────体育祭当日。

 朝、青衣くんは来なかった。
 午前中にあった学年種目も、彼は参加できずに終わってしまったけれど、『あいつまた寝坊かー? 仕方ねえ奴だな!』と手塚くんが明るく冗談を飛ばしてくれたおかげでクラスに嫌な空気は流れずに済んだ。

「青衣くん……今日も来ないのかな」

 昼休憩に入り、グラウンドの片隅で3人でお弁当を食べていると、美蕾が残念そうに呟いた。
 私も同じように心が沈んでいたから、その言葉で彼が近くにいないことをより実感する。

 青衣くんは、みんなで頑張って練習したリレーを無断で休むような人じゃないともちろんわかっている。だからこそ、心配なのだ。彼に何かあったんじゃないかって。

「美蕾ったら、今日一段と可愛くして来てるもんね! 体育祭マジック乗ろうとしてたんでしょ〜?」
「もう、そんなんじゃないけど……せっかくの行事に来ないのは寂しいよね」
「確かにねえ。でも、寂しがってる場合じゃないよ? これから我らがりんりんが大活躍するんだから!」
「うっ、莉奈……それはプレッシャーだってば」
「だって午後一発めから女子リレーでしょ? いっぱい応援するからね」

 莉奈はパンを頬張り、もぐもぐさせながらグッと親指を立てた。その緩さに思わず笑みが溢れて、私は青衣くんがいなくても大丈夫だと胸を撫で下ろした。

「でも花梨、無理したらだめだよ。リレーに手挙げなかった私が言うことじゃないかもだけど」
「ありがとう、美蕾。でも練習頑張ったから、ちゃんとクラスに貢献できるように走るつもり」
「もー……本当、良い子すぎるよ。花梨は」

 “良い子”。そう言われても、今日はあまり悪い気分はしない。
 それはたぶん、今回は無理して頑張ったわけじゃないから。坂木さんや手塚くんたちリレーメンバーと過ごした時間は、思いのほか楽しかったから。

 ずっと鬱々としていた自分が、こんなふうに変われると思っていなかった。

 客観的に見たら小さな小さな変化なのかもしれないけれど、私にとっては大きな変化なのだ。それを自分で認めてあげないで、誰が認めてくれるのだろう。私は私を認めてあげたいと思えるようになっている。

「あっ、女子リレーの人は集合ってアナウンス鳴ったよ。りんりん行っといで!」
「うわ〜〜……うん、頑張るね」

 緊張で身体が硬い。こんなときに、そばに青衣くんがいてくれたら、どれほどほっとするだろう。

「ファイト! 声枯れるくらい応援するからね」
「うんうん。でも無理しないように、全力でね」

 ふたりが手を振って送り出してくれる。その優しさを、ちゃんと受け止められる。
 勇気づけられたおかげか、少し緊張が解けた気がした。

 ……大丈夫。練習したから、私はきっと、大丈夫。
 ふうっと息を吐いて、招集場所へと向かう。
 グラウンドを横切りながらさりげなく青衣くんを探したけれど、やっぱり色素の薄い髪は見つけられなかった。