「俺がこのゲームに勝ったら、付き合って」
爆音のBGMと騒ぎ声で満ちているゲームセンターの一角。
可愛らしいマスコットキャラクターのぬいぐるみが景品になっているクレーンゲームの前で、唐突にそう言われた。
「へ?」
聞き間違いかと思い、私は驚いて隣を見る。そこには、同じ高校に通うクラスメイトの天藤慎也が立っていた。
「パーカーのフード、とってよ。お前、同じクラスの棟野詩織だろ?」
「う、うん……」
言われて、私は徐にフードを下ろす。知っている人に気づかれないようにと気休めに被っていたが、効果はなかったようだ。
「えと、それで、何か……?」
「だから、このクレーンゲームで俺と勝負して。そして、俺が勝ったら付き合って」
うん、どうやら聞き間違いではないらしい。そして意味不明だ。
「その、付き合うっていうのは、まさか、恋人同士になるって、こと……?」
「もちろん」
「天藤くんって、私のこと好き、なの?」
「だから言ってる」
「この、クレーンゲームの勝敗で決めるの?」
「そう。まあ別にクレーンゲームじゃなくてもいいけど」
「なんで、その、こんなことを?」
「棟野のことが好きだから」
白のTシャツにベージュのジャケット、黒のチノパンというカジュアルな装いに身を包んだ天藤くんは私を見下ろしたまま、気だるげに頭を掻く。とても愛の告白をしている男子には見えない態度だ。
というか、そもそもあの天藤くんが内気で地味な私を好きだというのが信じられない。天藤くんは整った顔立ちとクールな性格から、クラスはもちろんのこと他クラスの女子にもかなり人気がある。先週も告白されているのを見たばかりだ。
それなのにどうしてよりにもよって、私なんだろうか。しかも、ゲームの勝ち負けで恋人になるかどうかを決めるなんて。
「その……気持ちは嬉しいけど……」
「え、断るの?」
そんなことまるで想定していないとばかりに、天藤くんは目を見張った。
「断るってことは、どのゲームでも俺に勝つ自信がないからってこと?」
「そうじゃなくて……!」
天藤くんの物言いに私はつい語気を強めてしまう。慌てて、私は一度口をつぐんだ。
ひとつ深呼吸をしてから、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「ご、ごめん。でも、そうじゃない。私は、その、天藤くんのことをよく知らないから」
「それは付き合っていく中で知っていけばいいじゃん。無理かどうかは知った後に決めればいいし」
「いや、でも……」
納得のいく返答をされ、再度言葉に詰まる。そもそも天藤くんのことがタイプじゃないとか、今は恋人がほしい気分じゃないとか、他の言い訳を頭でシミュレーションしてみる。でも、どうしても、天藤くんが先ほど言ったフレーズが引っかかって邪魔をしてきていた。
「やっぱり、ゲームで俺に勝つ自信ないのか」
「そ、そんなことない! 勝つ自信、ある!」
言ってから、しまったと思った。見れば、隣に立つ天藤くんの顔に薄い笑みが浮かんでいる。
「じゃあ、やってくれるよな?」
「わ、わかった」
背に腹は代えられない。勝つ自信があると言い切ってしまった以上、やるしかない。
私は足元に置いていた、他のクレーンゲームで勝ち取った景品が入った袋を邪魔にならないように隅に寄せた。
大丈夫。私は勝てる。負けるはずがない。
すっかり臆病になってしまったのに、未練がましくくすぶる負けず嫌いを噛み締めながら、私はゲーム機にお金を入れた。
ルールは簡単。交互にクレーンを操作し、台に入っているお目当てのぬいぐるみを先に獲得した方の勝利とのこと。先攻は先に獲得チャンスが回ってくるが、後攻は先攻がぬいぐるみを動かした後にクレーンを操作できる。不公平はない。
じゃんけんの結果、私が先攻になった。久しぶりの高揚感と緊張感を味わう。どこか懐かしさすらも込み上げてきた。
けれど。
――詩織、ひどいよ……
思い出したくない言葉が、すぐに耳の奥で反響してきた。私はそれを、必死になって振り払う。
「はい。俺の勝ち、ね」
でも。六回目のクレーン操作で、天藤くんはぬいぐるみを見事獲得した。
私は、負けた。
「ということで、よろしくな。あ、もしどうしても別れたくなったら、今度は格ゲーで俺と勝負してよ」
「格、ゲー……?」
聞き慣れた、二度と聞きたくなかった言葉に、私は困惑する。
「そっ。それで俺に勝ったら、問答無用で別れてあげる。金輪際近づかない。約束する」
そんなの、無理だ。だって、それは……。
「まあつまり、別れたいなら、”シオリのV”を飾ることだな」
天藤くんがサラリと発した言葉に、心臓が止まるかと思った。
――勝利のV! シオリのブーイッ!
かつて、私が数々の格闘ゲーム大会の賞を獲得していた頃の記憶が過ぎる。
その言葉は、昔の私の決め台詞だ。
「じゃあ、また学校でな。棟野」
天藤くんは言いたいことだけ言うと、彼が落としたぬいぐるみはそのままに、ゲームセンターから出て行った。
天藤くんは、私の過去を知っている。
これが、私と天藤くんの奇妙な恋人関係の始まりだった。



