シューティングゲームを終えた後、私たちはなんとなく流れで解散した。

「じゃあ、また明日学校で」
「うん」
「気をつけてな」
「うん」

 あんなに気まずい雰囲気にしたのに、最後まで天藤くんは私のことを気にかけてくれた。それなのに私は頷くので精一杯だった。

「はぁ……」

 重い足を引きずってどうにか家に辿り着き、そのまま自室のベッドに倒れ込む。
 失礼なことをしてしまったな、と思う。あんなに気遣ってくれたのに、私はかなり無愛想に接してしまった。
 でもそれと同じくらい、放っておいてほしいという気持ちもあった。

「天藤くん、絶対昔の私を知ってるよね……」

 天藤くんは「詩織ならもっと先に進める」と言っていた。やっぱり彼は、私が昔どれだけゲームをやりこんでいたのか知っている。
 冷静になって考えると、それ自体は別に不思議な話じゃない。格闘ゲーム好きなら、ゲーム雑誌やネット記事で大会に優勝した”シオリ”を見て知っていてもおかしくない。そしておそらく、”シオリ”という「あの頃の私」をイメージして今の私に告白してきたんだろう。つまりは、大野くんたちと同じなのだ。
 ありがた迷惑だった。
 今の私に、「あの頃の私」を見ないでほしかった。もうとっくの昔に、私は楽しくゲームをしてはしゃぐ”シオリ”とは縁を切ったのだから。

「それなのに、もう……っ」

 だから、私の心の奥底に眠らせた感情を、無遠慮に刺激しないでほしかった。呼び覚まさないでほしかった。
 私は、”シオリ”が嫌いなのだ。
 友達の恋路を邪魔した挙句傷つけて、関係性までもを壊すきっかけとなった「私」が大嫌いなのだ。早く忘れたいのに、それを妨げるようなことをしてほしくなかった。

「天藤くん……か」

 彼の顔が思い浮かべる。
 やはり、天藤くんとの関係は終わらせるべきだと思った。
 一昨日の提案を引き受けてしまい、そのままの流れで付き合うことになったけれど、今の状態は決して望ましいものじゃない。このまま彼と一緒にいると、これからも昔の嫌いな私が顔を見せてしまう。
 それに、クラスには彼のことを本気で好いている子だっているのだ。私みたいなのが天藤くんの恋人でいるのはおかしい。恋路の邪魔は、もうしたくない。

「明日、ちゃんと言わないと」

 問題は理由だけど、さすがに私の過去を話題に挙げるのは抵抗がある。
 何か適当な理由が必要だが、これについてはなんとでも言えると思った。
 例えば、私と天藤くんとでは釣り合いがとれていないこと。楽しくゲームをすることを棄てた私は地味で無口な陰キャ女子。対して天藤くんはクールでイケメンなハイスペック男子。明らかに絵面が変だ。
 あるいは性格の不一致。もとより私も天藤くんも積極的に喋るタイプではない。今日の道すがらもそうだったが、とにかく沈黙に沈黙を重ねて気まずい空気が濃密になっていく。
 こうして考えると、私の過去云々を抜きにしても別れるべきな気がしてきた。

「ただ……あの条件、本気なのかな」

 天藤くんが別れる条件として提示してきたのは、よりにもよって「格闘ゲームでの勝利」だ。私はもう格闘ゲームはしないと決めているので、このままでは別れることができない。

「どうしたらいいんだろ……」

 そもそも、なんで天藤くんは「格闘ゲームでの勝利」なんかを別れる条件にしてきたんだろう。昔の私の実績を知っているなら、まず別れる条件にはしない内容のはずだ。もしかすると、天藤くんは私以上の実力者だったりするのだろうか。私に勝つ自信があるから、別れる条件に提示してきたのだろうか。

「んーー……」

 思考がぐるぐると頭の中を回る。天藤くんの意図がわからなかった。
 私は枕を顔に当て、「んー」とか「あー」とか唸ってみるが最適解はまるで出てこない。
 そうして悩んだ末に出た結論は、とりあえず話を切り出してみよう、というありきたりなものだった。
 理由はわからないけれど、もしかしたら今日のことで天藤くんも私とは合わないと思っているかもしれない。そしてもしそうなら、意味不明な条件は反故にして別れてくれるかもしれない。うん、きっとそうだ……。

 ――やっぱり、棟野はその顔してた方がいいよ

 けれどそこで、なぜか天藤くんの声が蘇ってきた。また意味がわからなくて、私は枕に顔を埋めたままバタバタと足を振った。知恵熱が出そうだ。
 顔まで熱くなってきて、私は枕を足元へ放った。
 もう考えるのはやめよう。そして、とりあえず別れを切り出してみよう。話はそれからだ。
 ……でも。
 果たして、私に言えるんだろうか。
 ゲーム以外のことになると内気な私が前面に出てきてどもってしまう私に。

「はぁ……」

 憂鬱だった。
 とことん私は、私が嫌いだと思った。