「はー彼氏がほしい」
大学の食堂でパソコンの画面の見ながらぼやいた。課題を進めないといけないけれど目下の悩みのせいでキーボードを打つ手が止まっている。
「真央、またそれ言ってる」
呆れたような様子で私を見つめるのは大学の同期で親友の菜月。
「だって私もう大学3年生だよ? そろそろ就活も本格的に始まっちゃうし、今彼氏作らないと後にチャンスがないんだよー」
「高校の時の彼氏以来、誰とも付き合ってないんだっけ? まあ焦る気持ちもわかる」
「でしょ!? 大学に入れば出会いもあると思ったんだけどなあ」
実際は大学の課題にサークルの活動に追われる始末。文系大学生は暇、なんて言っていた人を問い詰めに行きたい。文系は時間に余裕があるって言っていたのはどこの誰。
「でも出会いを期待して、待ちに徹して、時間を浪費していたのは真央でしょ? チャンスは自分で掴むもんだよ。特にこの令和の時代は」
「菜月、正論が痛い......」
「私もあんたと同じような生活してるけど、ちゃんと彼氏できたし。時間がないとか言ってるのは怠慢」
「ギブギブ、菜月さん。私のHPはもうゼロです」
私の心を読んだかのような菜月の言葉の正論パンチはこれでもかというほど響いた。
出会いは自分から探さないと見つからない、か。
お見合いが主流だった時もあったらしいけど、今はそんな出会いはほとんど聞かない。
結婚を選ばない人たちが増えているってニュースで言われているくらいだし、恋愛するには積極性が欠かせないのだろう。
「真央は本当に彼氏がほしいって思ってるの?」
「それはもう切実に」
現状に満足していないわけではないけれど彼氏がほしいのが本音だ。とにかく恋愛したい。
「じゃあ、マチアプは?」
「マチアプって、マッチングアプリのこと?」
「そうそう、私の周りでも結構やってる人いるよ」
マッチングアプリは近年になって普及し始めた、恋人を探す人たちを結びつけるアプリのことだ。
「マチアプかあ」
最近よく聞く単語だ。でも利用者間でのトラブルとかもあるっているしちょっと怖いな。
「怖がってちゃ始まんないよ。とりあえずダウンロードしてみようよ」
「えっちょっと菜月!」
菜月はテーブルの上に置いていた私のスマホを素早く取った。そして私の指を使って指紋認証を解除する。
手際良すぎ。
「とりあえず、基本情報は入れておいたから。あとは自分でやるかどうか決めなよ」
数分後、操作を終えた菜月は私にスマホを返した。
画面を見ると確かにアプリのアイコンの中にマッチングアプリのものが増えていることがわかった。
確かになんでもやってみないと始まらないよね。
「やってみるか」
「お、やる気出た? でもまずは課題を終わらせないと」
「忘れてた!」
今日締め切りの課題がまだ終わっていないという緊急事態。忘れていたかった現実が戻ってきた。私は必死で止まっていた両手をキーボードの上で動かした。
......
「はー終わった!」
「真央、お疲れ」
「付き合わせちゃってごめんねー」
「別に。私もまだ手をつけてない課題があったから」
「え、菜月も私と同類ってこと? 課題ギリギリ派だったけ?」
「私がやってたのは来週が期限の課題ね」
「さすがです」
大学の課題をコツコツ進める菜月と違って私は期限ギリギリに出してしまう。今年こそは計画的に進めようと思っていても結局締め切りに帳尻を合わせる形で進めてしまうのだ。
「じゃあ切り替えてマチアプやってみようよ」
菜月は私よりもマッチングアプリに興味があるらしい。
スマホを開いてマッチングアプリを開いた。ピンクのアイコンをしていていかにもって感じ。
写真
氏名:まお
年齢:21歳
性別:女性
職業:大学3年生
収入:アルバイト(月5万円)
求める男性像:同年代で誠実な人
ひとこと:どうぞよろしくお願いします。
必要な個人情報を入力して登録完了。
するとすぐにマッチングの通知がやってきた。それも何件も。
「え、マチアプ壊れた?」
いくらなんでもマッチングしすぎでは?
