友達が、こんなに近くにいた。私の気持ちが大切だと言い切ってくれる、美蕾の少し怒った表情を見て、胸が熱くなり涙が溢れそうになる。

「……それに、誰もやりたがらないことを、花梨はやってくれるじゃん。私、いつもどこかで花梨がやってくれるって思ってて、何もできなかった。……もう最低だ、私。リレーだって、そう。リレーの練習で花梨が青衣くんと仲良くなってるのも薄々感じてたんだよ。だから、私はそういうところで、自分からチャンスを逃してたんだと思う。ぜんぶ人任せにしてたツケが、回ってきた」
「……それはあたしも! 嫌なことでもりんりんなら笑顔でやってくれるって、勝手に押し付けてた。そんなの友達って言えないよね。本当にごめんね、りんりん……」

 私は断れない自分が嫌だった。けれどその反面、私がいることで誰かの役に立っていると思えば、自分の存在意義を確認できるような気がしていたのだ。

 『長所は必ずしも、その人の価値やない』

 そう言ってくれた青衣くんの優しい声が、頭の中で再生される。その声に励まされて、私はいま友達と、初めて本音でぶつかろうとしている。

 美蕾が私をじっと見つめている。以前までの私なら、きっと怖気付いて真っ直ぐ視線を交わせなかっただろう。

「……青衣くんと仲良くなったのは、たまたま塾の帰りに浜辺で会ったことがきっかけなの。結構前なのに、ずっと美蕾に言えなかった。狡いこと、しちゃった。さっき美蕾が言ってたように……青衣くんのこと、私も好き。黙ってて、ごめんなさい」

 ああ、泣きそうだ。本音を言おうとすると、勝手に涙が出そうになる。そんな弱い自分が嫌いで、誰にも見せたくなかった。

 私の目尻にうっすら涙が浮かんでいるのに気付いたのか、莉奈が私の背中をさすってくれる。“大丈夫だよ”と支えてくれているみたいで、また涙腺が緩みそうになった。

 美蕾と視線を交わす。逃げない。ここで逃げたら、振り絞った勇気がぱちんと消えてしまう。自分のためにも、少しだけでも強くなりたい。
 こんなに真正面から目を見たのは初めてかもしれない。そんなことを考えていると、突然美蕾は、はーっと大きくため息をついた。

 その途端、自分がまずいことを言ってしまったのではないかと冷や汗が滴れる。やっぱり自分の気持ちなんて言わないほうが良いんだ……と後悔し始めたけれど、美蕾は私の予想に反して、屈託なく笑った。

「……あー! やっとすっきりした!」

 彼女にしては珍しく気の抜けた声音に、私も莉奈も、目をぱちくりとさせる。莉奈の手は相変わらず私の背中に触れていて、じんわりとした温かさを感じた。

「うん、そっか。花梨と青衣くんが前から妙に親密そうだったから勝手に思い悩んでモヤモヤしてたけど、事情を聞いてすっきりした。花梨の気持ちも、やっと知れたし。あーあ、早く聞けばよかったな」
「……美蕾」
「溜め込んでちゃ、ダメだね。ずっと私、こんなふうに花梨が心の奥に閉まってた言葉を聞きたかった。花梨は自分のこと狡いって言うけど、そんなの私だってそうじゃん。花梨の気持ち、見て見ぬふりしてたし。だから、さ。そういうお互いの良くない部分も受け入れられるようになりたいから、これからもちゃんと花梨の声聞かせてよ」

 美蕾は照れ臭そうに微笑んだ。莉奈も「そうだそうだ!」と首が折れそうなほど頷いていて、思わず吹き出してしまう。

 ……臆病なのはもうやめにしよう、そう思えた。ふたりなら、わかってくれる。私のことを、ちゃんと見て、聞いてくれるから。
 じんわりとした温もりが全身を駆け巡る。言いたかったことを声に出せることが、こんなに心を明るくさせるだなんて思ってもいなかった。

「……私、美蕾と莉奈と3人でいてよかった」

 ほんのり苦しかった“3人”が、だれが欠けてもいけない“3人”になれた。
 すべては捉え方次第だ。少し自分の考えを変えるだけで、見える世界が変わってくる。

「あたしもだよ、りんりん! いま最高に、この3人で良かったって思ってるよ」
「私も。莉奈と花梨と、仲良くなれてよかった。……あ、こんなこと言うの恥ずかしいから、今日限定だからね」
「あれ、急にいつもの美蕾に戻っちゃった……。えっ、てかりんりん泣かないで?! やだよ、りんりんが泣いたらあたしも涙出てくるよ〜〜っ」
「もう、莉奈まで……。ほら、泣かないで。ハンカチ貸すから、はい順番に拭いて」
「う〜〜っ美蕾お母さんみたい……。って、あれ、美蕾もなんか涙が……」
「気のせい! ほら、花梨もダラダラ泣いてないで拭いて!」