「こんなもんだよ。それだけ大学生は恋愛に飢えてるってこと」
友達の様子を見ていても通知の量はこんなものだと菜月は言う。
二人でマッチングした相手のプロフィールを確認していく。
「この人登録写真ちゃらすぎじゃない?」
「収入月50万とか盛りすぎでしょ」
「趣味はフィギュア集めだって。あんまり興味ないなあ」
「あ、この人真面目そう」
「でも真面目すぎんのもちょっと面倒くさそうじゃない?」
「わかる」
マッチングしたはいいものの、理想の条件の人がなかなか出てこない。マチアプむず。
現実世界でもいい出会いを探すのは大変だから仕方がないことと言い聞かせてマッチング相手を全部見た。
「この人とやりとりしてみるわ」
2時間くらい菜月とスマホの画面を見ながらマッチングアプリでやりとりする人を決めた。
まず何人か気になった人をピックアップしてみて、チャットでやり取りをする。その時点でやばいなと思った人は即ブロック。
その中でいいなと思った人がいた。名前はゆうたさん。
大学4年生ですでに就職先が決まっているらしかった。
「なんかちゃんとしてそうだし、いいんじゃない?」
菜月も私とゆうたさんのやり取りを見ていいと思ったらしくゴーサインを出してくれた。
それから数日後、私とゆうたさんは実際に会うことになった。
私は珍しく緊張気味。マッチングアプリで誰かと会うなんてもちろん初めてだし。スマホ越しのやり取りしかしたことがないから、本当に信用に値する人なのか確信が持てない。
どうしよう。これでなんか癖つよのやばい人が来たら。
「こんにちは。あなたがまおさん?」
「こ、こんにちは」
緊張している私の目の前に現れたのは黒髪にセットアップ姿の青年だった。
「もしかして、ゆうたさんですか?」
「そうです。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
話してみると感じのいい人で普通に浮き足だった。
全然癖つよじゃないし、もしかしたらこのまま久しぶりに彼氏ができちゃうかも。
その後はカフェに行ったり、ショッピングモールを二人で歩いたりした。
「今日はありがとうございました」
初めてのマッチングにしては上出来なのではないだろうか。
「こちらこそ、じゃ行こうか」
はて? 行くってどこに?
「不思議そうな顔してもダメだよ。行く場所なんて決まってるじゃんホテルだよ」
は? ホテル?
私はそんなつもりでデートしていたんじゃないのに。なんだか裏切られた気分だ。
「私はホテルに行くつもりで来たんじゃないんです」
するとゆうたさんは鼻で私のことを笑った。
「はっ? じゃあなんのためにマチアプなんて使ってんの? あんた大学生なんだよね、このくらいわかるでしょ?」
そう言ってジリジリとこちらに迫ってきた。
待って、キモすぎん?
そうしている間にもゆうたさんは私の手を握ってきた。
「嫌です、やめてください!」
私は思い切りその手を振り払って逃げた。
なんなの、アイツ。キモいし最低!
......
「で、その後どうしたの?」
「どうしたもこうしたもそのままチャットはブロックしてマチアプもやめちゃった」
その後大学で菜月に事の顛末を話した。菜月は黙って私の話を聞いていた。
またあんな変なやつとマッチングしたら嫌だし。
アプリに頼るんじゃなくてちゃんと自分の足で探しに行こう。多分そっちの方が私には合っている。
「まあ、変なのにあたっちゃたのはドンマイ。ちゃんと気をつけないとダメだね」
私だって気をつけなかったわけじゃないんですけどね!
その後講義に参加するために菜月とキャンパスを歩いていると、一度見たセットアップが目に入った。
「あ、まおさん?」
間違いない。この間マチアプで会ったゆうたさんだ。
「びっくりしたよ、この前は帰っちゃって。ね、今日はどう?」
「行きません。私は講義があるので。それでは」
同じ大学だったなんて。最悪な偶然だ。
「ね、さっきの人がマチアプのゆうたさん?」
「そう」
「あの人大学内でも彼女取っ替え引っ替えで有名だよ。みんな名字で呼ぶからしたの名前知らなかった」
私はその事実さえ知らなかったけどね。
その後マチングアプリの内容を菜月と確認してみると、GPS機能で近くにいる人とマッチングする仕組みだったようだ。
ゆうたさんもその仕組みを活用して色々な人と関係を持っていたらしい。
ちゃんと確認しなかった自分も、私の気持ちを軽んじたゆうたさんにも腹がたつ。
マチアプの思い出がまさかチャラ男のお前かよっ!