 ゴシゴシと美蕾にハンカチで目元を拭われる。少し強引な仕草に優しさが滲んでいて、莉奈と目を見合わせて“ツンデレだね”とアイコンタクトで微笑みあった。

「────お待たせしました! クラス対抗リレー第1走目は……」

 突如アナウンスが鳴り響き、現実に引き戻される。そうだ、いまは体育祭。

 急いで3人で肩をくっ付け合いながら並ぶ。探すまでもなく吸い込まれるように青衣くんが視界に現れて、彼のことが好きなのだと改めて実感した。

「青衣くん、カッコいいなあ……」
「花梨ったら、心の声漏れてるよ。あっ、待っていま青衣くんこっち見たよね?! 心臓飛び出そう!」
「おーいおふたりさん? すっかり仲良く青衣くん愛語っちゃってさあ……あたしも入れてよ〜」
「うーん、莉奈まで好きになっちゃったらややこしいからダーメ」
「ええ、寂しいってば!」

 そんなふうに言い合っていると、第1走者めの人たちがスタートした。私たちのクラスのひとりめは三木くん。彼は颯爽と2位で走り抜けた。

 手に汗を握る思いで大きな声で応援する。みんなと一緒に練習してきたから、たくさん話し合ったから、気持ちはフィールド内を駆ける彼らと同じだ。みんななら、大丈夫。そう願いながら、ギュッと拳を握りしめる。

 順調に三木くん、荒井くん、坂木さんとパスが繰り返されていく。走者が変わっていくにつれてグラウンド内の熱気が増していき、緊張感も膨れ上がる。

「すごい、みんなすごい……。ね、花梨……」
「……うん。本当に、すごいよ」

 莉奈も美蕾も、感動している。周りを見渡せば、クラスのみんなも声を張り上げて声援を送っている。
 私は走れなかったけれど、このやりきれない想いは青衣くんが背負ってくれているのだ。そう考えただけで、すごくすごく頼もしかった。

「あ、手塚だ! おーい手塚、コケるなよ! 頑張れ!」

 いつも手塚くんと一緒にいる男の子の冗談めいた声援でさえ、幸せの円を描いてクラスのみんなをひとつにさせる。
 途中手塚くんが本当に躓いてしまい、コケそうになったときも、みんなで声をかけた。きっと私たちのクラスが一番、歓声が大きい。それくらい、リレーを走る彼らの本気度が伝わっていた。

 次は、青衣くんだ。私のせいで、他の人より不利なほど走ることになってしまっている。それなのに、そんなことをいっさい感じさせない。手塚くんを待っているその横顔は、遠くから見ても頼もしくて、誰よりもカッコいい。

「青衣〜!!! 頑張れ〜!!」
「青衣くんファイト〜!」

 みんなの視線が、青衣くんに集まる。バトンパスが成功し、4位に落ちていた順位から目を見張る勢いで追い上げていく。青衣くんは、フィールド内を2周半走る。その間に私たちの前も通った。そのときの彼の真剣な表情はあまりにもカッコよくて、鼓動がうるさい。きっとこれからも、この瞬間の彼のことを忘れられないと思う。

 青衣くんは順調に2位にまでのぼりつめたけれど、他の走者がパスをして加速するタイミングで、少しだけスピードが下がった。それでも速いけれど、苦しそうに1位の人の背中を追う彼を見ていたら、居ても立っても居られなくなる。

 青衣くん、お願いだから私の声が届いてほしい。

「青衣くん、頑張れ……!!」

 もう一度私たちの前を通るタイミングで、ありったけの声を振り絞った。聞こえたのかもしれないし、聞こえていないのかもしれない。だけれど、ちょっとだけ彼の口角が上がったのを、私は見逃さなかった。

 ああ、どうしよう。

 こんなの、好きになるなというほうが無理だ。1位だろうとなかろうと、私の代わりに役目を背負ってくれた彼のために、私はまた何かを返したい。

 人一倍疲れてしんどいはずなのに、また加速した。彼はそのまま1位を走っていた選手と並んだ瞬間、ふたり同時にゴールテープを切った。

 わあっと歓声が上がる。どちらが勝ったかわからない。放送が入り、審議が始まる。青衣くんはゴール後、転がるように地面に倒れ込んでいて、きっと擦り傷だって出来ている。心配で仕方ないのに、私は走ってもいないのに、激しい鼓動のせいでうまく息ができない。

 また涙が落ちた。審議は続く。青衣くんは倒れ込んだまま動かない。美蕾も莉奈も含め、クラスのみんなは固唾を飲んで見守っている。

 ……青衣くん、ありがとう。代わりに走ってくれて、ありがとう。それだけで私、充分だ。

 彼は仰向けで、何を見ているのだろう。眩しいほどの青い晴天を、眺めているのだろうか。

「審議が終了しました! 映えある1位のクラスは────」

 その途端、一段と大きな歓声がグラウンドに響き渡った。